ロリコン勇者と非常食
「え? 本気? 本気でレタス?」
頷く彼に向けて私は繰り返し確認する。
頷いてるのが肯定であるという確認はしてある。つまり彼が選んだのは、レタス。
元の名前がないと言うからこうなった。
「それで君はうちに来ることになったワケだが、私は言語意思疏通可能な対象を食料とは今のところ思えない。つまり、君の元の名前を知りたいんだよ。非常食なんて私的に非常識な名で呼ぶことは出来ないからね!」
そう突きつけたら、彼は困ったように笑った。たぶん。
地図職人と呼ばれた女性が仲裁に、と言うか、問題指摘と行動指針を示したことで一旦、休戦となった。
彼女がロリコン勇者に突きつけたのは任務放棄と不当な傷害行為。
職務不履行を仲介業者に伝えられることは困るらしく、賠償として非常食を提供された。
成人男性がしょんぼりしてても同情心は起こらない。
高級食材であるという『非常食』。肉屋で買った掘り出しモノだとか……。
そんな説明をしながらもロリコン勇者は彼を見て疑問を感じていないようだった。
同じ世界出身だとしても、私とは感性がだいぶ違う気がする。私の周りに近い感性の人が居たかどうかは別にして。
非常食と呼ばれる彼は筋肉質な身体と牛の頭部を持っていた。そうギリシャ神話に出てくるミノタウルスのように。赤茶色の皮に怯える黒々とした目はつぶらだった。
ロリコン勇者は「獣面人に見えるかもしれないが拘束具で命令をきかせるくらいの知能しかない食肉用家畜だ」と言う。彼はこんなに言葉を理解して怯えているのに。それにしても獣面人なんて呼ばれる種族もいるんだ。でも、同じ種族をさす言葉が違う、ズレているということはよくある事とも聞いている。
言葉が通じない恐怖は覚えがある。
追いたててくる謎の影。
あれは言葉がわからず、意図もわからず、姿を確認することすら恐ろしくてただ逃げた。
彼は逃げられなかったんだろう。
黒みを帯びた首環が嫌な気分を駆りたてる。
もしかしたら、言葉がわからなければ私も非常食という言葉を、呼び名を受け入れたんだろうか?
そのもしもは実際、ありえたかもしれないけど、ありえなかったもしも。起こらなかったことだ。
つまり、今考えることじゃない。
暴力の慰謝料とマツカの実集めの手伝い駄賃に牛男君を譲り受けた。安くない? 非常食。
意外に価値が高かったというマツカの実、ロリコン勇者に降っていたナメクジのような物体のことだった。
試食会をして(浅なべは提供した)味を知った。
そぎ落とし、焼いて塩を振ったそれはチキンソテーのようだった。もも肉じゃなくてちょっとパサつくムネ肉。(蒸し焼きにしたら違うかもしれない)
私もロリコン勇者もナメクジっぽい外観に食べることをちょっと躊躇したけど、とりあえず覚悟を決めて食べた。
感想としては、ノンカンさんに集めてもらおうと思う。
フクロウ樹の油で揚げたら鳥唐もどきできないかなぁと野望がつのる。もちろん、未知の味覚変化の可能性も高いけど。
「マツカ集める」
「名前、マツカ?」
「マツカ、違う。名前、とられた。名前、無い」
「名前ぐらいつけてあげればいいでしょう」
生存のために自分の出来ることを必死に求める彼にそれより名前をと思う私とではなかなかにすれ違う。意思の疎通に困っている私と彼にピヨット君が提案する。
ピヨット君が「非常食? 動かなくなれば確かに食べがいのありそうなお肉ですね。毒性もなさそうですし」と言ったことは忘れない!
「さすが魔王軍」と言ったら「どこであろうと似たようなモノですよ。食糧は大事です」って返ってきた。あえて会話が可能な相手である事を黙殺して食糧とすることもあるとか。それ専用の牧場がある者もいますよと言われて認識の差に愕然としたんだ。
「私がつけていいの?」
彼は頷いた。
「ひ、非常食でもいいでし」
「それは却下」
頭部が牛。体は人と変わらない。おっさんより少し小柄なくらいだ。筋肉質な戦士、剣士じゃなくて斧をふるって戦うウォーリアかなぁ。
気性はおとなしいけれど、それは生来のものなのか強制されて歪んだものなのかが悩ましい。
半人半牛はミノタウロスとあとクダン、地獄の門番だったかな? 牛頭馬頭の牛頭くらいしか知らない。しかも存在を知っているくらいだ。つまりどんな存在かよくわからない。
さておき、呼びやすい名前じゃないとね。
なぜ非常食改め、レタス君はその名前をピンポイントで選んだんだろうか?
紙に書き出したリストから「これ」と選んだ名前はレタス。
なぜ混ぜたか私!
ウナギとか銀ジャケとか選ばれなかっただけマシか!?
なぜ混ぜたか私!
「食べられないよう頑張りまし」
「普通に食べないけどね。よければお手伝いはしてね」
ぶんぶんと頭を上下に振られるとぶつかりそうでちょっとこわい。そんなに力いっぱい主張しなくても食べないよ。
「まだお若いですよねーレタスさん、おいくつです?」
ピヨット君がのんびりとマシュポゥの白核を茹でつぶしてフクロウ樹の実油で揚げたお菓子をレタス君にさしだしていた。
マグロちゃんが魔力慣れするように白核マシュポゥなんだよね。
口調は確かに幼めかなぁ。
「九歳です。早く角が生えてくると嬉しいんでしが」
お子様だったー!?
マグロちゃんと同じくらいかぁ。
それとも成長速度が違うのかな?
「ま、ウチの子ウチの子。できること探していこうね」