譲れない心と決心と
『楽しいご旅行だったんですね』
ノンカンさんの言葉に私は頷く。
いくつか貰ってきた種子はプティパちゃんたちに渡してあり、育ててもらう予定だ。
多分、変質してしまうんだろうけど、食材は多様性が欲しいしね。
「うん。だからね。ちょっと考えたんだ」
ぐりっと転じた視線の先にはズタ袋。
『なんだいプティミーア?』
「ワームの有用性は認めるし、大事な下支え要員だと思ってる。でもね」
紫紺の魔王様の島に滞在したのは一泊だった。
砂漠船旅に三日かけたのに帰りは転移陣だったし。
美味しいものとちょっとした女子会めいた空間は恋バナをしたがる東方本部長とどちらかと言うとそれぞれの体調を探ろうとする紫紺の魔王様の妹君。なんとなく流される私や北の姫というほぼ普段の絡み皆無なメンバー同士とはいえ楽しめた。
これは東方本部長と魔王の妹君の人柄と手腕だと思う。
特産品の話や魔物という名の異形の情報をいろいろ教えて貰ってた。求むもふもふ情報。北の姫の翼は柔らかくていい匂いで幸せだった!(ブリュガノー食べますかと聞いたらそっとずり下がられた。苦手らしい。だよねー)
水妖であると言う東方本部長。魔族であると言うリア充側近様。あくまで『ヒト』の枠の中の存在だと言う北の姫。で、魔獣だと言うリア獣上司様。あ。ピヨット君は魔獣の分類に入るとか。
種族分類するには多すぎておおまかな枠はまるでザルのように広いのだとか。
「ヒトに作られたヒトはヒトの枠ではないとおっしゃる方もいますから、微妙な立ち位置に立っているとも言えますね」
北の姫は柔らかく笑う。
「あのね、魔物って呼ぶヒトもいるけどね、女神って呼ぶヒトもいるんだよぉ。同じなのにね!」
東方本部長がおかしそうに。
「思考形態、意思疎通が可能ならば、それはヒトの枠だと言う説もあります。ただ、多くのヒトは近しい者を捕食する相手を忌避排除を望みます。食糧と同位にはいたがりもしません」
静かなリア充側近様の言葉に魔王様の妹君が苦笑する。
他愛ない情報。
それでもそれは個人の受け取り方の差異があって面白いと思えて、うん。知りたいと思えているんだと思う。
楽しいだけじゃないけれど、確かに自分は楽しんで、今を選ぶことを望んでた。
弱いものは強い者に食い物にされる。
それは文字通りに実行される世界。
それでも互いを対等な連鎖の調和にいると理解しているのだろうか?
幸いとはなんだろうと悩みだすと思考の迷路は複雑化していく。
「でもね。ワームを生活日常の対等同居人と認めることはできない!」
『そ、そんな、プティミーアはいったいどう不満だと』
「いや、だから、ワームなトコロ。それでスキンシップとか耐えられない」
なぜ、ズタ袋がショックを受けて落ち込むのかなぁ。さすがに被害者は私だと主張したいよ。
『プティミーア、脈打つ生命を感じないと言うのかい?』
感じるけどね、それは好感触ではないのである。
「命は感じる。生きているのは感じる。うん。ワームがね!」
それはソーガヨーカイ、あんたじゃない!
突きつけるとズタ袋が床にへしゃげた。
ズタ袋は自身の肉体を伴う生きると言うことに執着心が薄い。これはリア充側近様がそっと教えてくれた。そうであることでリア充上司様が傷つくぐらいなら焼却あるのみと淡々と紡ぐ様にちょっと引いた。
再生可能か何か知らないが、関わった以上無為に死なれたら気分が悪いし、ワームは再生待ちの仮使用だと聞けばわざわざワームを使うなと言いたい。
気色悪いから。
重要なポイントだ。
いつか平気になるのかも知れなくても現状ストレスとなりうる気色の悪さなのだ。
特に抱きつかれて絡みつかれるとかありえない。
「下支え生物として有益だとは理解しているけど、抱きつかれたり絡みつかれるとかは気持ち悪いし、嫌なんだよね」
横でマグロちゃんとピヨット君が頷いているのが見えた。
『き、気持ち悪い……』
うん。結構大事。
『こんなに美しくなめらかで順応性も高い生物を……』
ブツブツなんか言っているけど、その素養は認めても気持ち悪いと感じる感覚の否定は認めないからね。
譲ってはいけない。
そんなポイントがここにある。
『プティ、ミーア』
届く声の印象が変わった。
『それならば、素体再生を進めれば私の抱擁を受け入れてくれるのかな?』
「あ、それとこれは別」
『別なのかね!?』
えー。
だって、その素体が気持ち悪くない保証はどこにもないよね?
不満そうに訴えられてもその美意識の差が激し過ぎるなら再生される素体とやらも気持ち悪いものである可能性が高くならない?
『……ヒトと近い外装素体だ。心配はいらない。プティミーア』
「見てから決めるわ。ソーガヨーカイ」
不必要な期待を抱かせない方がいいよね?