イカと甘味と魔王様
浜辺で鉄板を加熱しダイナミックな鉄板焼き。
メインはイカゲソ。
イカゲソ。
嬉しそうにかぶりつくのは東方本部長とリア獣上司様。
ふるまう調理人は藍色の髪を束ねた白いエプロンの似合う現地魔王様。
魔王様である。
鉄板の上ではぶつ切りゲソや薄切りにされた切り身と野菜をさっと炒めて薄いシートと卵っぽい液体で包まれた具沢山オムレツっぽいもの。
「焦げる前に食べてくださいね」
温和な笑顔に私は『魔王様』って何という根本的な疑問にぶち当たっていた。
ちらっと見たリア充上司様は確実に最適焼き具合の料理を取り皿に引きあげてご満悦。横でリア充側近様が「負けません」と呟きながら味わっているのはいいのか?
イカゲソを提供したイカは死んではおらず、沖の方で他の海獣と戦闘中で水柱をあげている。
もしかして東方本部長にカッコいいところを見せようとしてるのではと思いつつ、美味しそうにイカゲソ吸盤を頬張る幼女風に視線を向ける。
「吸盤、このソースかけて食べると美味しいよ」
無垢っぽい笑顔が返ってきた。
和やかな食事時間。
彼は自分が魔王であったことは過去であり、今はこの地で静かに生活しているんですよと笑った。
「傀儡の魔王たてて、部下のフリしながら采配を振るう系の魔王な。裏のお方とか、真・黒幕とか言われる系の」
騙されるなよと言わんばかりの言い方のリア充上司様にかの魔王様は穏やかに笑う。
「これでも、人は好きですし、騒ぎの嫌いな事なかれ主義なんですけどね」
「えー?」
なんだかんだとフランクな関係をかもす魔王様二人。
「死にかけても死なない図太さは相変わらずだが、招待した以上歓待はするよ。なんなら君にはそういう歓待をするが?」
「遠慮しまっ」
本当に仲がいい。
オムレツっぽいものは美味しかった。
イカの味と白い野菜。
ほくほくのじゃがいもだと私の味覚が判断した。
じゃがいもと、この甘みはなに?
「芋とバナナのクレープオムレツ風ですよ」
にこにこ解説されて感動を感じる。
芋とバナナ。
「異界渡りで入手した作物をこの島では栽培していてね。彼のところのような変り種はないが、手をかけて育てればとても有益に育ってくれるからね」
「美味しいです」
そう答えれば柔らかな笑顔。
「お疲れのようですし、ゆっくりお茶を飲んで寛いでいってくださいね」
メインの調理人はいつの間にか巨大な生き物が取って代わっていた。
藍色の魔王様が魔法のような手捌きで鉄板に生地を丸く流し、フルーツを包み込んでいく。
「女の子は可愛くて甘いものが好きだと判じているおじさんからサービスですよ」
お皿に盛り付けられたクリームのツノが可愛い。
そして、横にお皿を持って待機する東方本部長は超可愛い。
温かいお茶とクリームたっぷりのクレープ。用意されている椅子は繊細な金属チェア。
よろしければと差し出される果実の蜜煮や砂糖煮。
甘さが優しく感じた。
優しい風、甘い香りは加熱された果物。囁き声は女性陣。
目を開ければ北の姫と目があった。
「お水をどうぞ」
差し出されたのは透明なグラス。
透明な液体にうっすらと白い氷が沈んでいる。
柑橘の苦味を含んだ水が寝起きの口内を爽やかにぬりかえていく。
「おなかを冷やさない方がいいけど、冷たい飲み物は素敵よね」
グラスの中を泳ぐ氷はころんと丸い。
注ぎたされる水の入った瓶の中で果実がごろりと氷と踊っていた。
「綺麗よね。砂漠越えに船旅。水分は多めに取った方がいいと思うの。他のお水を選んでもいいとは思うけど。とても種類があって可愛いのよ」
少し、重いのが難点だけどと小さく舌を出す。
たくさんのガラス瓶が並んでいて中身の差異がわかりやすかった。
林檎らしき実だったり色とりどりの花であったり目にも楽しい風景。
ミントの風味だったり、レモン風味だったりさっぱり味がオシャレだと思う。
いろんな種類を味見していきながら感想を言い合う体験は少し物珍しくて妙に心が弾んだ。
「お客さんお客さん、お菓子もあるから食べてかない?」
ブラウンの髪の女性がポット片手に呼び込みをしていた。
彼女は藍色の魔王様の妹で普段は別の土地で公務員をしていると軽く笑っていた。
食べ過ぎても運動不足にさえ気を配っていれば太ることとは無縁でいられる栄養素で構成された美味しい甘味は入手困難だから遠慮なく食べるべきだと彼女は笑う。(リア充上司様のお菓子の植物はバランスがいまいち悪いらしい)
「お客さん、不都合はない?」
「至れり尽くせりで困惑中です。不都合は思いつく余裕もないくらい」
「あー、うん。なんて言うかな? この世界に来て体調とか気分ムラとか不調は出てないかってこと。気を配っていないと思わぬ不都合が出て来たりするしね」
医者でもあるという彼女はどこか視点の合わない眼差しを私に向ける。
深呼吸して思考に意識を向ける。
「不安は感じてます。追いつかない。必要さに届かないもどかしさと自分の無力感。受け入れられることに不安になるんです。期待される価値が自分に認められないから」
ぽろぽろと溢れる言葉はギリっと心臓を斬りつけるよう。
マグロちゃんの笑顔もノンカンさんのフォローも私に受け取る価値がない。
私に二人の期待は緩さは重くて、その笑顔に答える術のない自分がどんどんと嫌悪の対象になっていく。
ポンと手の甲に手を重ねられてにこっと笑顔を見せられる。
「大丈夫だよ。人は自分の受けた印象で人を判断するんだしね。僕は確かに君を知らない。それでも彼とはしばらく付き合ってたしね。その彼がなんとかしたい、手をかけたいと思えるくらい君に目をかけてるんだしね。君は前に進める人だと思うんだ」
大丈夫だと言われた事より後ろのセリフが気になるんですけど? マジ元カノ?
「兄さんも君には良くして構わないって思ってるみたいだし、僕はこの二人の判断力を信じてるんだ」
鮮やかに笑う彼女は声をひそめて囁く。
「裏切るにはまず信じてもらっていないと裏切ることもできないんだよね。自分が信じていないなら信じてもらえてると思うのもどうかだしね。その状況なら、君は気に留めることは何もないよ」
ちょっと黙ってから彼女は髪を軽く払う。
「大丈夫だよ。君は信じたいし、信じてもらいたいって思ってる。期待に応えたいから応えられない可能性が怖いんだ。これはおねーさんからのささやかな助言。怖がってもいいから信じてみたらいいと思うよ」