突発旅行と水遊び
えっと思う間も無く私の体は青の海の上で、落ちた。
「これが大海原なのですよぉ〜」
東方本部長が砂丘の向こうに広がる青い水平線を指差す。
東方の地は山越えしたら砂漠だった。
ひたすらひたすら砂漠。時々オアシス。点々とサボテンっぽい植物。
とにかく暑い。
厚みのある革布をまとって陽射しを遮る影をつくっている。自力で移動してたら死ねる。
湿度は低く影さえ作ればなんとかなりそうな錯覚を覚える。うん。死ねる。
視界が熱で歪むのに影だけで遣り過ごせるはずもない。
暑い。死ねる。やめて。の三つの言葉しか出てこない。
観光に他の魔王様のところに遊びに行こうと誘ってきたのは東方本部長。とても突発で驚いた。
だがしかし、魔王軍の四将及び、魔王様と行く観光慰安旅行なぞストレスでしかない。
「なんで招待されたんだか」
リア充上司様の言葉に同意しかない。
「新しい食材開発には興味あるそうですぅ。あと豊作だから食べにいらっしゃい。みんなでって!」
リア充上司様にのほほんと東方本部長(正しくは東方水将軍様)がニッコニコしている。
私は鞄に粉砕塩とマシュポゥの核を数個入れてきた。指定もなく何を持ってこいと?
「……死ねる……」
リア充上司様はそんな不穏な発言をしていた。
行かないと言う選択肢はと問うと「飯うまいんだわ」と返ってきた。
ごはん。
ごはんなのか。
あ。
リア充側近様がチラリ敵愾心を燃やし、いや、リア充上司様気がつこうよ!
メニューなんだろうって呑気に空仰いでないで!
ゆったりと敷かれた絨毯の上クッションに囲まれたリア充側近様の膝枕で撃沈しているのは我らがリア充上司様。
船内は薄暗く柔らかな照明がキラキラしていた。
黒髪から覗く白い肌に慈愛の眼差し。
一枚の絵画のような世界。
膝枕でリア充上司様が死んでるけどね。
死亡原因は船酔いである。
「うう、転移路も空路も潰してくるところに悪意を感じる」
他のルート潰されたんだ。
「吊り橋守りちゃーん、海広いよー。お魚泳いでるよー。亀とかイカとかもいるよー」
不調に呻く存在を綺麗さっぱり気に留めていない東方本部長の呼び声にリア充上司様はひらひら手を振って行ってこいと合図する。まぁそばにいても何も役には立たないのだけどね。
魔王でも船酔いで潰れるのかという現実にこれから向かう先に不安が過ぎる。悪意を感じる相手だと言うのならそれは不安だ。
甲板ではリア獣上司様と一人の女性がパン屑っぽいものを海鳥らしきものに与えて戯れていた。
リア充側近様が黒の魔女ならその女性は白の天使だろうか?
淡い色素の薄い光沢のない茶色のくせっ毛羽根飾り白いドレスは無地に見えてびっしり刺繍が施されてる。
正面からの露出のないドレスはがっつり背中があいて彼女の翼は不具合なく伸びていた。
巨大な海鳥たちに懐かれながら彼女は私を見て笑う。
「お天気も良いし、風もステキよ」
いらっしゃいと抜けるように白く優しげな手を差し伸べられてなぜか気圧される。
「サキちゃーん、日除けしてないのだぁーめ」
「おもちゃになっちゃったのよ」
彼女はそっと頭上の鳥が弄ぶ布の塊を一度見上げてから、私に向き直りにこりと笑ってくる。
「はじめまして。北の地を預かるサキです。お会いする機会が多いとは思いませんがよろしく」
「あのねー、サキちゃんも異界から流れて来たんだよー」
東方本部長が情報を足してくる。
幼い外見でなければ少し煩わしいと思うかもしれない。
北の姫も困ったように笑顔をのせる。
「私の世界では純粋な人類は衰退してましたけどね。そう、ですね。吊り橋守りさんは、衰退した人類データに近そうですね。魔法が使えなければ完璧です」
自分の世界はどうだったのか。
「おまじないはあったけれど魔法が使える人なんてお話の中にしかいなかったわ」
「じゃあ、たくさん人の生存している世界から来たのね!」
長い髪が舞う。
素敵と嬉しそうに笑う意味がわからない。
鳥と戯れる北の姫もまた私の理解の及ばない遠くにいる。
東の水妖の姫も西のリア充側近様も直属上司たる南のリア獣上司様も理解なんかできない。
私の前任者も理解不能だ。
わからないことをわからないと置いておけたら楽になれるだろうに心の上の方で蟠り続けるから対処できぬまま疲弊していく。
気遣われていることはわかるのに答えられない。
私が居ていい理由がわからない。
ただ、リア充上司様が魔王で、綺麗どころを揃えたハーレム野郎な事実は理解した。
「泳ごう!」
東方本部長は突発行動派かと思うんだけど、上が上だから下も下かとストンと納得する。
どちらかと言うと染まらないようにしなくてはいけない。
「吊り橋守りさん、大丈夫ですか?」
北の姫の声。上部で東方本部長を叱る言葉が続いてる。
浮いていた板の上になぜか上手く着地させられていた。
横に立つ水柱。
「遊ぼう!」
東方本部長が海水に暴走していた。
「イカだよぉおおお」
水柱が幾本も上がり白い吸盤を伴った柱が林立した。
「遊べるかぁああ!!」