雨と嫌悪感
『ヒトは死のカタチに恐怖を忌避感を感じるものだからね、緩和するために滑らかで美しい生き物で包んでみようと思ったんだよ』
こんな発言をする前任者に少なくとも私はドン引きである。
すべらかでうつくしい。
いや、え?
それがみみずにしか見えないワームへの評価?
つまり、私に骨を見せて恐怖を抱かせまいとワーム偽装?
しかも受ける印象的になぜかすごく得意げ。
間違いなく失敗してるから!
例え、それが善意の気遣いだったとしてもむちゃくちゃ逆効果だから!
しゃれこうべで気軽に手をあげられた方が多分気にならないからと言いたいが、それを言ったらどうしてかナナメに発想転換されそうな気がして言い出せない。
なんて言うか、骨格模型はいいけど人体模型(内臓と筋肉の)は嫌って感じ?
『柔らかく頑丈。サラリと艶やか冷たすぎもせず生温かいわけでもない。そしてなにより可動域が大きく融通がききやすい。プティミーア、君を抱きしめることも容易なんだ……。あ!? 待ちたまえ。その岩塩はワーム達にも痛い!』
マグロちゃんがていていとばかりに塩粒をズタ袋にぶつける。
「私、もふもふの方が好きだから」
ワームに抱きしめられる恐怖はトラウマになりそうだ。こうお腹の底からぞわりと悪寒がわいてくる。ぺたりずるりと微妙な温度のモノが布越しに所によっては直に這いずっていく感触が思い出されて目頭が熱い。
『ふむ。では再生はソチラよりを目指してみよう。ここはやはりプティミーアの希望に添いたいからね!』
ところでこのお嬢ちゃんをとめてくれないかと続いたがとりあえず、マグロちゃんを撫で褒めておいた。
ぎゅっと抱きついてきたマグロちゃんがマジ癒し。
ピヨット君が嫌そうな表情で黙々と箒を動かし、飛び散った塩の始末をしてくれている。
窓の外では雨が降り続き、黒猫が興味深げに家の中を覗き込んでくる。
穏やかに感じる雨の日。
『黒いのは雨を呼ぶから晴れている日より出歩けて嬉しいのだろう。良ければあとでブラシをあててやってくれないかい。プティミーア』
うん。
それはもう、よろこんで。
ズタ袋氏は基本的には穏やかな人柄でどこかズレていた。
ズレていない相手と理解出来るほどにこの世界の普通がわからないけど、少なくとも私の理解からはズレている。みんな。
『ソーガ・ヨーカイ。コレがこの素体、いや今は思いっきり再生途中だが、この素体の固有名なのだよ。プティミーア。私自身の器が何かと言われれば、本質はあのファーム自体であるとなるからね』
私と同じように異世界から流れて来たと言う説明を楽しげに彼は披露してくれたのだ。
楽しげに語られるのはこの世界がどれほど生命の輝きに満ちているかの悦び。個体の死は当然であり、護るべきは生き延びてゆく進化種。これほどに豊かであれば、多様性生存率の上昇のためにも淘汰種を拾い上げることすら可能な世界的な生命に対する優しさへの感謝。
生きてゆける世界はうつくしいとどこまでも賛美する熱量は理解不能だけれども、生きてゆける世界は、呼吸できる世界は確かに優しくうつくしいと思える。
彼はどんな世界からこの世界へと来たのだろう。
気になるんだけど、なんだか、尋ねることは負けた気分になるから聞きはしない。それに逆に問い返されても困るじゃないか。
ああ。そうか。
聞かれたくないから聞けないんだ。
新しい世界を知ることは楽しい。
問題はあってもここは優しい世界だと思えるほどに私は私が生まれた世界に居場所が感じられなかったんだ。思い出したいとすら思えないほどに。そんな事実を自覚したくなかったなぁ。
『いやぁ。魔法なんて技術私の世界には無かったから楽しくてねぇ。それにこの世界の生命は実に柔軟に変化に耐える。私の世界からの生物達が僅かの手間でこの世界に馴染めるのだから! ああ、プティミーア。この世界は本当に素晴らしい!』
魔法なんて私の周りにも無かったし、興味があるのは確かだからって、共通の話題があるからってほだされないから!
楽しそうと思うと同時に嫌だった。
この嫌だと言う感情は他の誰のせいでもない自己嫌悪から来ていて自分の醜悪さが嫌でたまらない。
無条件で今をこの場所を褒め称え、現実をひたすらに愛せている姿に私は自己嫌悪がとまらない。
心配そうなマグロちゃんを置いて階下で八つ当たり的に勢い任せで魔力を充填する。
自己嫌悪が募っていく。
『プティミーア、君の力は心地好いね。私は君を知れば知るほど愛しく思う。魔力は生きる力であり、個々によって微細な差異を示す。私はプティミーア、君の魂の色を愛おしいと考えるよ』
ストンと何かが落ちた。
現実じゃない物理じゃない。
知れば知るほど?
この得体の知れない存在は私の何を知っていると言うんだろう?
ぎしぎしと軋む思考に頭痛がしそうだ。
魂の色ってなに?
嫌悪しか示さない私が心地好い?
気味が悪い。
わけがわからない。
気分が悪い。
『プティミーア?』
私は、彼が嫌いだ。
私が私を嫌いだとどこまでも思い出させる彼が嫌いだ。