迷宮と徒歩と観察力
雨が降り続ける日が続く。
時おり陽射しが差し込むけれど、食事するくらいの時間でまた降ってくる。
私はひとつめの迷宮を歩いていた。
野ねずみやヴィガがひょこひょこと迷わずに済むように先導してくれている。
洞窟の前はぬかるんで浅い水溜りが広がっていた。
つる植物と苔、ちまちまとマシュポゥたち。
足元は滑りやすそう。
『雨の時期が過ぎれば、入り口は判りにくくなるでしょうね』
この世界でも雨は恵みの雨らしく植物を生き生きと伸ばさせるようだ。
『ガドヴィンの方々の配慮で迷宮に入れば入り口部分以外には雨水は流れ込まなくなりましたよ』
じっとりとしみこんだ水で滑る足元は数歩進めば乾いていてやはりホッとする。
小さな濡れた足跡は野ねずみ達だろうか?
広いとはいえない洞窟は野生の熊の巣穴のように薄暗い。ところどころに引き摺った蔓や葉がしっとり溜まっている。
わざわざ最初から人工物とバレる必要もないだろう。吊り橋は復旧するけどさ。
ん?
数メートル歩くと壁だった。確かに直角の曲がり角やらうねり道やらを多用した一本道だ。
一歩歩けば、がさりと落ち葉や乾いた蔓のなれの果てを踏む。感触的に落ち葉の下にはマシュポゥがありそうな音に似合わぬ弾力がある。
足もとに十センチくらいの薄い道があった。野ねずみ(仔)ならたやすく通り抜けるだろう。
いや、道があるはずだよね?
蹴ると床から五十センチくらいの高さで壁がズズっと動いた。
『一緒に上部も押せば先に進めますよ』
ノンカンさんの言葉通り上を押せば軽く動いて先に通路が続いてるとわかった。
上と下は分離していて片方しか押さない場合片方しか動かないということだった。あと、回転式だとかでさくさく進まないと後ろから壁に殴られることになるらしい。
もちろん、さっさと奥へ進んだ。
上だけ開くと下部分が五十センチくらい残るわけで、気持ち幅高く膝を打ちそうだ。後ろから壁が回ってくることを考えると最初の人は痛い思いしそうかも。
野ねずみ達がひと鳴きして駆け去っていった。
『ここはたぶんお互いにとっての狩場になりますわ』
ノンカンさんの解説が入る。
確かに少しひらけていて、壁に小さな穴が多く見える。
槍でも飛び出すのかって思いそうな穴だ。
『凶器を落とすのも悪くありませんわね。ですが、出てくるのはワームと小さな仔蜘蛛に野ねずみ達ですわ』
相手の人数と装備で対応するグループを決めるらしい。
『ココを抜かれても、多少の戦力戦法装備は確定できますし、労力や道具は減らせることができたなら、まずはひと攻略です。若い仔達に戦闘実体験は必要でしょう?』
予定や計画をノンカンさんは語る。
いきなり強い侵入者でなければいいけれどと言うのは私とノンカンさんの共通の思いだ。
自分達だけで行う戦闘はどうしても偏りが出てしまうことがノンカンさんの悩みらしい。
「第二夫人に戦法を聞くとか?」
彼女なら人のとる戦法もある程度わかっているのではないだろうか?
私の言葉に少し間をあけてノンカンさんが脚をこすり合わせた。
『あまり、したくない選択ですわ。彼女には誰も話しかけてはいないのです』
私はよくわからずに疑問符を抱きながらノンカンさんを見る。人であれば微苦笑を浮かべてたりしていそうな気配を感じるのだけれども、蜘蛛の表情はわかりようもない。
『彼女は、今は客分ですわ。ですが、仲間ではありません。ガドヴィン達は中立の妖精種ですから敵対することはありません。敵対してしまえば、居場所が無くなったからと言って駆け込んできて『しばらく置いてくれ』は言い難くなります。肝心なところを故意にばら撒くような真似はなさらないでしょう』
彼女は違う。
ノンカンさんの言葉に振り返る。
彼女の行動範囲はとても限られている。
彼女はとても警戒していた。
リア充側近様もあっさり『軟禁』と言う言葉を使ってた。
たぶん、彼女は自分の立場を理解しているということなんだろう。いまだにイマイチ自分の位置のわからない私と違って。
「難しいなぁ」
「ギャ?」
小さな灯りを持って前を進むヴィガが『どうしたの?』とでも言ってそうな様子で振り返った。ついでに足もとを照らして転ばぬように注意を促してくれる。助かる。
うねって分岐多めの道。灯りが他に見えたかと思えば、そこにあるのは反射板だったりでめんどくさく改装されている。あとやっぱり時々蔓の切れ端や枯れ葉とマシュポゥ。あと野ねずみの骨。あ、ノンカンさん、コソッと砕いたけど、見たから!
明らかに人為的に整えられたと感じられる区画に出る。
削り出された地面に敷かれた石材タイルところどころ剥がれて見えるのは演出だろうか?
この付近に落とし穴があるはずなんだけど、曲がり角の先……、すでに手を加えられている場所が多過ぎてどこだかわからないんだけど!?
「落ちるのは嫌だからね」
ヴィガと野ねずみに言い聞かせながら足を進める。
ところどころにちょっとした窪みがある。
ジッと見ていると細かな結晶が壁に張り付いていた。
手を近づけるとスッと魔力が抜けてゆくのがわかる。
ぽつり、ぽつりと弱い今にも消えそうな灯りがついていく。
『一時間くらいこの階層は明るさを維持できるでしょうね』
「一時間くらいしかもたないの!?」
結構魔力持っていかれたよ!?
『マシュポゥが』
マシュポゥが?
『魔力を吸収してしまうんです。ピヨットさんが組む魔法陣は基本的に閉鎖されていて魔力漏れがありませんが、灯りについては常に発散しているものですから』
マシュポゥ、いっそ貴様ら発光しろ!