ワームとお酒と不思議な夫人
目の前にはぎょろりとした緑の眼球が浮かんでいる。
私は声もなく、それをみつめている。
ゆるやかに光を放つ眼球は翡翠の緑が近い。
薄暗く周囲はよく見えないが微かな反射が直線的な印象を与える。
『大丈夫かい?』
ノンカンさんの声に近い聞こえ方の声が私に届いた。
『疲れているようだから気がかりでね。ちゃんと眠れているかい?』と彼はうたう。少し離れた場所にぎこちなく動く気配。目をこらせば、そこには骨のような片手が浮かんでいる。
『アレ? ストレス値上がった? 大丈夫? かわいいヒト。幸せ指数上げてくるといいよ』
え?
移動陣が足元で光った。
変な夢を見た気がする。
試験や測定報告に商談、客分の対応に増えない月給。(今年は据え置きで減らないからまだいいとは思う)
ぎゅっと濃縮されたストレスが考える時間があったせいで暴走したようだ。
気分を切り替えて、第二夫人に提供する食材を準備する。
オジサマ方の数を思えば、渡しておいた食材くらいの量あっという間になくなるだろう。そう思ってたんだよ。
「え。あれでしばらくやりくりしていくんじゃないんですか?」
はい?
「マシュポゥはガドヴィン様たちが狩ってきてくださいますし、野ねずみや野うさぎも」
え?
あたり前に食材不足はないと?
「蜜果まで頂きましたから、蜜果酒を作っている最中なんですよ」
こんなにも恵まれているのが信じられませんと微笑む第二夫人。
マシュポゥの核が未成熟の白でも食事としておなかが膨れるのには違いない。
厳しい生活を覚悟していたのにやたら恵まれてなにを要求されるのかと思っていたらしい。
でも軟禁だよ。ほぼ監禁だよ。と言い募ってもにこやかに「実は今の方が恵まれているんです」とお茶目にウィンクされた。
あー。当日はご本人も気張って居たのかな。
ちなみに追加食材は受け取ってくれた。
どうせなので蜜果酒の作り方を教えてもらうことにした。
「何も要求されない方が不安ですもの。喜んでご説明いたしますわ」
にこにこと真新しいキッチンに招かれたんだ。
まず、綺麗に洗って乾燥させた容器に花びらを洗って入れ、そこにワームを入れる。
三十分ほどでワームが花びらをジャム状まで変化させる。この工程で不純物の濾過が終わっているはずなので別の花びら容器にワームを移す。
このジャム状までになったモノにはなびらを追加し新しいワームを入れておく。
そして、体内に不純物を残していないであろうワームを入れた花びらの容器に蜜果をひとつ入れて半日冷暗所に。この際、ワームに対して蜜果の数が多過ぎないことが大事らしい。
半日ほどで蜜果は原形をとどめない液体へと化す。
それを目の細かい布地で別の容器に移す。
細かい布にワームが残るので、蜜果を入れた容器にワームを入れておく。
ワームの残っていない蜜果の液体を冷暗所に一週間ほど置けば蜜果酒が出来上がるらしい。
あとは寝かせる時の温度管理が大事だとか。
飲む前にもう一度はワームがいないことを確認した方がいいらしい。
そして、このワーム急激な温度変化で死ぬので加熱調理してもいいらしい。うん。とりあえず食べないと思う。
最初のワームが食べた花びらジャムは土壌成分が残ってるかもしれないのであまり食用には適さないけど、ガドヴィンのオジサマ方は好むらしいので量産中らしい。液状化しきる前にワームを入れ替えるのが結構大変らしい。(一瓶ヴィガ達に差し入れたら意外に喜ばれた。ワームも食べちゃってたけどね)
この作業をしながら、小麦ちゃん粉を使ってパンもどきを焼いたり(チーズ入りだったり、マシュポゥ入りだったりと数種類)、肉とマシュポゥと香草を使ったスープ基礎を作ったりしてしまうと時間が余ったので野ねずみや野うさぎの皮をなめしたりして次の作業を準備しているんだとか。
第二夫人働き者だ。
感心していたら、「手順は決まってますからね。少し、違うことをする時はやはり時間がかかるものですけど」と笑われた。
火力調整とかの魔法が得意なので不便は少ないらしい。火力調整魔法。反応していたらやっぱり笑われた。
「戦闘に向くほどの魔法は使えませんけれど、些細でも有れば便利なんですよ」
と。
有れば便利でいろいろな雑学応用がきかせられるのが第二夫人のウリらしい。うん。かっこいい。
「領主様、大地蜂とは共存できるので空姫蜂を育ててかまわないでしょうか?」
空姫蜂は大地蜂の十分の一程度の小型の蜂で樹上に巣をはる蜂らしい。
「醗酵力が強くて早くお酒になるんです」
ガドヴィンのオジサマ方用らしいと聞いてもちろん、了承した。
「しかも、睡眠効果が強いんです」
飲んで寝かせる作戦ですかい。
酒臭いエリアにならない方が嬉しいから問題はない。
「ワームにタマゴを与えるとワームの体内に残って成長し産まれるんですよ」
嬉しそうに言われたけど、待って。ちょっとエグくない?
食物連鎖は厳しいだけと言えばそうなんだろうけど、視界には優しくなさそうだ。
雑多なモノを処理してきたワームではないワームを母体として産まれる経過に彼女としては興味深々らしい。
あー。そうか。本来なら残飯や不要物汚物と雑多なモノを処理しているワームからではなく、厳選されたものだけを処理しているワームから産まれることなんて少ないケースなんだ。
「美味しいお酒を準備できたり、強い魔力を子に残せる母体になれたりする価値は大きいんですよ」
お酒はわかる。作ってるし、でも、母体?
どゆこと?
魔力を伸ばすには魔力の質が高い食品を食べること。魔力の高い存在の近くに在ることが重要になっていくらしい。
リア充上司様の管理地に長期滞在できればその体は外部で十年かけた修行を十日でこなしたかのような成果を得ることが出来るのだとか。
なにそれ凄いって言おうとして二ヵ月で魔法を扱い、戦闘もこなしている自身に気がついた。
うん。
急成長過ぎるよね。
そっか。そーゆー方程式が働いてたのか。
「使えなくなるのも早そう」そう呟けば、「一度馴染んだ力は失われるとしてもゆったりですし、確かにマグレッチェの祝福のように魔力を分解するものもありますが」と返された。
第二夫人の地元ではマグレッチェの祝福は殲滅対象らしい。