おっさんの穴掘りタイム
「揚げマシュポゥかぁ。なかなか旨いな」
仮の上司と言える奴が作業している横でばくばくと赤く薄っぺらいカケラを口に運んでいる。
「ヒトが穴掘ってる横で何ひとりで食ってやがる」
「そう言うけどさ、ゼンラウだって作業中は食うの苦手だって言ってたろ? じゃあ、食い終わるまでに今の途中作業終わらせんだな」
文句をつければ俺の行動に気遣ってるとばかりの返答。ならここで食うなとも思うが、かまわんとも思う。こう言う交流は嫌いじゃない。
契約内容は問題なし。
ちょっとした休暇気分。
パートナーになるのはやる気がなさそうな小娘。
やる気が失われる原因は上司カップルの惚気混じりの業務指令のせいかも知れん。
南の領地境界。落とされた吊り橋復旧のために街が出来たから、侵入者を減らすための拠点運営が仕事だ。
街を破壊すれば一発だと思うんだが、余計にウザくなるから勘弁らしい。
十回くらい徹底してやれば大人しくなると思うんだがな。まあ、他所様の判断だ。俺の巣でない以上そこまでの関係はない。
数十年前、前任者が謎の失踪(粉砕事故ぐらいで死亡はしてないらしいが所在不明)をしてからは魔獣天国でほぼ放置されていたらしい。(じき戻ってくるだろうと言う楽観視か?)
最近、魔獣が少々街側に縄張り拡充でもしたのか、動向不測が多く、街側からの調査を感じるという理由から今回の人事になったらしい。後づけの理由な気もする。
移動前にここ独特の食材を鞄に放り込んでいく。
クリームパイやミートパイの花を咲かせる植物。パチパチと弾ける食感を楽しめる果汁の木の実にお湯で香りの広がる香茶の花。
「んじゃ、よろしく。拠点護衛と建造ね」
「お。食材の追加ぐらいはしてやっていいんだろ。俺様も運動不足はごめんだからな」
契約は軽い。
やる気の薄かった小娘は毛玉に夢中になった。それはもう異常なほどの勢いで。
やる気になったのはなによりだが、あっさり借金したりして大丈夫なのか?
小娘はあまり意欲的とは言えないが、それでも毛玉好きを拗らせて行動をはじめた。
毛玉の寄生生物退治だったが、まぁ、無気力よりやる気があるのはいいことだ。
しかし、俺の時間が余って暇だ。
仕方ないので狩りに出かける日々だ。
強者よ。我が前に現れるがいい。
暇なので皮をなめしてみたり、捌き方を変えたり収納温度を調整したりと遊んでいると、ようやく小娘が迷宮を作る気になったらしい。
よし!
地形調整は任せろ!
迷宮入り口はせせこましかった。
正直、かなりの落胆だ。
どーんと大きいモノより精密さを試されてるのかと思えば、ただの無知だった。
本音を言えば、もっとがつーんと大物作ろうぜ。細かい調整も任せとけ。なんだが、運営費を考えると小娘の選択もあながち間違いとは言えないんだろう。
俺様の巣じゃないしな。
ああ。
じっとしてんのめんどくせぇ。
動くか、呑むか、強い奴と死闘とかしてぇ。
サイコロ転がしながら問題はないか契約主である上司に問われる。サイコロの目は奴の勝利。ちくしょう。
小娘のお守りが好きなわけではないが他の目的もない。問題ないだろう。
蜘蛛も毛玉どももあぎゃやこいつの前には姿を見せない。あいつらなりの本能に従った保身だろう。
「まあ、なんとか飽きずにやってるな。難を言えば、酒が飲みにくいことくらいだなぁ」
んじゃ、ほれ呑めと周りからグラスが回ってくる。強い酒精に表情筋がにんまりと緩む。
「まあ、よくしてやってくれよ」
「気があんのか?」
まずないと思いつつ振ってみれば面白くないネタだと笑われた。
「元気で我が強い子は好きだけどさ。俺は自分で立てる子が好きだし、同時期に特別を複数作れるほど器用でもないさ」
特別は決まっているんだ。と笑う姿に微妙な緊張感が緩む。
「帰すのか?」
「ん。本人次第。ここで生きてくんならそれでもいいんじゃないかな」
珍しいと思う。なんだかんだ言って異界からの迷い客を送り返すことを厭わない男だ。それがどれほどの労力と手間を伴うとしても。
「黒髪ロングって妙に気が引かれんだよね。だからかなぁ」
知る限りのこいつの恋人は黒髪ロングストレートが多い。愛人や軟派対象はそんなこともないようだが。
「帰すと最速一分。長くて一週間後に死ぬんだよなぁ。あの子」
だから帰すのには躊躇いがあると続けられて抱く思いは、正直なところ、嫉妬だ。
異世界座標軸並行世界の差分まで把握し得る探査能力。あくまで自然に手間でもないかのように振る舞う姿がなおさらに嫉妬を誘う。
力、能力の高さこそが生命としての価値だ。
口惜しい。
だからと言ってそれをぶつけることもまた口惜しい。能力において負けているという事実が腹だたしい。
「ただの小娘だろう?」
「コレが情ってもんなんだろうな」
わからん。
見知らぬ小娘。すれ違っただけの相手であり、いずれ間をおかず死ぬ。
長命を得れるほどの力は持たない。ただの小娘に過ぎない。
「一カ月、生きる世界をひとつでも見つけられれば送り返すことに躊躇いは生まれなかっただろうけどな」
見つからなかったのだろう。
もしくは此処こそが一カ月以上生き延びられる世界だったのだろう。
「関わったのなら、すぐに死んでほしくないじゃないか」
死ぬ時は死ぬものだろう?
そう、死ぬ時は死ぬもんだ。なんだかんだやっているが、あの小娘は自分の拠点の防衛増強は一切手をつけていやがらない。
「ケッ……ちゃんと守っちゃいるぞ。マグレッチェやあの雌蜘蛛も小娘自体に敵意も害意も今んとこねぇしな」
ざくりと土を掘り込む。この辺りの土は薄っぺらい岩の層がある程度だ。この味は水晶層か。残念ながら魔水晶層ではないらしい。ムカついたから魔力を叩き込んで固定しておく。
「ゼンラウ、訂正訂正。アレはマグレッチェじゃなくて転生体だ。前世の責任なんて押し付けんのはナンセンスだろ?」
「っはぁ? 魔のモノは魂につくからな。わかってるだろアレはマグレッチェだよ。勇者が召喚された条件付けで『倒されなくてはならない対象』と『神』の力で結ばれた以上、マグレッチェが正しい魂の流れに乗るには勇者に一度倒され、勇者の魂が元来のあるべき流れに返還されてからだ。それまではいくら偽ろうがマグレッチェはマグレッチェだ」
ふざけたことを言うものだから勢いあまって水脈をぶち抜いた。ついでだから利用するか。
前世を無視してかまわないのは思い出さないヤツと縁が結ばれていない奴だけだ。魔王に一度でもなったなら死んだぐらいじゃなかったことにならねぇんだよ。
しかも俺様が殺した。紙っぺらみたいに抵抗もなく弱っちかった。くだらない。
「ヤナこと言うなぁ」
「生まれ変わって五回に二回は魔王業に返り咲いてるよな。おまえも」
選らんだ主人を逃がそうとしない魔族魔物も多いしな。……人徳って奴か?
何周も魔物に迎えられる元魔王となると狂信者が多いしなぁ。普通に魔族魔物は上司に絶対服従が喜びって縦社会だしなぁ。俺様にはよくわからん。
「不本意なんだけどね。俺、普通のヒトで普通のトレジャーハンターだからさ」
「よく言う」
ふざけた発言をあんまりにも自然に言うものだからマグマ層に掠って引き込んじまったじゃなぇか!
「ひでぇ。マジトレジャーハンターが本職だぜ?」
ああ、もう黙れ。冷却系の魔力をぶつけて逃せるルートを増やす。これだけのスペースがあれば逆流もないだろう。
「なら俺様は本職地図職人だぞ?」
「だから、迷宮作りとか好きだろ? 種族性癖的に」
よし! バレてねぇ!
「ソレ職業じゃねぇよ。種族持ち出してんじゃねぇよ。ま、ヒトづきあいが面倒だった時期だ。そこは助かったさ」
「いや、女の子との問題は拗れる前に整理しておけよ。お前らの種族っていつも嫁探ししてるってイメージがあるのになんで逃げてんだよ」
コイツ……どこまで知っていやがる。ヤルか?
「……アレは、……アレは弟子だったハズだ。ガキだ。おまえの側近ハーレムとは違う」
虚弱毒舌美人から忠誠系天然ロリ、スレンダークール美女にケダモノまでよりどりみどりの。
ウチのはただの弟子だ。ガキだ。女じゃねぇ。
「ハーレムじゃねぇよ」
お互いに息を吐いた。
「ま、近く話しあっとけよ。年長者」
「神代からの記憶を維持するモノに年下ヅラされるのもな」
話し合いなんぞねぇ。ガキに懸想なんざ兄弟たちに笑われっだろ。みっともねぇ。
「けっこう居るぜ? それに一度死ねば、それは新しい生で過去は……関係ないとはあまり言いきれないな」
「ああ。おまえはその過去があって今の力をふるう訳だからな」
そうか。結構いるのか。まだまだ成長目標の余地ありだな。
「だからおまえに対抗意識持たれる訳かよ」
「ああ、諦めろ」
俺らの種族は強く、自分の求める方向の最高みを目指す。敗北は善い。いつか乗り越えるべき壁は高ければ高いほど、強く高みに至れる。
ん。魔鉱石の鉱床か。悪くない。
「否定してくれよ。マジで。全力で使うこともないんだぜー。肉体が保たないからなぁ」
対抗意識を持たれてる確信はなかったらしい。気がついとけよ。ああ。マジでいつか全力のコイツともヤリあってみたいもんだ。
「異世界座標の誤差パターンをいくつ弾き出せるんだ?」
「限られてるよ。還してあげると言い出す気になれないくらい『死』の未来しか見えねぇ。だから自分から聞いてこないなら提案しねぇ。関わったからには『死』の未来しか見えなくても『絶望』だけは取り除いて、いや、減らしてやりたいだろ」
異世界座標の判別取得はやたらめったら難易度が高い。この俺達が生きる世界は他世界から多数の生物を迷い込ませ呼び寄せ取り込み、『力を得れる』と甘く囁き、還り道を閉ざしてゆく。
正しい自分の世界に帰れるものなど億に一もいないだろう。帰ることを諦めなければ歳をとらず、それでいて不死ではなく、役割を持とうものなら死しても還ることは許されない。
そんな食虫植物の壺の中にいるような一生物でありながら『希望』の救いをと望むのは傲慢だろう。
「傲慢だな」
「ああ。傲慢だよ」
にんまりと笑う。俺が協力を続けるとわかってると言われているようで面白くない。
「つまり、俺じゃ還せても確率の高い世界でその先は絶望しかないっつーことか。望めば還すぜ」
俺の実力ならつまり『絶望の死』に送り返すことになるだけだろう。世界のもしもの分岐には可能性の高さの優先順位というものがあるのだから。
「かまわない。それを選ぶ希望が持てるようになったのなら、それは生きていく希望がその中に宿ったってことだろ。諦めて絶望しての選択だと言うのならそれはそれで俺じゃ助けられねぇ」
小娘の絶望。
小娘の諦め?
「わざわざ、絶望させる理由がない」
くそっトロくて同じことを繰り返し発想が足りなくてものぐさで無頓着な阿呆。
絶望という言葉も希望という言葉もあの小娘には似合わない。
「やる奴は面白そうだからでやるよ。欲しいものを与えて与えられ慣れ疑いが薄れとろけた頃に取り上げる。その時の予期せぬ反応が見たいという理由があればやる奴はやるだろ?」
「不愉快だが、まぁ、そうだな」
確かに他者の負の感情を食い散らすのが生きがいな奴もいる。
ガンッと魔力を叩き込めば岩壁が崩れた。
あぎゃの拠点のある森だ。
よし。俺にも食わせ……おい。
「……ッてマジに一口分もその揚げモン残しやがらねぇってどういうことだ!」
「旨かった。帰れば彼女があらためて作ってんじゃねぇの?」
串を揺らしながら奴が言う。腹を叩いて見せるな。避けるだろうとわかりつつも殴りたくなる。
「マジか」
「ああ。揚がってたヤツを総浚いしてきたからな」
総浚いって。
「マジか」
「マジだ!」
朗らかな笑顔に小娘のヒスがたやすく想定されて一気に面倒になった。
あー。
ちょいとどっかで戦闘してから帰るか。