異世界転移者とマグロちゃん
「僕はフミヅキホナミ。マグレッチェとは特別な仲なんだ。見つけて連れてきてくれてありがとう。はぐれてしまって心配してたんだよ。あ、お礼金? 迷惑料? 弾むからね」
生き物として私の視界外で生きてくださいと言いたくなる人に出会いました。
綺麗に洗ったマグロちゃんは涙ぽろぽろで腰に抱きついてきている。
任せろ。マイシスター巨悪は滅す!
「あー? イラネーよ。うちの小娘が気に入ってんだからこのままだしな。引き渡す理由がねぇ」
おっさんが一歩前に出てきた。
お熱下がってごはん食べて、ウチでほんの四日ほど過ごして街に送り届けにきた結果の遭遇だった。
コイツ、変態です!
秩序維持関連のおーかーたー。と叫びたくなるけど、マイシスターマグロちゃんはおそらくほぼ人権とかんなもんはないだろうとのこと。所有者に返すか、いっそ所有者名乗っちまえというおっさんの無茶振り発言だったりする。
二十歳前風の男は興味なさげにおっさんから視線を外してこっちを見てくる。
「キミ、日本人でしょ。異世界転移で困ってるだろ?」
ねぇ、名前は?
そんなふうに聞かれてものすっごく気持ちわるい。
「不安だっただろ? わかるよ。むこう都合ばっか押し付けてこられてこっちは迷惑だよね。同郷のよしみだからね。手を貸すよ?」
なんだ。コイツ。
「ねぇ」
「私、あなたに興味がない。というか、嫌いだから話しかけてこないで」
私は彼を拒絶する。
私も誰かとの距離の取り方は苦手だ。
誰かを信じるのは苦手だ。
むしろ、同郷だと言うのなら、ああ、それこそ信じることなんかできない。
こいつは私と同郷だと言う。
なら、私は彼を拒絶する。信用できない。私を見世物のように扱うつもりと言い放ったリア充上司様の方が、飽きたらどっか行くと宣言してる契約でそばにいるだけのおっさんの方が何万倍も信じることができる。
詰るような視線に笑いがこみ上げる。
確かに同郷なのかもしれない。
ろくに知りもしない相手に手を差し出したつもりで、拒否を受けつけないその手は強制。ああ、タチの悪い親切の押し売り。
望まれなければただの傍迷惑な自己満足で終わるもの。
「そ。じゃあマグレッチェを返して」
その眼差しは拒否を受けつけない色で満ちている。
「あなたのものじゃないでしょ。この街の所属する国には奴隷制度はないらしいし、隷属者のシルシもないのだから」
「マグレッチェとは家族ぐるみの付き合いだったんだ。その家族がいない今、僕が面倒を見るのが当然だろう?」
「マグレッチェの民だからってマグレッチェと呼ぶ程度の付き合いでしょ。名前すら呼ばない」
苛だたしい。
焼け腐った臭いに気分が悪くなる。
「マグレッチェの負の遺産しか食べれないのー?」
「基本的にはそのはずですね。そとで採ってきた木の実やキノコあたりなら食べられるかもしれませんね」
魔力濃度の薄いものでないといけないらしい。
ピヨット君の意見により、ノンカンさんに採取依頼出しました。ピヨット君はその後すぐに本部の様子を見にいくと出かけていきました。
それにしても洗ったお子様はふわふわのオレンジヘアーが撫でくり対象でした。かーわーいーいー。
おっさんはいないから二人っきりだよ〜。
こわくないよー。
「よし。マイシスター、お名前は?」
こてんと頭を倒す様はあざと可愛い!
幼女萌え!
ロリ犯罪者撲滅は正しい!
ブラッシングブラシで綺麗になるわけだから、最初から水突き落としじゃなくても良かったんじゃね? と考えつつも、やっぱりお風呂は必須だよねと自分に頷く。
「おうち帰りたい?」
反応から聞こえてはいるんだよね。うん。頷いた。
「おしゃべりできないの?」
こくんと頷く。
肯定する行動だと思うんだ。
頷いたからって否定である可能性だって文化的に否定できるかってできないし。
とりあえず、少しきつめに腕を握って、表情がかげったことを確認してから、「痛かった?」と聞いたらやっぱり頷いたので、言葉は理解していて喋れないらしいと確認した。
「なんか食べた後に送ってあげるからねー」
嬉しそうににへらーと笑って頷く女の子はかわいい。警戒心、薄くない?
「よーし、とりあえず名前わかんないから、マグロって呼ぶね! マグレッチェって一族名っぽいし!」
というか、過去の魔王の個人名だよね。
頷いたのでマグロでいいらしい。もう少しかわいい名前とも思ったんだけど、なぜかマグロが頭からはなれなかったんだよね。
本人も嬉しそうだしいっか。
マグロちゃんはマグレッチェの祝福以外も食べることができた。肉鍋はお腹壊してたけど。
まぁ、そのせいで街に送るのが遅れた。
ピヨット君の報告によるとポーンと吹っ飛ばした男はしばしの戦闘の後逃亡してしまったらしい。南方本部でリア獣上司様が出るほどではなかったが、かなりの被害が出たとか。
まぁ、その間も日課のブラッシングと魔力充填と訓練は繰り返してたんだけどね。
おっさんに連れられて街に。
街の外周の壁の外側に焼け焦げた地帯があった。
きょろきょろしながら動けなくなったマグロちゃんにここが変わり果てた帰りたかった場所だとわかった。
そして、あの男が現れた。