リア充上司様としあわせマイホーム
ことのキッカケなんて覚えていない。
気がつけば黒尽くしの青年がニマニマと話しかけてきていたから。黙りこむ私を気にした風もなくとうとうと言葉を続ける。
ちらちらと手遊びが煩わしかった。
「最近、マンネリだと思うんだよなー」
「宿屋経営に飽きられたのでしたら、普通に世界征服でもなさいますか?」
「えー、勇者来るじゃん。うぜぇ」
「我が身に代えても主人様をお守りいたしますよ?」
「代えなくていい代えなくて。お前は俺のそばにいればいいの」
「はい。御心のままに」
「と言う会話を経て、たまたま迷いこんだ君に白羽の矢を立ててみたんだけどイイよね?」
つまり、この黒衣の君様は惚気つつ(今も「ウチの側近、めっちゃ美人で気が利いて最高なんだけど、頑張りすぎちゃうんだよねー」とか惚気てる)偶然遭遇した私を暇潰しのオモチャにするとおっしゃってるらしいのですが、いったい、何がどうなってこうなった!?
大人しく聞いてるけれど、せめて心の中でだけでもと突っ込んでみていた。
なんだか、感情が久しぶりに動いた気がする。
「ま、拒否権ないけどね。逃げるって言うなら別にイイけど、周囲三日は歩かないと人里には出ないから。あと、逃げても俺は追わないし、保護もしない。水くらい持たせてやってもイイけどさ。逃亡な時点でそれ以外持ち出したら窃盗で追っ手かかると思うから。ウチの部下有能だから。んで、魔物も野獣もならず者もいるけど、頑張れ?」
「逃げない場合、何をすればいいんでしょうかっ!?」
泣ける。
詰んでる。逃げが成功する絵が思い描けない。
「ん。ただの領地管理。ちゃんと補助はつけるし」
そのまま雇用契約についての大雑把な話になった。
「はーめーらーれーたー」
森の中で叫べば、抱えた荷物を置いたおっさんがあくびをしながら丸太小屋を組み立てていく。三日歩けば人里がまず大噓だった。
上司様の拠点から直属上司(ただし、私と入れ違いで上司様の所に行っているらしい)の拠点への転移陣。そこから森に出て二時間。私の拠点と繋がっているという転移陣で移動。ほぼ垂直の壁面に薄っすら壊れかけた階段をおっさんに担がれて運ばれた。あんな場所登れる訳がない!
そもそも私ひとりなら森で彷徨った時点で狩り殺されてる自信がある。
「うーそーつーきー」
北側にそびえる山々(上司様の拠点は山むこう)が気持ちよく木霊を返してくる。
見回せば、森と山と大地を走る亀裂。
「ふざけんなー」
教育期間、三日。放り込まれた現場は屋根すらさっきまでなかった。
「飽きたら、いるもん書き出せよー」
おっさんは黒衣の上司様がつけてくれた護衛(条件付き)兼実行力だとか。
私は作りたい理想をおっさんに伝えておっさんが予算と相談して出来るとこまで実行する。おっさん『が』というところがポイント。私はこっちの物価ややりたい事にかかるコストがよくわからないのだから。
そして、侵入者が奥(上司様の拠点)へ辿り着く比率を減らす。あくまで減らすでイイらしいが、その時の被害は実費予算で給料からさっ引かれる。
そして、侵入路たる吊り橋は今落ちているらしいが、復旧後はこちらからの破壊は禁止。今落ちているのも侵入者が逃亡時に落としたらしい。
渡される給料予算の通貨単位が『円』なのは私にわかりやすいようにらしく、この世界のメインは物々交換に各国通貨(どちらかと言うと貨幣信用じゃなく貨幣の芸術性成分構成による物々交換)だとか。
物の価値は流動性が高いから安定しないって予算!?
「おーい、拠点ができたぞー」
おっさんがでかい声で呼んでくる。ああ、こだまが返ってくる。
丸太小屋完成って、早くない?
木々の緑がなだらかに山裾へとおりてゆく風景。
「あそこが吊り橋のあった谷だ」
がっつり広い亀裂が大地を引き裂いてある。あそこに橋がかかってたんだ。
吊り橋って長さ百メートルとかあったんじゃないの!?
「領のこっち方面の侵入路はあの吊り橋くらいだ。谷川の流れは急だし、肉食魚も多い。谷の側面を巣にしてる獣も魔獣もいるし、植物も大人しいとは言えないからな」
情報を聞きながら丸太小屋に入る。
テーブルと椅子がでんと置かれていた。
「あそこが厨房な。で、こっちが嬢ちゃんの部屋だ」
扉を開ければ目の前にハシゴよりはマシな階段。そんな急な階段を上がった先は屋根裏部屋だった。
ベッドと箱と棚あとはひたすらスペースがあった。
箱に上司様からもらったズタ袋をしまう。
袋の口から入りさえすれば重さや大きさを気にせず運べると言う便利グッズ。ただし、入れられる数はサイズ不問二十個限定。
中には当座の食糧十日分。あと必需品十セット。
もうひとつ普段使い用にもらったバッグの中から寝袋やランプ、掃除道具一式を出して部屋の隅に置いたり、ベッドに寝袋を敷いたりしておく。
寝床、薄っぺらい。
部屋薄暗い。
暗いのって、気が滅入る。
だから窓らしい形を見つけて押し開けてみ……動かない。
「うきぃ!」
怒りに任せて引っ張ったら、すっぽ抜けた。
勢いで打った背と肩がじんと痛みはじめていたけれど、その痛みも目の前の光景にかき消えた。
『うなぁああん』
そこにひとつめの幸せがあったから。
「要るものは書き出したか?」
「あ」