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第5話 始まりの街

 スタレットの街は人口一万人くらいと、二十一世紀の日本から見れば小さな町にすぎないが、この異世界では十分に大きな都市であった。

 石造りの二階建ての家が立ち並び、いかにも中世ヨーロッパ風の趣がある街並みである。

 ただ、味のある景観に反して、それを眺める九郎の眼差しは険しい。


「石材はどこから運んできたのですか?」


 街に辿り着くまでの間、深い森と畑の広がる平野しかなかった。

 石材の採掘に向いた岩山などは見当たらず、木材が簡単に採れる森が近い事を考えれば、木造建築の方が合っているはずなのだが。


「石? 言われてみれば、どこから持って来たんだろうね?」


 私もここの生まれではないから分からないと、ファムはあまり興味を示さない。

 その横で、九郎はまた嫌な予感を強めながらも話を打ち切った。


「ここまで案内してくれて、ありがとうございました。それでは」

「えっ、ちょっと待って!?」


 急に別れを切り出した九郎の腕を、ファムは慌てて掴み止める。


「どうしました?」

「え~と……」


 九郎が不思議そうに尋ねると、ファムは気まずそうに目を逸らした。


(異世界人なんて超珍しい人を、まだ観察し足りないとは言えないよね……)


 ファムは昔から好奇心旺盛で、世界中の謎を知りたくて探検家になったような少女である。

 異世界から来た謎の技を使うステータス皆無の青年なんて、彼女にとってはダイヤモンドの山よりも魅力的な存在であった。

 とはいえ、こんな失礼な事を言うわけにもいかず、彼女はもう一つの本音を告げる。


「助けて貰ったお礼、まだ全然できてないから」

「別に気にせずともよいのですが」


 九郎がそう断るので、ファムは必死に引き留める理由を探し、そして閃いた。


「そうだっ! 九郎はお金を持ってないでしょ?」

「確かに金銭はないですね」


 ズボンのポケットに財布は入っているが、野口英世先生の紙幣が異世界で使えるはずもない。

 ただ、師匠から気功と剣術を教わった厳しい修行の間、山奥で野草や野鳥をとって暮していたため、別に金がなくとも生活の心配はしていなかったのだ。


「その辺で熊でも狩って――」

「なら、冒険者になって私とパーティを組まない?」


 九郎の言葉を遮り、ファムは目をキラキラと輝かせて提案した。


「冒険者?」

「そう、九郎はあんなに強いんだもの、直ぐにベテラン級冒険者になって大金を稼げるよ!」


 慣れるまで私が傍でフォローしてあげるから――と私欲半分、親切半分で誘ってくる彼女に、九郎は暫し考え込んでから問う。


「まず、冒険者とは何か説明して頂けますか?」


 単語から大方の想像はついたが、念のため確認する彼に、ファムは笑顔で語り出す。


「冒険者ってのはね、冒険者ギルドに加入して、様々な仕事をこなす人達だよ」


 ドブさらいから薬草の採取、はてはドラゴン討伐から古代文明の遺跡探査まで、あらゆる事をこなす究極の何でも屋。


「成功すれば金銀財宝を得られて、一国のお姫様との結婚だって夢じゃない、皆が憧れる職業なんだよ!」


 もちろん、失敗すれば死に繋がる危険な職業のため、皆が憧れるも就きたいとは思わない職業NO1であろう。


「私は遺跡探索がメインなんだけどさ、ゴブリンとか魔物が住み着いている事も多くて、倒せる強い人を探してたんだ」


 前にパーティーを組んでいた者達は地域密着型というか、一ヶ所に留まって仕事をするのを好んだため、新しい物が見たいファムは冒険性の違いで離脱。

 そして、このスタレットに流れてきて、ゲグル達三人に騙された先で彼に出会ったのである。


「私は珍しい物が見れればそれで満足だから、財宝は九郎が全部――」

「勧誘はまた今度にしてください」


 話がズレていると、九郎は掌でファムの口を遮る。


「冒険者ギルドとやらには、君やあの男達のような人達が沢山いるのですね?」

「そうだよ、私のような遺跡探検家や魔物ハンター、中にはドラゴンバスターの称号を持つレベル50超の英雄まで、大陸にいる沢山の冒険者が加入してるんだ!」


 胸を張って力説するファムとは対照に、九郎の表情は訝し気に曇る。


「何故、そんな組織が存在しているのですか?」

「えっ?」

「明らかに危険でしょう? どうして国は冒険者ギルドを解体しないのです」


 ファムは意味が分からないと呆けた顔をして、九郎はその危機感のなさに呆れ、そしてまた嫌な予感を抱く。


「国とは別の民間組織が、強大な武力を保持しているのでしょう? それはテロリスト予備軍と何が違うのですか?」


 二十一世紀の日本で例えれば、拳銃どころか戦車や戦闘機さえ所持した集団が、平然と街中を闊歩しているようなものだ。

 いざとなれば警察や軍隊を滅ぼし、王の首を狩って国を簒奪しかねない暴力集団を放置するなど、執政者の正気を疑ってしまう。


「こちらの事情をよく知らない、僕が口出しすべき事ではないのでしょうが」


 地球と違って人々の安全を脅かす魔物が存在し、国の軍隊だけでは手が回らないなど、仕方のない理由があるのかもしれない。

 ただ、ファムの話を聞く限りでは、たった一人で町を滅ぼせるようなレベルの強者までもが、国軍ではなく冒険者ギルドという民間組織に在籍しているようだ。


(国も本当は潰したいが、相手が力を持ちすぎて逆らえないとか、そんな理由でもあるのだろうか)


 それなら納得はいくが、余計に冒険者ギルドには関わりたくない。


「申し訳ないですが、危険な組織には入りたくないですね」

「えぇ~っ!?」


 まるで暴力団やマフィアでも見るような目を向けられて、ファムは心外だと声を張り上げた。


「そんな事ないよ、冒険者ギルドは安全な組織だよ!」

「ですが、君を奴隷として売り払おうとしたあの三人も、冒険者の一員だったのでは?」

「うぐぅ、それを言われると……あっ!?」


 九郎の言葉で、ファムは今まで忘れていた大事を思い出す。


「そうだ、ギルドにあの三人の事を報告しなくちゃ!」


 冒険者仲間を騙して奴隷として売りさばこうなんて、絶対に許されない大罪を犯したのだ。

 直ぐに報告して追手を派遣して貰わないといけない。


「私だけじゃ疑われちゃうかも、九郎も来てっ!」


 ファムはそう言って、彼の手を握って走り出す。


「いや、だから僕は……」

「あいつら、絶対に許さないんだからっ!」

「……分かりました、行きましょう」


 返事も聞かず強引に引っ張る彼女に、九郎は反論する気力をなくして大人しく付き従う。


(今日は人の話を聞かない子にばかり遭遇するな……)


 と、己の女運が悪いことを呪いながら。

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