旅立ち
結局あれから屋敷で歓待を受けた。
俺としては、まだ陽も落ちる前だったのでアッシュと一緒に簡単な依頼でも受けて一連の流れを掴みたかったのだが男爵に捕まってしまったのだ。NOと言える人間になりたい……。
しかし、収穫もあった。学ランのままだった俺を見て、男爵が気を利かせてくれたのか衣服を融通してくれたのだ。
長刀を使うと言ったら男爵が服を見立ててくれて、簡素なインナーに動きやすさを重視したパンツとブーツ、寒くならないように薄手のコートとグリップし易いように指無し手袋に剣帯を貰った。学ランのままだと非常に浮いてしまうので有り難かったが、貰ってばかりというのもどうかと思ったので高く売れるという元着ていた学生服一式を進呈した。
着ていた物を渡すのはどうかと思ったが、軽い気持ちで言った一言に男爵が食いついてきてそのまま着ようとしていた所を夫人に窘められていた。
身長は百八十センチ以上ある為、丈は問題無いが筋肉の量が違うので無理だと思う。それに、高校生が着るものという意識が強いせいで五十歳手前くらいの男爵が着るという事に違和感しか感じないので自重して欲しいものだ。
そして、イリスも何故かドレス姿になっていた。いつの間に……と思って尋ねてみると、男爵とアッシュが言い争いを始めて退散した時に夫人やアッシュ、パトリシア嬢のお古で着せ替え人形のように扱われていたらしい。
ゴスロリチックなこのドレスを一体誰が着ていたのだろう……。
そのまま男爵の屋敷で食事をご馳走になり、客間を借りて一泊した。その間パトリシア嬢と顔を合わせる事は一度も無かった―――。
「それでは達者でな」
「アッシュとイリスちゃんを宜しくね」
「衣服だけでなくわざわざ仕事まで紹介して頂いて有難うございます。男爵に夫人もどうかお元気で」
「では行ってくる」
街の出口で男爵夫妻と挨拶を交わす。
街を出る前にギルドに寄ってパーティー登録を済ませたのだが、パーティー名をどうするか聞かれたので冗談半分に『アッシュと愉快なお供』と言ったら、アッシュはあまりこういった事柄に拘らないらしく即採用された……解せぬ。ここは一悶着するべきだろう―――。初日に相手をしてくれたエルフと思わしき女性受付の人が居なかったので名前を聞けなかったが心残りだ。
それから男爵の伝手で護衛を探していた商人を紹介して貰い、一先ずグラハドという街に向かう事となったのだ。昨日の今日でここまでしてくれるとは男爵は義理堅い人間のようだ、アッシュがあのような性格なのも頷ける。
「お待ちなさい!」
声のした方に目をやるとパトリシア嬢が息を切らせて膝をついていた。
「わ、私も行きますわ!」
「リーシャ……一体何を言っているんだ」
急な同行宣言にアッシュが呆れている。
男爵夫妻も苦笑交じりに見守っているが止めて欲しいものだ。ツンデレは大歓迎だが、まだ自分の力を把握出来ていない俺に二人も面倒を見れる自信が無い。
ここはアッシュに任せよう。
「私の夢にお前を巻き込むつもりは無い。お前が心の底から旅をしたいと言うのならその限りでは無いが、そうではないだろう? 一時の感情で続けられる程冒険者は甘くないのだ」
「お姉様……」
「それに、これが今生の別れという訳でも無い。また機会があれば帰ってくる事もあろう。その時にまだお前が私と一緒に旅をしたいと思ってくれているのなら、その時にまた話し合おうじゃないか」
「……分かりましたわ」
背景に薔薇の花が幻視出来そうだ。何という百合ワールド。
どうやら話しは済んだようで、アッシュが馬車へ乗り込もうとしたので俺とイリスも続く。
「あれだけで良かったのか?」
「あぁ、リーシャは多少人見知りするきらいがあるものの私等よりずっと気立ての良い子だからな。また会う頃には考えも変わっているだろうさ」
奥ゆかしいというか何というか……どうやら、アッシュは自分に対する評価が低いようだ。
やがて、馬車が走り出したので幌から身を乗り出して男爵一家に手を振って別れを告げる。
□□□□□□
「グラハドはルカンと違って、獣人が多いですね。ルカンは多少、排他的な所がありますから気性の荒い獣人は生活し辛いのでしょう」
馬車が走りだしてから紹介してもらった商人に行き先であるグラハドという街について聞いているのだが、アッシュはずっとイリスの相手をしている。あまりこういう依頼に向いてなさそうだ。
「へぇ、獣人ですか。確かにルカンでは見かけませんでしたね……そんなに喧嘩っ早いんですか?」
「全部がそうとは言いませんが、そういう性格の者が多いといった所ですね。我々人間は、獣人と一括りに呼んでいますが獣人の中にもそれぞれ種族があって、種族間で色々偏見があるみたいですよ」
「それはまた……ややこしい話しですね」
苦笑混じりに答えると商人の人も同意してくれた。しかし、獣人か……。
獣耳パラダイスが俺を待っている気がするので早く着いて欲しいものだ。グラハドまでは馬車で三日程かかるらしい。
一応、護衛という名目で同行させて貰っているがルカンの街周辺は治安が良いとの事なので、魔物や盗賊の類に襲われる心配はあまり無く。だが、それでもゼロでは無いので念の為という意味合いが強いようだ。
「アッシュは行った事あるのか?」
「父上や兄上と一緒に何度か行った事はあるぞ。確かに獣人が揉め事を起こしているのを見た事があるな」
放っておくのも何だったので話題を振ったが、ちゃんと話しは聞いていたようだ。因みに、アッシュには妹だけでなく二つ歳上の兄が居る。男爵の屋敷で食事をしていた際に何度か話題に上がっていたが、男爵の跡を継いで騎士団に在籍していて王都に居るとの事だ。この兄も中々のシスコン臭を漂わせていたので王都に寄る時には注意が必要だろう。
「霧雨君の上ゲット~☆」
「イリス……急に飛び込むなよ」
会話の隙を突いてイリスが膝上に乗ってきた。最近定位置になりつつあるが、頭が丁度良い位置にあるお陰か中々これが落ち着くのだ。アッシュが恨めしそうにこちらを見ている。
ハーレム感を感じるがきっとイリスが羨ましいのではなくて、俺が羨ましいのだろう。イリスの髪の毛は中々の手触りだし、長いので色々と髪型を弄っていると良い暇潰しになる。
「可愛らしい子ですね。キリアさんとはどういったご関係で?」
商人の人が尋ねてくるのでイリスの語っていた設定をなんとか思い出しながら説明する。
最初は驚かれたが、俺が旅人だと知って『なら、特に問題は無さそうですね』と言われた。確かに、戦闘面に関しては今の所問題無さそうだが……大らかな世界だと納得すべきなのだろうか?
「旦那様! 銀狼の群れです!!」
「漸く出番か」
戦闘狂みたいな台詞を言いながら馬車から飛び出すアッシュだが、出番なんて無い方が良いだろうと嘆息しながら俺も後に続く。
街道の横手にある森からこちらへと向かってくる狼達が見える。商人の小間使いが気付くのが早かったのか、接敵までまだ幾分かの猶予はありそうだったので馬車を巻き込まないようにこちらから打って出る事にした。
思えば、アッシュがどれだけ戦えるのかは未だに未知数だ。男爵から教育を受ける兄に混じって一緒に剣を振ったというが、今後の参考にすべくアッシュの戦いを観察する事にした。
「アッシュは右から来る二匹を頼む! 俺は左の奴等を相手にする!」
「了解した」
距離を詰める俺達に気付いた狼の群れが包囲しようと二手に別れるのが見えたのでアッシュに指示を飛ばす。
俺が相手にするのは四匹だ。太陽の光を反射して輝くその体毛は『売ったら高そうだな』と思ったので戦い方を考える事にした。
まず、一匹が跳びかかってきたので横へ回避しながら鞘走りを利用して一息に首を落とす。続いて二匹が左右から襲ってきた。一匹は脚、もう一匹は腕を狙ってきたのでバックステップで避けて二匹が重なった所を狙ってこれも同様に首を飛ばして残りの一匹に視線をやる。
最後の一匹は逃げていくのが見えたが、アッシュがどれだけ戦えるのかを計るのが目的なので捨て置く事にした。刀に付いた血を一度振って払いながら納刀する。
アッシュの方を確認するとまだ二匹を相手にしていたが、俺みたいなチートと比べるのはナンセンスだろう。
「アッシュ! 助けは必要か!?」
「心配は無用だ! この程度なら問題無いっ!」
喋りながら横合いから跳びかかってきた銀狼の攻撃を避けて胴体に突きを入れるアッシュ。あぁ、毛皮が―――残り一匹になってからは早かった。逃げようとした狼の脚を一つ切り飛ばして機動力を奪い、喉元を突いて戦闘は終わった。
「お疲れ様」
「むぅ……これは安く買い叩かれそうだ」
アッシュが最初に倒した銀狼に目をやりながらそんな事を言う。聞いてみると、やはり毛皮が高く売れるようで俺の倒した三匹を見て悔しそうにしているが、戦闘中に相手の倒し方にまで気を回せるなら特に問題は無さそうだ。
商人に剥ぎ取りの許可を貰いに行くと、自分に売って欲しいと言われたので快諾しておいた。
「これは素晴らしいですね。この状態ならこちらの四つは三万二千コル、もう一つは三千コルでどうでしょう?」
相場が良く分からなかったが、アッシュに視線をやると頷いていたので適正価格みたいだ。
「構いませんよ。その値段でお願いします」
「有難うございます。しかし、遠巻きに見物させて頂きましたがアッシュさんも然る事ながらキリアさんも凄いですな! グラハドまでの道程は安心できそうです」
「それは何よりです。私達も誠心誠意、護衛を努めさせて頂きますよ」
思わぬ臨時収入を得たが、それからは特に何も無く順調に道程を消化する事が出来た。武器の手入れを済ませたアッシュがずっと暇そうだったがイリスを与えておいたので問題は無いだろう。
俺の長刀は不思議な事に血糊や油等は付着していなかった。周りに聞こえないようにイリスに小声で理由を尋ねると『メンテナンスフリーなのよぉ!』と何故かドヤ顔で言われた。
「今日はこの辺りで野営をしましょう。見晴らしも良いですし」
「そうですね。では、食事の準備をさせるのでキリアさん達はゆっくりしていて下さい」
商人の人が小間使いに指示を出して食事の準備を始めたが、手持ち無沙汰だった俺は手伝う事にした。最初は遠慮されたものの、やる事も無いからと無理矢理納得させた。
アッシュも暇だったようでイリスと一緒に薪や飲み水を探しに行ったりして手伝ってくれたが料理は出来ないようだ。気まずそうにしていたのが可愛かったのでそっとしておこう。
野菜や銀狼の骨から出汁を取って簡単に味を付けたコンソメスープもどきと、肉を焼いてこれも適当に味を付けた手抜きも良いとこの料理だったのだが、どうやら俺の前に来た転生者は殆どがジャンクフードしか広めてないらしく、手間のかかる料理はあまり無いみたいでコンソメスープもどきが中々にうけた。
何とか誘惑に勝てたそれいけです(´・ω・`)
やはり一話書ききると気持ちが良いですね。
習慣にしたいものです。