試験再び
「君が娘の言うキリア君かね?」
「はい」
あ、ありのままに今起こっている事を話すぜ! 異世界に転移して、助けた女性を仲間に誘ったら何故かその親御さんに挨拶する次第となりました。
な……何を言っているのか分からねぇと思うが―――(略)
現実逃避を試みたがそんなものは本物の現実には敵わなかった……妄想力がいくら強かろうが、現実という二文字の前にはかくも無力なのか。
一応、自己紹介は済ませた。父親の名前はデュケス=ボーグナンだ。勿論俺も名乗ったのだが……もう何度目か分からないくらいこうしてプレッシャーをかけられている。
「アッシュよ、お前の言うキリア君はこちらの御仁で間違い無いのだな?」
「父上、何度も同じ問答を繰り返すつもりはありません。そのように威圧しようが私はキリアと旅に出ます」
駆け落ちするみたいな空気になっちゃってるよ!
そんな事言ったら―――ほら、プレッシャーが増したやないか……。
「では私からも言わせてもらうが、お前にはブラックバーン伯爵の跡継ぎであるカリス殿から婚姻の話しが届いているのだ。何故そう無下にする? 彼は中々筋が良いぞ。あの若さで私と模擬試合で良い勝負をしてみせたのだ。経験の差で私に軍配が上がったが―――」
アッシュは断ったと言っていたが、どうやらそれはアッシュの中だけであったようだ。
まだ保留にしているらしく、先程から何度も説得を試みてはいるがアッシュの首が縦に動く事はない。
貴族の階級に関してそんなに明るくないが、多分伯爵って結構偉い部類に入っていたような気がする……と、元の世界の頼りない知識を総動員する。
男爵家から伯爵家へ嫁ぐって考えてみると結構な玉の輿なんじゃなかろうか? そりゃ娘の一存だけで決められないよな。
「ですから! 何度も同じ問答を繰り返すつもりは無いと今言ったばかりでしょう!? 顔も知らぬ上に言葉も交わした事の無い相手からいくら愛の言葉を囁かれようがそんなものには何の意味も無い。ゴブリンの糞以下です!」
おぉ……。アッシュがここまで感情を表に出すのは初めて見たが中々の迫力だ。
ゴブリンの糞以下というのは元の世界で言う馬の糞みたいなものだろうか?
「生娘がそのように下品な言葉を使うものでは無い! 客人の前だぞ!?」
「キリアは私の仲間だ! 客では無い!」
嬉しいのか失礼なのか微妙なラインだが前向きに受け取っておこう。
それにしても、アッシュの家にお邪魔して応接室のような場所に通されて自己紹介をしあってから結構な時間が経過しているがずっと似たような話しをループしていて疲れないのだろうか?
因みに、イリスはボーグナン夫人に一目で気に入られてやたら菓子を貰っていた。イリスの身の上を聞いて、しきりに養子に来ないか誘われていたが断られている。話しがヒートアップしてきた辺りで夫人とどこかに退散してしまったが、イリスの事だから上手くやるだろう。
「お姉様が帰って来ていますの!?」
部屋の扉を開け放ちながらそんな言葉を放ったのはパトリシア嬢だ。
また、長くなりそうだ……。
□□□□□□
結局、あれからかなりの舌戦が繰り広げられた。
俺は『はい』や『いいえ』ぐらいしか喋れる余地は無く、主に矢面に立っていたのはアッシュだ。パトリシア嬢は父親寄りらしく、一対二なのだがアッシュが怯む様子は無かった。
勝負を決めた一言はやはりアッシュで。
一向に終わらない問答に業を煮やした男爵が『娘の貞操をどこの馬の骨とも知れぬ輩に預けられるものか!?』と言い放ったのに対して、確かに。と納得していたら、アッシュが『では馬の骨でなければ良いのだな?』と子供でも言わなそうな揚げ足取りを披露してみせ、男爵と俺とで模擬試合をする事になった。今は屋敷の庭先でお互いに向き合っている。
「先ずは先刻の失言の無礼を詫びよう」
「いえ、ボーグナン男爵の仰る事は御尤もです。私のような見ず知らずの者に、はいそうですかと最愛の娘を預けれる方がどうかしています」
「ほう。貴殿は話しが分かる人間のようだ」
「思った事を言った迄です」
話しを聞かなかったのはアナタの方だけどな!
「ですが、アッシュの言う事にも落ち着いて耳を傾けてあげて欲しいのです。私は子を持った事が無いので男爵の気持ちは分かり兼ねますが、一方的に押さえつけては纏まるはずの話しも纏まらないと思うんです」
「貴殿と話していると先程までの自分が恥ずかしく思えるな。確かに短慮だったと認めるが、全ては娘の幸せを願えばこそよ」
「世界は広いんです。女としての幸せだけが全てではありません、幸せには色々な形があると私は考えています」
「ふむ……。その若さで中々どうして面白い事を言う」
うんうん、我ながら良い流れを作れたと思う。部下もワーカーホリックな人が結構居たからね。このまま―――。
「気に入った! 是が非でも勝負がしたい。受けてくれるな?」
どうしてこの世界の人はこう……肉体言語で語ろうとするのだろうか? アッシュの言葉通りの展開になってしまった事につい呆れてしまう。
まぁ、流れが切り替わっただけでも重畳と考えるべきか……しかし、男爵の笑みが怖い、肉食系って字面を体現している。というか、一応受け答えの体裁は保っているが断れないパターンだよなコレ。
「私のような若輩者で良ければ是非もありません」
恭しく一礼して答えると、空気が張り詰めるのが分かった。顔を上げると男爵に先程までの笑みは無い。
やり取りを見ていたアッシュやパトリシア嬢、模擬戦をする事を聞きつけたイリスにボーグナン夫人も押し黙る。
男爵が模擬戦用の木剣を構えたので、俺も受け取っていた木剣を大上段に構える。
「では、準備は良いか?」
「えぇ、何時でも」
男爵が動くのが見えた、距離は五メートル弱だ。
ここは男爵には悪いと思うが自重しないでいこう。アッシュを連れて行くのだから分かりやすいくらいに力を見せた方が親としては幾分か安心して送り出せるはずだ。
速度を合わせてこちらも距離を詰める。
お互いの間合いに入った所で男爵が先に動いた。
「むんっ!!!」
こちらの胴を薙ぐつもりのようだ。左から右へと剣を滑らせてくるので右へステップして距離を調節しながら剣の軌跡に対して己が身を垂直に差し込む。狙いは相手の剣だ。
「はっっっ!」
大上段から裂帛の気合いと共に剣を振り下ろして男爵の剣を迎え撃つ。
お互いの剣が衝突するが音は無い。静寂がその場を支配する―――。
「私の負けか……」
男爵が自身の敗北を告げたと同時にトサリと音がした。男爵の木剣の刀身だ。
「まさか手心を加えられるとはな。その若さで大した腕だ―――約束は守ろう。……不出来な娘だが宜しく頼む」
「この身、非才なれど手の届く範囲は全力を尽くす所存です」
努めて冷静に振る舞うが、内心はかなり焦っていた。
アッシュに婚約を申し込んだカリスという人物がボーグナン男爵と良い勝負を繰り広げたと言っていたので、自重しないで一撃のもとに相手の剣でも叩き落として続行不能にすれば文句は出ないだろうと軽く考えていたのだが現実はその上をいった。
剣道の決まり手の一つである小手を意識して叩き落とすつもりで放ったその一撃は、木剣同士であるにも関わらず男爵の木剣を綺麗に断ち切ったのだ。これが実際に相手の手を狙っていたらと思うと我が身の事ながら空恐ろしい……。
「うむ、流石キリアだな。テリー殿の一撃を軽々と防いで見せたのだから、父上も老いたとはいえ順当か」
気付けばアッシュ達が歩み寄りながらこちらに喋りかけていた。
「ほう。キリア殿はギルド長とも試合をしたのか?」
どうやらボーグナン男爵はあのギルド長と面識があるらしい。しかし、お硬い男爵とあの優男が喋っている風景が想像出来ないので聞いてみると、男爵が騎士団を引退する前に、ギルド長が同じ隊に入団してきたらしい。当時は男爵の方が目上だった事もあり世話を見ていたが入団した頃には既に頭抜けていたという。
一応、試合等ではなく不意を討たれただけだと告げると逆に驚かれた。しかし、初対面の人物に対していきなり本気を出すとは考えにくいので手加減ぐらいはしていたと思う。手加減の基準は良く分からないが。
「……納得出来ませんわ」
ギルド長やこれからの予定について喋りながら屋敷へ向かって歩いていると、不意にパトリシア嬢が呟いた。
「あの程度で終わりだなんて意味が分かりませんわ!? お父様、いくら剣が折られたとはいえ、術式を使えば続行は可能だった筈です!」
どうやらパトリシア嬢は試合の結果が不服みたいで、ボーグナン男爵に詰め寄っている。およそ会話と呼べる程のものはまだ交わしていないが試合の切っ掛けとなった舌戦から察するにパトリシア嬢は結構重度のシスコンのようだ。
というか、剣を落とせば終わりだと思っていたがそれでも続けていたかもしれないのか。肉体派すぎるだろう……。
「そうだな、私には術式や経験がある。無論、あの一撃を放った後の事も考えて幾通りかの手は考えていた」
「ならっ―――」
「だがそんな小手先の技術はキリア殿のような強者には意味を成さないのだ。ただの一刀で分かった……いや、分からされたと言うべきか。キリア殿、あの試合―――私が納得のいく形で終わらせようとしたな?」
「……っ」
「よい。その反応……やはりそうであったか」
自分の考えを見透かされていた事に驚いて答えを言い淀んでいたが、どうやら一種のカマかけだったらしい。これだから歳上は苦手だ……。
「どういう事ですの?」
「分からぬか? キリア殿がその気であったなら、恐らくたったの一度も剣を交わす事なくあの試合は終わっておったのだ。だが、こちらの事を慮って分かりやすい決着としてあの方法を選んだ。違うか?」
「……申し訳ありません」
「キリア殿を責めている訳では無い。寧ろその若さでそこまで思慮を巡らせていた事に感心している」
「つまり、お父様が逆立ちしても勝てないと?」
「そう言われると参ってしまうな―――有り体に言うとその通りだ。そして約束は守る。それだけだ」
まだ納得していないという表情だったが、言い返せなくなってしまったのかパトリシア嬢が走り去っていく。
こちらの基準にはまだ疎いが、元の世界で言う中学生の彼女から姉を奪ってしまう形になってしまったのだから多分嫌われてしまっただろう。生ツンデレに嫌われるとは何たる不幸……。
憂鬱な気持ちを察したのか、イリスが隣に来て俺の顔を伺うように見上げている。アホ毛が萎びてしまっているので撫でておいた。ヨウジョニウムだけでも補充しておこう、明日からいよいよ旅が始まるのだから。
あ~、一日に二話書き上げたのですが執筆作業って大変ですね。
毎日更新している方の凄さが分かったそれいけです(´・ω・`)
ストックが一個増えた~♪
と喜ぶ反面、おかげで明日サボれる……とかいう悪魔の囁きが頭を離れません。




