チュートリアルは唐突に
「―――――――――♪」
何処からか心地よいリズムが聞こえてくる。
どうやら俺は横になっているようだ。柔らかな土の感触が教えてくれる。
「―――――――――♪」
木々のざわめく音が聞こえる。
風も程良い涼しさを運んできてくれて気持ちが良い。
先程から聞こえる鼻歌のようなものも聞いた事のある旋律なのだが今一つ思い出せない。
しかし、凄く安らかな気持ちになれるのは何故だろう。
髪を手櫛で整えてくれているのか、ちょっとくすぐったいが落ち着く。
「ってちょっとおかしい!」
勢いをつけて起き上がると小さな悲鳴が聞こえたので、慌ててそちらを確認するとそこには伝説の存在が鎮座ましましていた。
そう『金髪幼女』である。
横座り状態で地面にまで広がる金髪も相まって絵画のような美しさを彷彿とさせる。しかし、転生した側から天然保護級の存在に出会えるとは―――ビバ異世界!
心の眼にその光景を焼き付けるべく努力していたが、ふと思案する。
横座りした幼女→さっきまで寝ていた俺の頭にあった柔らかい枕→髪を触られる感触→金髪幼女までの距離から察する先程までの俺の態勢―――。
金髪幼女の膝枕。
何故起き上がってしまったのかと、数秒前の自分に助走をつけてぶん殴りたくなる。
しかしまた状況が急すぎると、先程まで話していたイリスと名乗った神様に悪態をつきたくなるが、取り敢えず現状把握の為に目の前の奇跡に話しかける。
「驚かせてごめんね。え~っと、俺の名前は立花霧雨っていうんだけど、君の名前とこの場所の事を教えてくれると助かる」
俺の言葉が理解出来ないのか、口を開けたままこちらを凝視している。ぽか~んと擬音が付きそうな様子だ。
しまった。咄嗟に日本語で喋ってしまったがここは異世界なのだ。
言葉が通じない可能性を考慮に入れるのを忘れていた―――と思考を巡らせていると幼女がクスクスと笑い出した。
「ふふっ☆ 私よ私。イリスよ~。さっきまで普通に話してたじゃなぁい」
「ファッ!? イリスってさっきの金髪巨乳の事か?」
「やぁねぇ。そんな所見てたの? えっち」
幼女なので隠すようなサイズのものは無いのだが、片手で自分の胸を隠す仕草でこちらの視線から逃れようとしている。
「いや、さっきまで妙齢の女性だったのに急にそんな幼女になられても……神様だから自分で容姿ぐらい変えれるか。しかし、何でそんなロリロリしてるんだ?」
「しょうがないじゃなぁい―――」
曰く、高次元の存在である神が下の次元に顕現する為には制限に制限を重ねないとその存在から発する"神威"だけで世界が崩壊してしまうとの事。
なので、ついて来る際にこちらの世界に合わせて制限を重ねた結果、見た目も相応に引っ張られてしまい今の姿に落ち着いたと言う。先程までの姿も神秘的で良いが、変態紳士である俺としてはこちらの幼女姿も甲乙つけ難い。
だが、アラサーであるのできちんと『YES! ロリータ。NO! タッチ』の精神は忘れていない。たっぷりと心のアルバムにその姿を収めて会話を続ける。
「ふむ。相変わらず良く分からんから置いておくとして、何でついて来たんだ? 話しから察するにそうホイホイ来れる訳じゃなさそうだし……仕事? みたいな事はしなくて良いのか?」
「あぁ、それはミカちゃん置いてきたから大丈夫よぉ。真面目な子だから私より適任なんじゃないかしら? それに、霧雨君の事がちょっと心配だったし☆」
ニヨニヨとだらしない顔をしているが心配してくれているらしい。自分の事を心配してくれる存在というのは祖父母だけだったので悪くない気分だ。
しかし、私より適任というのは神様としてどうなんだろうと思う。ミカさんとやらは真面目だというので、きっと苦労しているんだろう。頑張れミカさん、負けるなミカさん!
「何か変な事考えてるでしょ~」
「そんな事ないよ。心配してくれるのは嬉しいけど、ネタバレの類はしないでくれるとありがたいかな」
「それは問題ないわぁ。私は霧雨君が楽しいならそれで良いし、いちゃいちゃ出来れば構わないわよ~」
幼女サイズのせいか話す為に向かい合って座っていたのだが、これまたいつの間にか胡座の上にちょこんと座って後頭部をグリグリと押し付けてくる。
そんな態勢の為か、丁度良い位置に頭があるので、顎を乗せてやたら長い金髪を弄らせてもらいながら辺りを見回しているが林が広がるだけだ。恐らく何処かの森だろう。先程から水の流れる音も聞こえてくるので近くに川でもあるのだろうか―――。
「うし! んじゃまぁ取り敢えず人でも探すか~。人里に降りないと何も分からないしってか俺日本語しか話せないけど大丈夫なのか?」
「それは問題無いわよぉ。さっきも言ったけど、あちら側からもう何度も人を送ってるから日本語が標準語になってるしね~」
「それは助かるがファンタジーの欠片も無いな……」
取り敢えずコミュニケーションに関しては問題無さそうで安心だ。立ち上がって歩き出そうとしたら笑顔で片手を出してきたので、どうした? と問いかけると手を繋いで欲しいとの事だった。
変態紳士としてはタッチして良いものかと悩んだものの、さっきまで話しながら脚の上に乗せてたので今更かと手を繋ぐ。出会ったばかりでいまいち距離感を掴み辛かったのだが、気安く話しかけてくるので自然と慣れてしまった。
水の流れる場所なら誰かが水を求めて来るだろうと楽観的に考えながら歩いていると、程なくして小川に辿り着いた。
水の流れる音と木々のざわめきが心地よい。マイナスイオンの計測機器等があればかなりの数値を叩き出す事請け合いだ。
都会の喧騒に荒んだ心が癒される気がするが、残念な事に人は居なかった。
「う~ん、誰も居なさそうだな」
「近くに街があるけど、結構森の深い所に居るからねぇ。こんな所まで来るのは冒険者くらいじゃないかしら?」
「おぉ! やっぱり冒険者とか居るのか!? テンション上がるな~」
話しながら小川を見てみると水底が見える程綺麗な水だったので顔を洗う。
冷たくて気持ち良いが何か違和感を感じた。
あまり毛深い方では無く、寧ろ顎髭をちょっと伸ばす事に憧れるレベルで毛が薄いのだが、それにしたってツルツル過ぎる。朝起きるとポツポツとではあるが髭が生えていたのに伸び具合がおかしい。
不思議に思って、水面に映る自分の顔を確認しようと試みるが良く見えない。
「さっきから水を見て何しているのぉ?」
「いや、ちょっと自分の顔を見たいんだけど上手く見えないんだ」
「あぁ、そんな事ならはいコレ」
手渡されたのはありふれた手鏡だったのだが何処から出したのか……不思議に思っていたが、手鏡で自分の顔を見た瞬間そんな疑問は消え失せた。
「お、おぉ……。若くなってない?」
「流石に二十八歳のままだと何かと不都合そうだし、十八歳くらいに戻しておいてあげたのよぉ」
「テンプレだが実際にされると驚くな……。まぁ、感謝しとくよ」
簡単にだが、お礼を言うとアホ毛をピコピコさせながら頭を突き出してきたので撫でておく事にした。嬉しそうなので間違ってはいないと思う。
しかし、精神と身体の年齢がかけ離れている方が何かと不都合そうなのだが敢えて言わない事にした。
そして、手鏡を返して喉を潤している時の事だった―――。
「――――――!」
「今のはっ!?」
「人の声ねぇ。声の感じと剣戟が聞こえるから戦闘しているようだけど~」
そうか、ここは異世界だ。
元の世界とは違って、そこかしこに命の危険が転がっているのだ。先程までの迂闊な自分に反吐が出そうになる。
「そんな顔しないで。だから私が居るんじゃなぁい」
「ごめん。どうしよう、ここは助けに行くべき場面なんだろうけど……武器が無い上に戦い方も分からないし、イリスも一緒だから離れた方が良い?」
「私の事は心配しなくて良いわよぉ。それにはいコレ」
話しながら周囲を警戒していたらいきなり身の丈はありそうな長刀を渡された。
こんなデカい物を何処から出したのか気になるがそれどころではない。
「いや、急に渡されても使い方が分からないし、イリスを巻き込む訳にはいかないだろう」
「アナタの得物だから使い方は身体が覚えてるわよぉ。それに、心配してくれるのは嬉しいけどこれでもちゃあんと神様なんだから♪」
えっへんと胸を張ってそんな事を宣うが、幼女を危険な場所へ連れて行くのは頭で分かってても心が拒否してしまう。
だが、逡巡していた俺の手を取り『行くわよぉ』と物騒な笑顔で言われた次の瞬間には目の前に剣を振りかぶった女性が居た。
「おわぁ!」
「っっっ!?」
相手も驚いたのか、剣がこちらに振り下ろされるが気付けば、鞘から少しだけ抜刀した刀で相手の剣を受け止めていた。女性の後ろを見ると、少し離れた所で倒れている人間の近くにイリスが居て俺の後ろを指差している。
「霧雨く~ん! 後ろ後ろ~!」
こんな時にまでネタを放り込むな! と心の中でツッコミを入れながら首だけ回して後ろを視認すると、今まさに手にもった棍棒のような物で殴りかかろうと飛び上がっている緑色の肌をした小人のような人? が二人見えた。
そこからは周りの景色から一切の色が無くなり、白と黒の二色だけで彩られた風景に切り替わる。
やけに全ての動きが緩慢だ。
視線を女性に戻して受け止めている剣を押し返すと、昔、プロ野球選手が投げる速球を超スロー再生した映像を見ているかのように態勢を崩す様が見える。恐らく尻餅をつく程度だろうが後で謝らなければ。
再度、身体ごと後ろに振り向くとこちらに飛びかかってきている二人の他に、その後ろに十二人程同じ風体をした人達が居るが一様に背が低い。
俺の腰までしかないだろう。イリスよりちょっと高い程度だ。
恐らくだが、イリスの言っていた魔物だと思う。それに先程見えただけだが、剣を受け止めた女性と、生きているか怪しいが倒れていた人を合わせても二対十四だ。
戦闘の素人が一人くらい増えた所で戦況が傾く訳も無かろうが頑張ろう。うん。
目の前の"敵"に意識を集中させると、周囲の情報が洪水のように流れ込んできた。
皆、手に棍棒や刀身が半ばまで折れた片手剣、一人だけ両手持ちの槌のような武器を携えている。そして、後ろの辺り、イリスが居た斜め後ろにも似たような気配を二つ程感じる。
これで、三対十六。戦闘可能なのは女性と俺の二人だけだから二対十六か。
誰かチュートリアルの定義を教えてくれ! と叫びたくなるが詮無き事だ。
長刀を腰だめに構える。
身体が次に何をすべきかを教えてくれる。なんとも言えない不思議な感覚だが、これがイリスの言っていた『身体が覚えている』という事なのだろうか?
身体の命じるがままに刀を抜刀する―――。
まずは、こちらに飛びかかってくる二匹に横薙ぎの一閃。
二匹の上半身と下半身が泣き別れになる。
そして、一閃した勢いそのままに回転しつつその場で更に腰を落としながら柄を両手で握って、再度横薙ぎ一閃。
剣閃のような光が見えた気がしたと思ったら、後方に居た十二匹の首が全て飛んでいた。
最後に、振り切った刀を返して固定し、身体だけイリスが居た方向に向く。狙いはイリスの斜め後方―――置き去りにした刀を始動させて起き上がる力も加えながらの逆袈裟。
射線上にあった樹が木陰に隠れていた残り二匹と一緒に倒れていく。
―――イリスと俺。そして先程の女性と倒れていた人物の気配だけが残る。
良かった。倒れていた人はまだ息があるようだ。景色に色が戻っていく。
うん。
とんだチートだ。
早速二話目~。
ストックが一桁しかないので頑張って書き溜めねばねばね~ば♪