非常識であれ
イリスの剣幕に負けた俺達は彼女を連れて行く事にした。
勝手に着いて来て、見えない所で襲われると困るからだ。だったら最初から見える所に置いておいた方が良い……と言うのは少し短絡的だっただろうか? だけどやっぱり知っている人が傷付くのは見たくない、死体なら尚更ごめんだ。
「じゃあ、アッシュが前衛を頼む。俺は後ろからイリスを守りながらサポートに回る」
「了解した。手に負えないと判断したら言ってくれ」
あれから黒爪熊の討伐依頼を受けて準備を済ませた俺達は森に来ている。様子を見て、やれそうなら五匹程度は倒すつもりでアッシュと話をつけた。
森を歩いていて思ったのだが、木々の感覚が狭い。これだと、気付かない内に魔物と会敵してしまいそうだったので『識別信号』の技能を意識して使う。技能に関してはこれまでの戦闘で、意識するとオンオフの切り替えが出来る事が分かってきたのだ。
ゴブリンの群れと戦った時のように、周囲の情報が頭の中に入ってくる―――。
「このまま進むと十分後くらいに二匹の魔物と遭遇しそうだ」
「そんなに遠くの気配まで分かるのか。どんな魔物かは分かるか?」
「すまん、そこまでは分からないけど今まで出会った魔物とは違うと思う」
『識別信号』を使うと頭の中で自分達を俯瞰視点で視る事が出来る。その名の通りこちらに害意を持っている者や、全方位に敵意を放っている魔物等は何となくで分かるし、味方も分かる。こういった、周囲を見辛い森の中で常に周りに気を配らなくて良いというのは大きなアドバンテージを得られる。
「となると、早速黒爪熊かもしれないな。二匹なら私一人でも問題無いのでこのまま進もう」
「霧雨君なら一瞬よぉ☆」
「俺も一匹は相手させて貰うよ」
太鼓判を押してくれるのは嬉しいが、能力的な問題では無く気分的に問題があるのだから勘弁して欲しい。一応、慣れる為にアッシュ一人に任せるつもりは無いが。
念の為、少し遠回りして風上から息を潜めて近付く……居た。
どうやら、何かを食べているようだ。グロは遠慮したいのだがアッシュには関係無かったようだ。
「では、私が注意を引き付けるからキリアは油断した所を狙って片方を頼む」
「まぁ、頑張ってみるよ」
「弱気ねぇ、あれくらいなら大丈夫よ~」
いやいや、もう思いっきり熊だからね!? 爪だけでは無く全身を黒一色で覆われたその様は中々に異様だ。自分でも息を飲んでしまうのが分かる。
「行くぞっ! 『風刃』」
まだ心の準備が……と思ったがもう遅い。
アッシュが木陰から飛び出しながら不可視の刃を放つと、一匹の胴体に直撃したようで両断とまではいかないものの大きく横に裂けて血が噴き出している。
俺達の存在に気付いた二匹はすぐに臨戦態勢に入ったが、術式をモロに食らった方は動きが鈍い。
「アッシュはそのまま手負いの方を頼む!」
「任せろ!」
それぞれの標的を定めて戦闘に入る。
もう少し奇襲に面食らってほしかったのだが、流石獣と言うべきか飛び出しているアッシュに二匹がかりで襲いかかろうとしていた。
脚に力を入れる。まずは、それぞれを引き離さなければ。
「お前の相手は俺だっ!!!」
走る勢いを保ちながら地面を蹴って片方に飛び蹴りを食らわせると、砲弾のように木々を薙ぎ倒していった。こちらに注意を向けさせるつもりで食らわせた一撃はそのまま黒爪熊の命を絶ったようで『識別信号』でも気配は感じられなくなっていた。
「思ってたのと違う……」
「相変わらず凄まじいな」
まずは注意を引いてから長刀で相手をしようと考えていたのだが『神之御手』と『痛覚遮断』が自重しなかったらしい。アッシュも戦闘が終わったようで驚嘆している。
「だから大丈夫って言ったじゃなぁい」
戦闘が終了した事を見て取ったイリスがこちらに来ながらそんな事を言うが、素手で熊を倒すって元の世界ならニュースになるか信じてもらえないかぐらいにはとんでもない話しなのだが……。
「では、さっさと剥ぎ取りを済ませるか。黒爪熊は前脚の爪が証明部位でな、これが武器の素材としても使えるのだ」
変わらぬマイペースっぷりを発揮しながら説明をするアッシュに倣って剥ぎ取りを済ませる。しかし、これならイリスが居ても問題は無さそうだ。
気分はまさに世紀末救世主である。
それからも『識別信号』のお陰で常に先手をかけて無事予定通り五匹を討伐する事が出来た。何気に一番チートなのはこの技能なんじゃないかと思う。
大型の魔物にも慣れてきたし戦闘のコツも掴めてきたが、昨日の精神的な疲れと初めて覚える事が多かった為か気疲れしてしまったので帰ることにした。
「明日はちょっとお休みにしないか?」
「ん? 明日も依頼を受けるつもりだったのだがどうかしたのか?」
「色々覚える事が多くて疲れちゃってさ、リフレッシュしたいなぁなんて思ったりする訳ですよ」
「その、りふれっしゅというのは何だ?」
「気持ちを切り替えてすっきりさせる為に、何か自分の好きな事をして遊ぶ……って感じかなぁ?」
「賛成さんせ~い♪ 霧雨君とデート……うふふ」
「ふむ、構わないぞ。具体的には何をするのだ?」
「結局、昨日行けなかった図書館に寄って調べ物がてらのんびりしようかなって」
「え~……」
明らかに気落ちした様子のイリスには悪いが、実は気になっている事があるのだ。それを調べる為にも図書館に行きたい。
アッシュから二つ返事で了承を貰えたので明日の予定は決まった。
ギルドに戻り、討伐の報告を済ませながら報酬を受け取って宿へと戻る。
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翌朝、ぐっすりと眠れた事に幾分か心がすっきりした。昨日はアッシュがイリスを抱き枕にしていたが、いつの間にか俺のベッドに侵入したようで気持ちよさそうに寝ている。
アッシュがまた居なかったのでベッドを確認すると、一人でも問題ない依頼を受けてくるとだけ書き置きが残されていた。
女性に仕事を任せて、自分だけのんびりするというのは気まずいが昨日の内に図書館に行くと伝えてあるので気にしないようにしよう。それにしても、アッシュはアウトドア派だな~と考えているとイリスが眼を覚ましたので二人で図書館に向かった。
「それで、この歩くウィ○ペディアさんを差し置いて図書館に何の用があるのぉ?」
「気分の問題だよ。読書は昔から好きなんだ」
主に、ラノベや漫画だけどね。
図書館は利用に五百コルかかった。紙幣を渡したら普通に銀貨を渡されたので驚いたが、その他にも銅貨や鉄銭等があるらしい。元の世界でもただの和紙が一番上の単位だったしあちらの感覚で問題無さそうだ。
それで調べたい事なのだが、異世界に来てずっと思っていた事がある。
何故、あちら側の世界の人が大勢こちらに来ているのに何で文明がこんなに遅れているかだ。紙幣が流通しているので印刷技術に関しては問題無いと思うのだが、肝心要のエネルギーはどうしているのだろうか? 宿でも灯りは蝋燭を使うか月明かりだけしかない。
アッシュに何となく聞いてみたら、そういう魔道具もあるにはあるのだが一般の人間に手を出せる金額では無く、貴族の間ぐらいでしか使われていないという。
これは非常におかしい。転生者がそれなりに来ているのに何故誰も電気等のインフラを整えようとしないのだろうか?
「う~ん」
「どうかしたのぉ?」
書物をいくら調べても答えは無く、俺の膝に陣取るイリスが尋ねてきたので観念する事にした。
「いや、転生者っていっぱいこっちに来てるんだろ? 何で誰もエネルギー関係のインフラを整えようとしないのか気になってさ」
「そんなの簡単過ぎて書いてないだけよぉ。だってこちら側の人は向こうと違って、内に魔力っていうエネルギーが既にあるもの。今更大袈裟な設備を作って電力を作るよりは自分達でどうにかした方が手っ取り早いしぃ」
「そうかもしれないけど……ちょっとお粗末過ぎないか? 転生者」
「じゃあ聞くけどぉ、インフラが整って電力を供給しますよ~でも設備の維持にお金がかかるし利益も出したいので皆さんからお金を頂きま~す。って言われて、他の代替手段がある霧雨君はお金を払おうと思う? 特に向こうと違ってパソコンやテレビも何にも、なぁ~んにも無いこの世界で電力が本当に必要?」
「それは……まぁ必要ないかな」
「でしょ~? それに移動手段もそう。魔物や魔族、果ては魔王まで跳梁跋扈するこの世界で一番原始的な蒸気機関車でさえ作って走らせるのにどれだけの労力や手間がかかるか分からない、しかも作った側から壊されるかもしれない。あわよくば作れてもそれを守るだけでも馬鹿みたいに人出が必要―――となれば作る理由すら見出だせない。言ってしまえば自然淘汰の結果なのよぉ」
イリスの話しに冷水を浴びせられたような感覚に陥る。
魔物という人間に仇なす存在がいるだけで世界はこうも変わってしまうのか。それに、身近すぎて思わず忘れていたが、どれも国をあげての大掛かりな事業だ。到底、一個人が成し遂げられるものでは無い。
例えどんなに利便性を説いても、国のトップが首を縦に振らなければ何も出来ない。そしてその利便性ですらこの世界では通用しないのだ。向こうの常識が何一つ通用しない事実に思わず天を仰ぎたくなる。
「ま、農業に関する技術とか印刷技術みたいな簡単でいて且つその利便性が認められた物は比較的広まっているみたいだけどねぇ」
「そっか。いや本当に参った。何となくで流れに身を任せてきたけどしっかりしないとな」
「そうそう♪ だからこんな退屈な場所でのんびりしていないで遊びにいきましょ☆」
「のんびりしたいからここに来たんだけど?」
当初の目的をぶん投げて遊びにいこうと腕を引っ張るイリスをデコピンして大人しくさせる。
それにしても気持ちは切り替えないとな。ここは元の世界とは異なる―――異世界なのだから。
どうも、二度寝大好きそれいけです(´・ω・`)
今日は暇だったので二話書こうかなと思ったら食事の合間に見ていたウォーキング・デッドにハマってしまい一話で断念。
食事しながらグロ見るなんてと思うかもしれませんが、慣れると結構普通なんです。
ダリル格好良いね!