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教会に戻り、大量の食糧を見た避難者は驚き、大喜びした。
「恭禍さん!すごいですね!どうやってこんなに…」
「あいつら化け物は人間の食い物を食べることはないからな。町出たらそこのコンビニですら食い物はいっぱいあるぞ」
「へぇ…そうなんですね!…でも、ずっとはここには居られないっすよね…」
「あぁ。食糧も水も尽きるな」
話しかけてきた高橋は悔しそうに俯いた。
「逃げればいい。京都なら私の張った結界で守られてる。その結界が破られた気配もねぇし、何かが侵入した気配もねぇ。京都まで逃げればなんとかなるだろ」
「…え、本当ですか!?」
「まぁな。けど、京都まで行くほうが大変だろうけどな」
恭禍は最後にそう付け足したが、高橋は聞いていないようで、何かを考え始めた。
それから、ハッと顔を上げる。
「…恭禍さん」
高橋の言いたいことを悟った恭禍は疲れを感じ、ため息を吐いた。
「…はぁ。私がお前らを連れて行けってか?」
「あはは…まぁ、そうなんですけど」
「何往復させるつもりだ?私の乗ってきた軍用車使ったって20往復は堅いぞ。自衛隊が来るのを待つ方がいいと思うけどな」
「…無理っすよ。その前にここが壊される」
恭禍は否定しなかった。
恭禍が何かの弾みで死ねば、結界は消える。
そうなった場合、結界の張られた全ての場所が一斉に攻撃を受けるだろう。
結界が見えない彼らにしたら、いつ襲われても可笑しくないと思うのは当たり前だろう。
正直なところ、恭禍としても彼らを京都まで送りたかった。
そうしたほうが、結界を張る魔力が少なく済むからだ。
「…高橋、待てよ」
その時、人の集まりの中から拓真が現れた。
彼の後ろには妹の真美もいる。
拓真から感じる気配は明らかに気分のいいものではなかった。
兄と末の弟…統真と琉架以外の兄弟からいい感情を持たれていないのは分かっていたが、なにやら少し、今の拓真の様子は違う。
「どうした?」
「…不自然だと思わないか?」
「何が?」
高橋はその問いかけに眉を顰め、訝しんだ。
恭禍は拓真の口から発される次の言葉が予想できた。
だから、恭禍も口を開いた。
「「お前(私)があの化け物を呼び寄せたんじゃないのか?」っ!」
恭禍と拓真の言葉が重なった。
その直後に拓真は息を呑んだ。
恭禍と拓真の発言に、辺りは水面が凪いだように静まり返った。
そして、喜びの表情は固まり、人々は何かを恐れるように一歩、足を退く。
この瞬間が訪れることを恭禍には容易に想像できた。
本当のところ、もっと早く別の誰かに問われると思っていたが、まさか拓真に聞かれるとは。
恭禍は、一応説明してやることにした。
「残念だが私にはあんな化け物を呼ぶ力はないな。私は過去に6つの別の世界に行ったことがある。あれらはその世界の化け物なんだよ。だから対処も分かるし、奴らが何を食べて何を食べないかも分かる。…って説明で納得してくれるとは思えないけどな」
事実、恭禍の説明を完全に信じた者など誰一人としていなかった。
ただ、恭禍が助けた者たちは少しだけ納得してくれたとは思った。
「…んなこと!信じられねぇ!テメェが呼んだんだろ!俺らを助けて恩を売るために!なぁ、今まで見下してきた奴が感謝してくる様が見たかったのか?なぁ!自分は無能じゃねぇとでも思いたかったのかよ!」
拓真の叫びは恭禍の想いを的確に撃ち抜いた。
拓真の後ろにいる真美も、恭禍に侮蔑に似た視線を向けていた。
だからかもしれない。
恭禍は冷静でいられた。
「…そう、かもな」
「…!はは!認めるのかよ!」
「うん、きっとそうだな。多分…私はそうやって拓真や真美に恐れられたかったんだ」
恭禍の言葉に拓真も真美も凍り付く。
二人の口から「…恐れる?」とぼんやりした声が聞こえた。
「見下されるんじゃなくて。蔑まれるんじゃなくてさ。私は拓真や真美に恐れられたかった。こいつには勝てない。自分たちよりも上位の存在だって思わせたかったんだよ。私は強者の視点に立ちたかった。…なるほど。だから私はこの世界に帰る選択をし続けたのか…」
恭禍は納得した。
そうだ。認められたいなんて良い子な感情なんかじゃない。
認められるよりも、相手よりも上位へ。
私は強く、この世界の誰よりも恐ろしい存在だと。
「スッキリした。最近寝付きが悪くてな。でももう自問自答もしないだろう。うん。ありがとう拓真、真美」
恭禍は笑った。
それは、強者の笑みだった。
※
高橋大貴は目の前の兄弟のやり取りに、強い哀しみを感じた。
何故、あの兄弟は互いを傷つけ合うことしかしないのだろう?
だが、彼ら兄弟のことを大貴にはどうこう言う資格はない。
彼らが今までどのような関係だったかも分からないのだから。
恭禍が笑みを浮かべた。
拓真と真美が息を呑む。
知らず知らず、大貴も息を止めていた。
あれは強者の笑みだ。
誰もが、あの笑みを見たら膝をついて許しを請うだろう。
それほどまでに凶悪で、恐ろしい笑みだった。
「…さてと。話がズレたな。結局どうする?私に助けを請うか?それともその小さいプライドを守るためにこの場に残って死ぬか?…1日時間をやろう。それまでに行くか残るか決めろ」
恭禍は強者の笑みを消して普通の笑みに戻った。
彼女は拓真に向かってそう言ったが、その言葉は避難者全員に向けられていた。
彼女はそれだけ言って、外へと出て行った。
思わず、大貴は彼女の後を追う。
「き、恭禍さん!」
「…なんだ。高橋君か。どうした?」
大貴に声を掛けられ振り返った彼女は余りにも普通だった。
何もなかったように大貴の声に答える。
それが辛くて、哀しくて、大貴は思わず彼女に駆け寄って手を握った。
彼女は大貴の突然の行動にきょとん、とする。
「…俺…全然強くないけど…恭禍さんに着いてったらダメですか!!」
「あ、うん…?京都行くのか?」
「そうじゃなくて!恭禍さんに着いて行きたいんです!」
意気込んだ大貴の言葉に、恭禍はまたきょとん、とした。
「…は?」
「恭禍さんの弟子にしてください」
「…あのなぁ。生きるか死ぬかのこんな時に弟子なんか取ってられるかよ。それに弟子って何だよ。私は何も教えられねぇぞ」
「いいんです!名目の話なので!俺は恭禍さんと一緒にいたいだけですから!」
彼女は大貴の言葉に呆れたようにため息を吐いた。
「…それ、天然?」
「へ?」
…何か、可笑しなこと言ったっけ??