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車に乗って、近くで見つけたガソリンスタンドへ寄る。
ガソリンを入れる傍ら、襲い来る異形たちを確実に屠っていく。
満タンになり、恭禍は異形たちを相手しながらガソリンスタンドを後にした。
教会にも、結界は張ってきている。
防衛の面であの場所は心配はないが、食糧面で少し心配だ。
恭禍は荒れ果てたコンビニやスーパーを巡り、車に乗るだけの食糧を詰め込む。
食糧以外にも使えそうなものは全て詰め込んだ。
異形は人しか襲わない。
食い物か、排除する対象としか思っていないのだ。
なので、食料などは無事だったりするのだ。
恭禍はハンドルを握りながらふっとため息を吐く。
京都全体と、自衛隊の地下シェルター、教会までに結界を張っている恭禍の魔力は、尽きそうだった。
保っていられるのは故にアルクスやサクレ、クローディアのおかげだろう。
あの武器たちは恭禍をカバーするように魔力の調整をしている。
この荷物を届けたら、次の場所へ行こう。
恭禍はそう決めた。
「…ん?」
その時、視界に人影が映った。
恭禍は車を止め、サクレを抜いた。
車から降りて、人影を見た方向へ視線を移す。
そして、恭禍は吹っ飛んだ。
「ぐぅっ…!」
「わぁーおー!勇者ちゃんじゃないかぁ!!」
「…テメっ…」
「久しぶりだねぇ!」
恭禍は車から数メートル離れた先にぶっ飛ばされ、転がる。
口の中を切ったのか、血の味がした。
視線の先に、人と似た容姿を持つ異形…魔物がいる。
人ではない。
人ならば恭禍を素手でぶっ飛ばすなんて芸等は出来はしない。
「…魔王の手下が何の用だ…!」
「あはは!もう手下じゃないよー。だって勇者ちゃんが魔王様をぶっ殺したんじゃん」
「そうだ。それでテメェらは力を削がれたはずだ。何してやがる」
「何って…僕らは勇者ちゃんに復讐しに来たんだよ?」
目の前には麗しい金髪と強膜…俗に言う白目の部分は不自然なほど黒く、光彩、瞳孔とも禍々しい赤色をしている、10歳くらいの少年の姿がある。
この魔物は力が強く、魔王の側に控えていたやつだ。
その魔物は恭禍の物言いに、意味が分からない、というように首を傾げた。
恭禍は口の中で呟く。
そうか、復讐か。
確かに怨まれるのは当然だろう。
人間の都合で魔王を殺し、魔物たちの勢いを削いだのだから。
だが、あれは人か魔物のどちらかが生き残る闘いだったのだ。
いや、奪い合いだろうか。
世界の頂点に立つ権利の。
「ふぅん。復讐な。くだらねぇことしてくれる。私を殺してテメェが魔王にでもなるのか?」
「なるほどぉ!それいいね!勇者ちゃんを殺して僕らは君の世界を蹂躙してあげる!それで、僕が魔王になって、勇者ちゃんの大切なモノをいたぶりながら殺してあげるね!」
少年の姿をして、無邪気な顔をしているから、尚恐ろしい。
恭禍はサクレを呼び、手元へ戻した。
「…テメェじゃ魔王は務まらねぇよ!」
そして、魔物へ飛びかかった。
魔王はダリアと名乗った。
美しい、女だった。
色彩の全ては黒と白で塗りつぶされ、唯一、赤い唇だけがダリアを鮮やかにしていた。
ダリアと恭禍は、奥の王座の部屋で1対1で対峙していた。
部屋に入った瞬間から、恭禍とダリアは一度も視線をお互いから外さなかった。
「勇者も災難よな。妾を倒すために異界から呼び出されるとは…妾を倒さねば帰れぬと言われたのであろう?」
「…まぁな。本当に迷惑な話だよな。お互いにさ」
「真に。…なぁ、勇者よ。何故人間を裏切らぬのだ。勝手に呼び出し、勝手に魔物を殺すことを強要し、勝手に生贄とした人間を何故殺さぬのだ?」
「目覚が悪いってのもある。私は人間だからな。あとは…」
「あとは?」
「私と一緒に来てるやつらが人間だったから。それに、もとの世界に帰るには呼んだやつが返さなきゃいけないんだろ?」
「…なるほど、のう。なら、妾が帰してやると言ったら?」
「それでも私はあいつらと戦うだろうな。私が守りたいのはあいつらとあいつらからの信頼だから」
恭禍の答えに満足したのか、ダリアは王座から立ち上がった。
「…さぁ、勇者よ。妾を殺せ」
「…何故?」
「ふふ。勇者を呼んだのはこの妾よ」
ダリアは王座から、一歩一歩ゆっくり恭禍へ近付いてくる。
ダリアの告白に、恭禍は驚かなかった。
恭禍は何となくだが気づいていた。
恭禍を呼んだのは人間ではない。
「…妾はのう、思ったのじゃ。魔物が世界の頂点に立つ権利を持ってはならぬことにな。魔物は奪うことしかせぬ。大地から、森から、空から魔力を奪い、そして命を奪っていく。そうして、そのまま世界は滅びるのだろう。だから、魔物は妾という頭を失わねばならぬ」
「…人間も奪うばかりだぞ?」
「だが、世界に受け入れられておる。妾たちはそうではないからのう。…さぁ!殺せ!」
恭禍はサクレを強く握った。
「…魔王、あんたを殺しても私は帰れるのか?」
「無論よ」
「…そうか。じゃあな、ダリア」
ダリアは恭禍が名を呼んだことに微笑んだ。
そして、ダリアは死んだ。
…結局のところ、あれは人間の、恭禍の勝手な都合だった。
人間は頂点に立ちたかったから、恭禍は信頼を失いたくなかったから。
ダリアを殺さずとも世界の均衡は保てたはずだし、魔物たちと共存もできたはずだ。
だが、魔物の死を望んだのはその頂点である魔王だった。
…ダリアという、人間だった。
恭禍の負っている傷は、最初にぶっ飛ばされた時に切った口の傷と、左頬に走る小さな傷のみ。
対して魔物の負った傷は、数えきれない。
両足の膝は砕かれ、左腕は直ぐ近くの地面にぽとりと落ちていた。
憎々しげにこちらを見上げる魔物に、恭禍は冷ややかな目を向けただけだった。
「…テメェじゃ魔王になれねぇ。その理由がこの弱さだ。死んで己の弱さを悔いろ」
恭禍はサクレを高く上げ、魔物の頭蓋骨へ振り下ろした。
魔物は断末魔すら上げることが出来ずに絶命した。
魔物の死体はさらさらと灰になり、後に残ったのは他のものと比べ物にならないほど大きな赤い石。
恭禍はそれを拾い上げてさっさと口に運んだ。
その強烈な苦さに、恭禍は奥歯を強く噛んで耐えた。