6
※
恭禍は見つけた人間を乗せ、また車を走らせた。
これで助けた人数が二桁を超えた。
親、或いは子、或いは孫を亡くした彼らから静かに啜り泣く声が聞こえた。
恭禍はそれを聞かないフリをする。
「…姉ちゃん、代わろうか?」
声が掛けられ、恭禍はミラーで後ろを見た。
三番目に助けた男性だ。
「いや、いい。目の前に化け物が出て来て車を止めない自信があんなら代わるが」
「そ、そうか…確かに止めない自信はねぇなぁ…」
「気遣いどうも。ま、そのうち代わって貰うかもしれねぇし、それまで体力を温存しておいてくれ」
「悪いな…姉ちゃんは自衛隊の人か?」
「残念だが違う。この車は自衛隊から借りてきたんだ」
恭禍は“借りて”の部分を強調し、笑った。
男性は恭禍の物言いから勝手に持ち出して来たんだと分かり、恭禍と共に笑う。
「こんな事態じゃ自衛隊も一々車の管理までしてられないみたいでさ」
「やるなぁ、姉ちゃん。信じられねぇくらい強いしな。…なぁ」
「どうした?」
男性が言いよどむ気配がして、恭禍は首を傾げる。
男性は暫く黙ると、意を決して口を開いた。
「後ろに置いてある武器使ってもいいか?」
男性の目は真剣そのものだった。
恭禍は後ろを振り返る。
車内の壁には幾つか銃器が立てかけられ、椅子の下には何やら武器になりそうなモノが入っている。
「…止めとけ。あんた、銃器を扱ったことがあるのか?」
「…いや、ねぇよ」
「だろ?使ったことのない武器を持っていてもろくなことがない」
「だがっ…」
「持つ持たないはあんたの自由だ。だが、あんたは銃器を乱射しない自信があるか?その銃口を子供に向けない自信は?それを持っていて囮になる自信は?」
恭禍の強い口調に男性はぐっと詰まる。
「…悪い。けど、俺も戦いたいんだ…」
「そうか。だが私にはあんたの戦い方が分からん。だから無責任に武器を持てなんて言えないんだ」
恭禍は全く申し訳なさそうに言った。
それに男性は気付いたが、何も言わずに俯いた。
恭禍はそれをミラーで見て、また前を向いた。
「…なぁ、おじさん」
「ど、どうした?」
恭禍が声を掛けたことで、男性はハッと顔を上げる。
「…ここらの道、分かるか?」
「は?まぁ、住んでるしな…」
「道案内を頼みたい」
「そうか、姉ちゃんここらの人間じゃねぇもんな!よし、任せろ!」
男性は得意気に恭禍に何処へ向かうか聞いた。
恭禍は口端を持ち上げ、行き先を言う。
「…紫皇中学へ」
男性に案内され、目の前には立派だっただろう門が見えてきた。
門の上部には「紫皇」という文字が少し錆びた銀で作られている。
「な、なぁ。学校なんて来たってしょうがねぇんじゃねぇか?」
「かと思うだろ?紫皇中学は別なんだ。ここに通う生徒たちは金持ちのお坊ちゃまお嬢様でね。襲撃に遭った時のための設備も整ってるんだよ。こんな緊急時ならあんたら十数人くらい受け入れてくれるだろうと思ってな」
「そうなのか…姉ちゃんよく知ってんなぁ。俺なんかそこそこ近くに住んでたってのに何も知らなかったぜ」
「悪い、スピード上げるから何処か捕まっててくれ」
「お、おう!」
恭禍の指示に男性は素直に従い、男性は後ろに座る他の避難者にも知らせた。
恭禍は言葉通りアクセルを踏み、スピードを上げる。
中学内を徘徊していたらしい異形たちが車に飛びかかって来たが、スピードを上げた車に悉く敗退している。
「アルクス!」
恭禍の呼び出しに聖女の杖は喜んで応じる。
運転する恭禍の横にふわりと飛び上がる。
恭禍が詠唱を始めると、アルクスは得意気に輝き始めた。
詠唱を終え、恭禍は軽く顎で上を示す。
それだけでアルクスは窓から出て行き、車の上で光輝いた。
その光で中学内にいた殆どの化け物は一掃される。
恭禍はそのまま車を走らせ、1つの建物の前に止める。
外観は小さな教会で、実際、教会として使われている。
「サクレ、この車ごとみんなを守っていてくれ。おじさん、悪いが私は少し中を見てくる。無事そうなら迎えに来るからこの車から出ずに待っていてくれ」
「あぁ、分かった」
恭禍は男性にそう言い、クローディアを掴んで車を降りた。
念の為、結界を施しておく。
紫皇中学は決してキリスト教の学校ではないが、キリスト教徒のために教会を敷地内に建設してある。
また、教会はキリスト教徒である生徒の親が寄付を出して頑丈な作りをしているため、避難所として使用することもある。
恭禍は、教会の扉を叩いた。
※
勾槻拓真は弓を構えた。
クラスメートである高橋大貴が、ノックされた扉のドアノブを掴み、頷く。
高橋は一気に扉を開け放った。
拓真は弓の弦を離す。
弓につがえてあった矢は真っ直ぐに扉の先へと…そこにいた人間に飛んでいく。
高橋はそこに立つのがただの人間だと分かり、顔を青ざめさせた。
もちろん、それは拓真も同じだった。
教会内にいた誰かの悲鳴が何処か遠くに聞こえた。
誰もが悲劇を予想したが、小さな金属音でその予想はあっさりと打ち破られた。
「…あのなぁ、せめて人間の形してるかしてないかだけでも確認してから打てよ。まぁ、連携は悪くないけどな」
その人間は真っ黒な大鎌で矢を防いでいた。
拓真と同様に弓を弾いていた学生は弓を下ろす。
拓真は扉の先に立つ人間を知っていた。
勾槻家の無能。拓真の無能な姉だった。
何故その無能な姉がそこに立っているのか拓真には理解出来なかった。
姉は拓真に気づいたが、こちらを一瞥しただけで、扉の直ぐ側に立つ高橋に声をかけた。
「ここに学生は全員避難してるのか?」
「…え、あ、はい」
「そうか。十数人、避難者を受け入れてほしいんだが。大丈夫か?」
「た、ぶん、平気です。ここの学生は半分以下に減りましたから…」
本来なら千人近い人数を避難させ、1ヶ月は保つ食糧を備蓄してある。
それが半分以下に減ったのだから、2ヶ月は優に保つだろう。
「それは助かった。避難者を誘導してくる。アルクス!」
姉が外に向かって叫ぶと、何か棒のような物が飛んできた。
その棒は姉の前に来て停止する。
それに姉が何やら話しかけ、それからゆらり、と視線を拓真の方へ向けた。
拓真は何故かその視線に怖じ気づいた。
無能な姉に見られただけだ。
何故怖じ気づく必要があるのだろう。
「っ…拓真!!」
高橋がこちらを見て叫んだ。
その顔は青ざめ、高橋の視線は拓真の直ぐ横に向いている。
拓真はその視線を追った。
横には、クラスメートだった女子生徒が、こちらに向けて手を出している。
女子生徒の下半身から、数百を越える蛇が伸びていた。
拓真には、それら全てがとてもゆっくりと見えた。
拓真は、当然死を覚悟した。
「…お前らは人間に紛れるのが大好きだな。けど、今出て来なくてもいいと思うんだが。まぁ、お前らに知能は殆どないからそんなこと言うだけ無駄か」
拓真の視界の横を黒い何かがよぎったのを認知した。
それから、一瞬のうちに目の前の女子生徒の上半身と下半身が分離する。
そして、目の前に姉が立っていた。
「…ん。もういないか?そうか。ならよかった。人間に化けられてると困るよなぁ。私だってアルクスがいないと区別がつかないし」
姉は、一人で宙に浮かぶ棒に話しかける。
その棒は返事をしているらしいのだが、拓真には聞こえなかった。
「…拓真?大丈夫か?」
拓真の目の前で姉は振り返り、それから手を出してきた。