2
異形は絶えず侵攻してきた。
私の住む京都市内はほとんど世界の繋がる場所に結界を張ることが出来たが、日本全体を見ればまだまだ安心など出来はしない。
私は眠気を感じ、自宅へ戻った。
幸運なことに自宅は無事だった。
…まぁ一人暮らしの集まるマンションなんて、襲うだけ時間の無駄だよな。
玄関を開け、ベッドに倒れ込む。
…あぁ、家族は無事だろうか。
なんとか電波は無事なものの、連絡をしたところで繋がるのか。
と、そこで携帯の画面が明るくなった。
見たことのない電話番号に首を傾げつつ、私は電話に出た。
『…キョーカ…?』
私はその声を聞いて、ベッドから起き上がった。
ついでに眠気も吹っ飛んだ。
「ジュリアス!」
『オー!キョーカ!Nice to meet you!』
「あーはいはいごきげんよう!!ジュリアスは無事?怪我してない?」
『yes.キョーカ、こそ、無事、デスカ?』
「あぁ!無事!…そっか、よかった…」
『キョーカ、と、話したい、奴、イマス。そいつと、代わる、ネ』
「うん」
私は向こうでガヤガヤしているのを聞き、少し待った。
『たっく…すみません、お待たせしました。キョウカさんですか?』
男性の声だった。
流暢な話し方から、日本人だと思われる。
「はい。ジュリアスのお知り合いですか?」
『えぇ。大体の話はジュリアスから聞きました。キョウカさんは今どちらに?』
「京都です。京都市内は侵攻は防いでます。…これから、他の地域へ向かいます」
『いや…多分、あなたは政府と連携を取ったほうがいい。我々もイギリス政府と連携を取ることにしています』
「なるほど…分かりました」
『政府と連携が取れたらまた連絡します。お気をつけて』
「はい」
短い会話だったが直ぐに切った。
ジュリアスが無事だと知れただけで大分心にゆとりができた。
私は部屋に結界を張って、家を出た。
※
その日、陸自は大騒ぎだった。
見たことのない怪物が人々を襲い始めたのだ。
松井賢三も、その惨事を見て、言葉を失う。
町はゴーストタウンのようだった。
塀には血が飛び、人の足や手が転がっている。
新人はそれを見て嘔吐していたが、松井も嘔吐したい気分だった。
こんなものは、戦場よりも酷い。
息を殺しながら道をゆっくり進む。
生きている者を助けに来たが、その生きている者がいるかどうかさえ怪しい。
家の一つ一つを確認していくが、ほとんどが喰い散らかされた後だった。
奇跡的に無事だった子供を見つけ、背負う。
軍用車まで運ばなければ。
新人は役に立たないだろうし、それ以外も似たり寄ったりだ。
あぁ、くそっ…俺の家族は無事なのか?
松井には妻と、10になる娘と、6になる息子がいる。
本当なら仕事など放り出して無事を確かめたい。
だが、自分の仕事はこれなのだ。
放り出して行くわけにはいかない。
残り滓のような正義感だけで、今の松井は動いていた。
「グルルゥ…」
背後から、うなり声がした。
松井は振り返って、持っていた拳銃で頭を打ち抜く。
怪物は倒れ、動かなくなった。
だが、油断はしていられない。
この血の匂いに、新たな怪物がやってくるだろう。
松井は走った。
背中では子供が震えていたが、子供にかける言葉など松井は知らなかった。
しばらく走ると、松井たちの乗ってきた軍用車が見えた。
…なんだ?
松井は違和感に足を止める。
…そうだ、血の匂いだ。
軍用車から、微かに血の匂いがしていたのだ。
本来なら、運転席と助手席にいるはずの奴らがいない。
それに気づいた松井は目の前が真っ暗になる錯覚を覚えた。
…嘘だろう?
確かに、助手席に座っていた奴は新人だった。
だが、運転席の奴は松井の同期だ。
松井とは隊のトップ争いをしていた奴だ。
判断力があり、正義感も強い。
そいつが、喰われた。
松井はどうすればいいか分からなくなった。
まだ、町の探索へ出た他の奴らは戻っていない。
ここで子供一人抱えて、自分一人でどうするというのか。
震える足を叱咤して、松井はゆっくりと軍用車へ向かう。
拳銃を構え、微かな物音さえ逃さずに、松井は軍用車の後ろへ回った。
中から物音は、しない。
それでも警戒を解かずにゆっくりと扉を開ける。
拳銃を構えた。
松井は安堵の息を漏らす。
中には何も居なかった。
足を踏み入れ、車内に怪物が居ないか確認する。
いない。
松井はもう一度安堵の息を漏らした。
扉の全てにしっかりと施錠をし、背負う子供を座らせる。
子供はずっと泣いていた。
松井は子供に絶対に動かないように言い含め、軍用車から降りる。
あぁ、いつ他の奴らは戻るんだ?
まさか、全員喰われちゃいねぇだろうな?
そんな不安が、松井を苛ませる。
暫くすると、嘔吐した新人が帰ってきた。
新人は顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしながら、しっかりと子供を抱えていた。
「…せ、んぱい…」
「…あぁ。お前はよく頑張ったよ」
「ひっく…すみまぜん…俺、おれ…この子の父親を、見殺しに…」
「…」
松井は返す言葉が見つからず、新人の…宮田の肩を叩いた。
「…宮田、お前は車で休め。俺が見張りしてるから」
「…は、い…」
宮田が車に乗り込むのを見て、松井は周囲に警戒を巡らせた。
ガタンっ
背後から、扉の開く音がした。
「ひ、ひぃ…せ、せんぱ…」
「宮田…!?」
松井は驚きで息を止めた。
宮田な左腕は消え、そこから赤が溢れている。
右腕には、宮田が助けた子供を抱えている。
宮田はズルズルとこちらに逃げてきた。
「せ、せんぱい、子供が化け物に…」
「…子供…?」
開いた扉の先がまるで冥界に繋がる闇のように見えた。
その、扉の先から、何か、蠢くものが。
ずるり、とそれは表れた。
上半身は、松井が助けた子供の姿をしている。
だが、下半身は、蛇が、何百匹も蠢いているかのようだ。
「…そ、んな…」
松井が助けた子供が、怪物だったのだ。
…あぁ、クソっ…
奥歯を噛みしめ、拳銃を握り直す。
だが、いつの間にか足元に這い寄っていた蛇が、松井の腕を振り払った。
不意の攻撃に拳銃は飛び、松井から手の届かない場所へ消えた。
蛇は子供の下半身から伸びていて、そのまま松井の首に絡む。
そのまま持ち上げられ、一層締められた。
…死ぬ、のか。
松井の腕が、宙を掻いた。
「…ギィヤァァァァァ!」
「っ…」
松井は地面に落とされた。
首に絡む蛇は地面に落ち、うねって、灰になった。
いつの間にか、松井の前には少女が立っていた。
不釣り合いな大剣と、大鎌を持つ少女は、大剣を背中に背負い、大鎌だけを手にした。
「…なーるほど。まぁ、こりゃ自衛隊の助けを求めてる場合じゃねぇわな。てか、お前アサナトの邪神の手下じゃん?…もしかして邪神復活したとか?…はぁ…まぁいいや。とりあえず…」
怒り狂う怪物が下半身の蛇を少女に襲いかからせた。
「大人しく、死ね」
少女が大鎌を一振りした。
その一撃だけで、怪物の上半身と下半身が別れ、怪物は灰となって消えた。