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いまいちな僕の生活

いまいちな僕は従妹にたたかれる

作者: 潮路

意外とシリアスな展開になります。注意しましょう。

「遊びに来ましたよ~」


 僕の家に半年に一度の来客。


「やあ、もう半年なんだね。変わってないなあ」

「それはお従兄ちゃんもでしょう?」



 …従妹である。


 冬の季節に、隣の県からわざわざやってきて、

 夏の季節に、僕がわざわざ行ってきたりする。


 数時間くらいの滞在で、そそくさと自分の住処へと帰っていく。


 別に引き止め合うこともなく、手を振って帰るだけ。

 バイトの時間だからといって帰されたこともある。帰られたことも…


 この付き合いはもう5回くらいやっているわけだが、この他人行儀さは抜けることがない。


 そもそも従妹が「お従兄ちゃん」と呼ぶ理由は、

 それ以外に呼び方を考えるのが面倒くさいというあんまりなものだった。


「さん付けだと行儀良すぎるし、かと言って呼び捨てとかできるほど近しい間柄でもないし…」


 この距離感こそが、僕と従妹の関係である。


・・・


「あれ、今日は妹さんいないんだ」

「彼氏とデートだって言ってた」

「ふーん…」


 彼女は少しの間を空けて、


「まあ、あたしあんまりあの人得意じゃないし…」と暴露。


 まあ、僕の妹は、僕と違って優秀だからなあ。

 成績優秀だし、賞もいっぱい取るし、友達は多いし、服のセンスとかも(多分)抜群だし…


・・・


 さて、僕と従妹は一体何をしているのか…というと、雑談…だろうか。


 なぜ微妙に溜めを作ったかといえば、「談」ができていないからである。


 端的に言えば、会話が続かない。



「それで、高校生活の方はどうなのさ」

「楽しい楽しい、お従兄ちゃんも楽しい?」

「まあ、ね」

「そう…」


「…」


「…そ、それでね、あたし、放送委員になったの」

「ああ、それね、電話で…聞いたよ」

「あー、そうだったね、うん…」


「…」


「アイスバー…食べたかったな」

「今その発言必要かな!?」



 これが去年の夏、僕が従妹の家に訪れた際の会話である。

 従妹は必死に話をひねり出そうとし、僕は精一杯の相槌を打つ。


 しかし、毎回ラリーは長く続かない。そして今回もそうなる見込みは大きい。


 話はさて置き、決戦の場所へと赴くか…


・・・


 僕の部屋に従妹を招く。


「洋服…更に増えたんだ」


 高校の時からの趣味である。元々は妹に対抗するための手段だったのだけれど。


「恥ずかしながら、妹と一緒に買ったものもあるけどね」


 何着か買って調子に乗った僕は、妹とファッションバトルをし、惨敗を喫した。

 故に、土下座をしながら一緒に買ってくれるように懇願したわけである。


「妹さんはよほど自分にあった服を着ているんだね」


 従妹の洋服は、シンプルにもワンピース。少しシンプルすぎるとは思うけども。


「そう…妹さんが…ね」


 従妹の様子に若干の違和感を感じながらも、雑談は始まる。


「妹さんが今回デートしている彼氏さんって、中学からの人?」

「いや、お互い違う高校になったから恋人ではなくなったけど、今も仲いいみたいよ」

「じゃあ、高校生になってまた彼氏さんつくったの?」

「うん。これで3回目だってさ」

「そうだよねー…あれだけ活発で、人当たりよければねー…」


 従妹はそう言って、口を閉ざしてしまった。


 妹と同い年である従妹には、まだ彼氏がいない。


 また、妹とは違ってサバサバしているわけでもない。比較的湿り気を帯びた性格である。



 僕が従妹の家に初めて訪れた際、アイスバーが5本あった。


 僕としては従兄の面目を保とうと、2本だけ食べて、残りは譲ったわけである。


 しかし従妹は「ジャンケンで、勝った方が3本目を食べる」と言って譲らない。

 ジャンケンは僕がパーを出して勝利。従妹は笑顔でアイスバーを渡した。


 しかしアイスバーの後半部分に差し掛かってから


「半分ぐらい譲ってくれてもいいじゃない…」


 と、少しばかりこちらの耳に聞こえるような声量で発言。


 返そうとしても、「全部舐めちゃってるじゃん…要らないよう」と拒否。


 そしてこのアイスバーの怨念は、今回まで脈々と受け継がれてきたのだ。



 それでも僕としては、従妹の方がまだ自分と近しい存在として認識できる。

 この関係を継続している理由としては「傷の舐め合い」的なところも強いのかもしれない。


「そういえばさ」


 従妹が口を開く。


「今まではこの部屋来る度に、蒸した革靴みたいな臭いがしてたけど、今日はしてないね」


「ああ、そういえばしてないね」



 それ、僕の体臭なんだけど。


・・・


「お従兄ちゃん、これ見て」


 従妹が見せたものはスマートフォンに入っているアプリであった。


『あなたの顔はどの成績?顔面予備校』と銘打たれたそのアプリは、


 自分の顔を写真で撮ることによって、その「成績」とやらを調べてくれるものである。

 従妹がこっちに来る際に、電車の中でダウンロードしたものらしい。


 …ひどく嫌な予感がする。そんな僕の仏頂面をパシャ。

 従妹はケタケタ笑いながら「成績2」と出た画面を見せてくる。


「次は決め顔してみてよ」


 小っ恥ずかしい事この上ないが、お従兄ちゃんの面目のため。


 こうして10個くらいポーズを撮り、僕の画像集でも作る勢いでパシャパシャとっていくものの、

 結局「成績2」の壁を越えることはできなかった。「成績1」まで出る始末。


「ここまでやってもダメなんて、お従兄ちゃんらしいなあ」


 確か妹もそんなことを言ってた気がする。


「愛しいなあ…愛しいよお…」


 

 うん、決めた。お従兄ちゃんは、少しくらい厳しくなきゃダメだ。モードチェンジだ。


「じゃあ、そっちはどうだったのさ」

「あたしは「成績3」だったよ?一発だもん」

「ふーん、「成績3」って単純に言えば偏差値50、標準なわけでしょ?」


 さらに畳み掛けてみよう。


「顔面偏差値50ってそんなに誇れるのかな…って」

「うるさい、もう許さない」

 

 えええええええええええええええ


・・・


 この有様である。

 少しでも軽口を叩くとこうなる。

 それが怖いから距離感を保っていたのだろうけども。


「お従兄ちゃんは…わたしの言いなりにでもなっていればいいんだよ」

「ちょっと極端すぎるでし」

「うるさい」


 小柄な従妹が大きく見える。ちなみにこういう時だけ一人称が「わたし」になる。

 まあ、普段だと「W」の部分が聞き取り辛くて「あたし」に聞こえるだけなんだけど。


「それにさ、お従兄ちゃんは妹さんの話だけしすぎ。わたしの話は全然してくれないじゃない」


 うん…話す対象がまずかったのかな。


「わたしはわざわざ…逢いに来ているのに」


 それはお互い様だと思うよ。


「わたしのこと、ちっとも見てくれないじゃない」


 モードチェンジ…してみるか?


・・・


「そうだね。僕は、人の気持ちなんて判らない」

「僕は、人と接するのが苦手なんだ、というより」


「嫌いなんだ」


 僕が恋人を作るために読んでいた本に書いてあった、クールでニヒルな人格形成術。


 人間が嫌いな人間。


 こういう一匹狼的な存在が、女性の母性を刺激し、やがて収束へと


「そう、じゃあ一緒にサヨナラしようか」


 そうやって従妹ちゃんがバッグから取り出したもの。


 …ハンマー。



 嘘でしょ?


 従妹はその重そうな金属部分をさすりながら告げた。


「わたしは…妹さんのことがずっと羨ましかった」

「運動もできるし、スタイルもいいし、彼氏さんもできるし、わたしみたいにダメな性格でもない」


「だからお従兄ちゃんは、わたしにとっての救いでもあったの」


・・・・・・・・・・。


・・・


 僕と従妹と妹が3人になると、常に僕と従妹がグループになって妹と話しているような感覚になる。


 クイズ番組を見れば、解答者より先に答える妹をよそに、頭を回す2名の姿。


 3人でスケートをした時、僕らは妹にレクチャーしてもらった。

 それがどうも腑に落ちなくて、僕は従妹を連れてスケートの特訓をした。

 特訓の成果を妹に見せるべく、1年越しでスケートの雪辱を晴らそうとした。


 …妹はスピンができるようになっていた。従妹はスイスイと移動し、僕は擦り傷をたくさん作った。


 恋人とのデートで妹が抜けた時、従妹は僕と2人で定期的に話し合わないかと誘った。


 その割には自分のバイトの都合で早く切り上げたりするけども。


 その夜、妹は秘密裏の僕らの行動を知らずに、笑顔で帰ってくる。いいことあったんだろう。


・・・


「僕に救いを求めるなんて無理な話だよ」


 従妹のショートヘアが揺れる。


「僕はやってもいいけど、一緒にいく必要なんてないさ」

「偏差値50…いいじゃないのそんだけとれてれば、さ」

「彼氏とか、さ。頑張れば作れるって…」


 それ以上僕が言おうとしたところを従妹が止めた。


「もう…それ以上言わないで…」


「これ以上はもう無理…限界…」


 随分苦しそうである。しばらくの沈黙のあと、



「それじゃあね、お従兄ちゃん、楽しい時間だったよ」


 従妹がハンマーを振り上げた。


 最後までいまいちなままだったか。ごめんなさい敬愛すべきお父さん、お母さん。

 妹にも結局一度も勝てなかったな…友達も元気でやってるかな…





ピコッ


・・・


「もう限界、あたしもう限界だわ」


 腹を抱えて大爆笑の従妹の手には、重そうな塗装がしてあるピコピコハンマー。


「お従兄ちゃん、まさか本当にやられちゃうと思った?」

「うん」

「そんなことしたら妹さんにこっぴどく怒られちゃうよ」

「えっ」

「そんな驚かなくても…」


妹と従妹は仲が良かった。


秋の季節に、隣の県からわざわざやってきて、

春の季節に、妹がわざわざ行ってきたりする。


秘密裏の僕の行動は筒抜け。秘密裏の妹の行動は全く見抜けなかった。

妹への嫉妬の感情等はガールズトークの前に粉砕したらしい。


「はあ、じゃあ全部演技だったって事?」

「ううん、ひとつだけ合ってたことがあったよ」

「なんだいそりゃ」



「お従兄ちゃんは、わたしにとっての救いだってこと」

スペック高い人ずくしで劣等感の塊。そんな僕。

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