なお手綱は緩まず
後半開始を前に、両チームの選手たちが戻ってきた。その時のスタンドは、和歌山のチームカラーである緑に包まれていた。
「こんだけ来てたのか今日。今気づいたぜ」
「遅!」
剣崎のど天然な反応に、竹内は思わずつっこむ。それでまた雰囲気は和む。
「おぉしっ!とりあえずあと45分暴れようぜっ!」
円陣を組み、剣崎はイレブンにそう喝を入れた。
後半、試合は前半以上に激しいフィジカルコンタクトの応酬となった。ボールを持った選手に対して誰彼構わず奪いにかかり、奪った瞬間に自らが標的に変わる。サッカーというよりラグビーのような試合と言えた。
こういう肉弾戦で、内村は真骨頂を見せる。
「さあてそれじゃ乱しましょうかねぇ。関原、追いつける?」
内村は関原を見ずにパスを放つ。いわゆるノールックパスだ。関原はこれにしっかり反応し、呆気に取られた愛媛の選手を尻目にオーバーラップを仕掛ける。
(くそがっ。なんでパス一本もらうのにこんなにつかれんだよ・・・。仕草気づきにくいんだよ、ええいっ!)
内村に愚痴りばがら、関原は一気に攻めあがってゴール前にクロスをあげる。剣崎はヘディングを放つがバーを叩く。これを拾いにいった矢神が二の矢を放とうとしたが、シュートの体勢に入った瞬間、八幡がボールを掻っ攫っていった。
「なにっ!!」
「はっ!モーションでかすぎやけんの」
奪った八幡は、そのまま前線へ攻めあがる。チョンがつぶしにかかるが、これを鮮やかにかわす。
「何だよ・・・。やろうドリブルも行けんのかよ」
見事なドリブルを見せる八幡に、矢神はぼやくだけだった。
しかし、八幡はあっさりと止められる。猪口が鋭い出足でボールを奪い、再び前線に蹴り出した。自分よりも小さい先輩のワンプレーに、八幡は目を丸くする。
「ウソじゃろ・・・。ワイよりちっさいのに・・・」
「うちはユースのときから体の大小で選んでない。剣崎も元々はシュートしか打てない旧式のストライカーだったし、僕は指導者や親にすら認められてなかった小さなセンターバックさ」
差し出した手を握って八幡は立ち上がる。
「和歌山って化けものばっかじゃね」
「化け物か・・・。ちょっとちがうな。やるべきことをとことんやりきる連中さ。僕がこうやってボールルを奪って、剣崎はゴールをこじ開ける。それだけさ」
「今ならいけるっ!頼むぞ剣崎っ!!」
右サイドから竹内が低い弾道のクロスを放つ。
「任せろ俊也っ!!2点目だ、こんちくしょうっ!!」
センターバックを引きずりながら剣崎は頭からボールにダイブする。そしてボールを捉えると、バックヘッドのように突き上げる。目の前で突然ホップしたボールに、同じようにボールに向かっていったキーパーは、頭上を越えるボールに反応できなかった。その奥で、再びネットが揺れた。
エース剣崎のゴールに、スタジアムはいよいよ昇格ムード一色となる。その最中、粋な交代カードが切られた。
「はぁあ。もうお役ごめんですって」
「そうぼやくな内村。お前はよくやっていた来年も上でプレーできそうだな」
「まあ、手ごたえはありますよ。あんたも昇格の瞬間、ピッチで堪能してくださいよ。川久保さん」
生え抜き最古参の川久保が内村と交代。これにスタジアムがさらに沸く。クラブの酸いも甘いも知っているベテランがピッチに立ったことで、いよいよラストスパートとなった。
対して愛媛ベンチも次々と交代のカードを切り、和歌山の雰囲気を掻き乱そうとする。だが如何せん成果がでない。勝ちを確信してボルテージを高めるサポーターに対して、選手たちはむしろ手綱をしめて立ちはだかる。ディフェンスは距離を取りつつ相手のパスコースを遮断してから奪いにかかり、オフェンスではカウンター攻撃をより鋭利なものにしてくる。勝ちを確信したことから来そうな慢心が微塵もない。その戦いぶりには王者のような風格すらあった。
「…ここまで差があったのかね。我々と和歌山には」
金丸監督は思わずぼやいた。
「さあて。いい雰囲気だし、最後はハットトリックでしめてやっかな」
剣崎は楽しげにそう呟く。それくらい今日の自分の出来はいい。よく周りが見えているし、シュートもイメージ通りに決めれている。プロになってから何度も記録したハットトリックだが、今日の調子はそれらの時と比べてなんら遜色はない。むしろ上回るくらいいい。
「さあて、どうボールをもらおうか」
遠く自軍のゴール前の攻防を展望しながら、剣崎はボールが来るのを、オフサイドを気にしながら待った。
そのゴール前。遠目から見ても割られる気がしなかった。川久保と大森が持ち前の高さを活かして空中戦のイニシアチブをとり、マルコス、チョン、関原が老獪なポジショニングでシュートコースを切る。さらに一列前にポジションを変えた猪口が、より高い位置でボールを奪った。
「剣崎ぃっ!!」
ボールをインターセプトした猪口が、剣崎に向かってロングパスを出してきた。
「おう。待ちくたびれたぜ。とりあえずクリ、ゴール前で待ってるぜ」
そのボールを剣崎は左サイドの栗栖につなぐ。
「そうそう。お前はまだ下手なんだから任せとけ。さあてトドメ刺しに行くか」
ニヤリと笑いながら栗栖はドリブルで攻める。当然、対峙する愛媛のサイドバックが阻止にかかる。しかもタイミング悪く、パスの出しどころがない。
(ありゃあ、さすがに対策してるか。一旦タメ作るか)
「栗栖っ!」
そこに猪口がパスを要求する。
「太一が攻撃参加。珍しいが、ありがたいぜ」
迷わず栗栖は猪口へ。預けると相手のサイドバックを振り切り、猪口も走り出した栗栖の進路上にパスを折り返した。
「太一、ナイスパス」
栗栖は背を向けたまま、猪口に親指を立てた。
「春からのトレーニング…やっと結果出せた…」
安堵の表情を浮かべながら、猪口はベンチを見る。バドマン監督はもちろん、松本コーチも笑みを浮かべて親指を立てた。




