自信と責任
「俊也さんがサクさんの位置、俺が2トップ入ります」
送り出された矢神は、竹内にポジションの変更を伝達。そして先輩剣崎のところへ走る。やってきた後輩に、剣崎は声をかけた。
「よう真也久しぶりっ!元気してたか?緊張してねえか?」
満面の笑みで頭を撫でる剣崎に、矢神は舌打ちする。
「…相変わらずデリカシーゼロっすね。嫌味にしか聞こえないっすよ」
「細けえなおめえ。だったらゴール決めようぜっ」
「…言われなくても分かってますよ。いつまでも同い年に好きにさせねえっすから」
「ほう?気合い入っとんのぉ」
そんな矢神に、広島弁で八幡が挑発してきた。
「そう簡単にワイを倒せると思っとるんかい?容赦せんぜ?」
「上等。俺だってそれなりに結果出した自負あるからな。絶対お前からボール奪ってやる」
矢神は八幡の挑発に乗った。
前半から早くも動いたバドマン監督。矢神の投入でセカンドボールの攻防は、次第に押し返していった。ここ最近ベンチ止まりだった矢神は、久しぶりに与えられた出場のチャンスで張り切った。依然和歌山が押し込んでいる中で踏ん張っていた八幡を、徹底して潰しにかかる。ただ、試合勘が鈍っているせいか、はたまたフィジカルの差か、競り負ける場面が目立つ。
「ザマないのう。ワイは並のルーキーちゃうけん。甘見とったか、このカバチが」
空回りする矢神を八幡はせせら笑ったが、矢神はそれでも食らいつく。
「なめんなよっ!ずっとやられたまんまでいるわけねえだろっ!」
そんな矢神の執念は、前半45分過ぎに実った。
前半ラストプレーとなるであろう和歌山のコーナーキック。当然和歌山はほぼ全員が愛媛のゴール前に集まる。マルコスがボールをセットし、大森を狙ってセンタリングを上げた。大森はヘディングシュートでゴールを狙ったが、愛媛のキーパー秋本がパンチングで弾き出す。それに矢神と八幡が食いついた。先に追いついたのは八幡だった。
(こいつをクリアして前半終了じゃっ)
そう確信した八幡。しかし、矢神が猛烈なタックルをかましてボールを奪った。八幡は弾き飛ばされたが、主審は笛を吹かない。矢神はすぐさま栗栖にボールを繋げる。
「よくやったぜ真也。さぁて先輩の意地見せるかね。頼むぞエース様」
そのパスを、栗栖はダイレクトでゴール前にクロスを上げる。真っ先に剣崎が反応した。
「真也が仕事した以上、俺がなんもしないわけにゃいかねえだろっ!!」
愛媛のディフェンダーは剣崎に体を寄せるが、剣崎はクルリとゴールに背を向けそのままジャンプ。振り上げた右足でボールを捉えた。
「ょっしゃいっ!!」
伝家の宝刀、オーバーヘッドシュートで、ついに和歌山がゴールをこじ開けた。
そして歓喜の中で前半終了のホイッスルが響いたのだった。
「くそっ!!」
ロッカールームに戻るなり、八幡はスパイクを投げつけた。それはごみ箱に命中し、中身が散らばった。
「八幡っ!何やってんだ。物にあたるな、片付けろ」
最古参のベテラン赤木が注意するが、八幡は返しもせずそのまま座り込んだ。
八幡の態度に、先手を取られて沈んでいた空気がさらに淀む。そこに金丸監督が入ってきて事の顛末を聞く。そして八幡の肩を叩いた。
「八幡。気持ちはわからないでもない。だが物にあたるようでは三流以下だよチミ。悔しさはピッチで晴らすのがプロ、超一流なのだよ」
八幡を諭したあと、金丸監督は他の選手に冷ややかな視線を送りながらぼやいた。
「とはいえ、チミ達が八幡を咎める資格が果たしてあるのかね?終始コーナーに釘付けにされながら、果敢にパンチを出し続けた彼を。チミ達は上回れたのかね?」
指揮官の言葉に、選手たちは黙り込む。その様子を見て、金丸監督は呆れたようにため息をついた。
「…やれやれ。チミ達の勘違いは話にならんね。謙遜と卑下の違いも分からんのかね」
キョトンとした選手たちを気に止めず、金丸監督は続ける。
「松重はシュートをきちんと枠に飛ばしていたし、中盤の選手もしっかり攻撃を繋げていた。何よりディフェンスの選手たちはリーグ最強の攻撃陣を相手に耐え抜いてたった1点に抑えたのだよ。なぜ自信を持てないのかね?和歌山が強いのは自分のプレーに自信と責任を持っているからだよ」
金丸監督は、そこでニヤリと笑った。選手達の目に光が宿っていたからだ。むろん八幡にも。
一方で和歌山のロッカールームはやたらとけたたましかった。
「もっと攻めていこうぜ!!先手とった勢いで愛媛をフルボッコだっ」と剣崎が上半身裸で叫ぶ。
「…めっちゃ熱気上がってますね。前半どんだけ暴れてたんすか」
ほてった剣崎の様子を見て、矢神は引き気味に呟く。
「ほいじゃみんな後半集中して行こうかね。突然パス出すからね」
ニヤニヤしながら内村は周りを見渡しながら言う。
「いや、急に出されても困るんで、なんか合図下さいよ」
「いやあ関原よ。考えちゃダメだ。感じなさいな」
「いや、超能力者じゃないし…」
勝っているからではなく、和歌山は元々こんな雰囲気であることが多い。飛び交うのは大概大風呂敷だが、発言した選手がそれを実現するためにどれだけ練習し、どれだけ試合で発揮しているかを知っているから誰もとやかく言わない。言った本人も発言に責任を持っているから練習し、試合に挑んでいる。
「だから我々はここにいるのだよ」
バドマン監督は誰に語るでもなく呟いて、ロッカールームに入っていった。
「騒がしい声が外まで聞こえていたよ。パーティーでも始まったのかい?」




