伏兵に苦戦
(大分開き直ったわね。序盤はどうなることかと思ったけど、今は全員の気持ちが一つになってるわね)
Jリーグ専門新聞「Jペーパー」の和歌山担当記者、浜田友美は選手たちの変化をメインスタンドの記者席で感じ取っていた。
劇的と言えば大袈裟だが、空回りしていた序盤と比べて、和歌山の攻撃は連動性を増した。パスがスムーズに繋がり、2トップも嫌らしいスペースに入りながらフリーに近い状態でシュートを打ちはじめた。
(それでいて愛媛の選手に焦りはない…。あれだけ落ち着いていると、なかなかゴールは割れないわ。どうするのかしら)
「すおりぃやっ!!」
剣崎がまたも右足を振り抜くが、相手ディフェンダーが肩で弾き出す。いつもなら素早くセカンドボールに食らいついて波状攻撃に繋げるのだが、愛媛はこの攻防で優位に立っていた。その理由はボランチでプレーする、ルーキー八幡の存在だ。
去年まで高校生だったが、そのボール奪取力はJ1レベルと評判で、広島や鳥栖、甲府が触手をのばしていた。地元の瀬戸内大付松山高出身のスイーパーは、この試合でも存在感を見せていた。
「くそっ!また取られたっ」
セカンドボールを取られた竹内は、珍しい地団駄を踏む。
「前回当たった時は累積で休んでたからな。実際見てみると、なかなか味なプレーしやがるな」
佐久間も素直な評価をつぶやく。やはり百聞は一見に如かずだ。
「あいつを止められるか、そうでなかったら一撃で決めるか。そうしねえとゴールは遠そうだな、俊也」
「ですね」
「ククク…やはり見込みは正しかったようだね。八幡を抜擢して良かったと、毎回改めて思わせるね」
金丸監督は、八幡のプレーに満足げに呟いた。
「まだ18歳なのに、あれだけフィジカル強くてスピードもありますからねえ。竹内よりも先に動けているのは頼もしいですよ」
ヘッドコーチも、奮起する八幡にうなる。
「やはり今年のJ2は、選手を化かす上では実に楽な一年だ。ガリバや神戸、京都に千葉、本来ならJ1にいるべきクラブが山ほどいる。刺激はたっふりなのさ。…まあ、強すぎて駄目になる場合もあるが、八幡はそんなヤワではなかったようだ。チミたちも頑張らないとねえ」
言いながら視線をベンチの選手に向けた金丸監督。その冷ややかな視線に、選手たちの心境はいかに。
「このガキャっ!」
再び話はピッチの中。こまねずみのように走り回ってセカンドボールを拾う八幡に、佐久間は明らかにいらついていた。
(拾っても拾ってもすぐに攻撃されてんのに…なんてメンタルしてんだよ)
人間は自分が重ねた努力に対し、見合う見返りがない状態が続くと、神経が擦り減って気持ちを切らしてしまうときがある。スポーツ選手とて例外ではない。だが、そうした逆境にも負けずにプレーを続けられるのが、いわば日本代表になりうる資格を持つと言える。今の八幡に、佐久間は末恐ろしさを感じてもいた。
「くそっ、よこせってこのうっ!!」
こうやって足を出して蹴つまずかせたら、相手の思うツボである。背後から倒してしまい、佐久間はイエローカードを貰うハメになった。
「ビデオで見たが…、なかなかどうして。八幡の実力は相当なものだ」
テクニカルエリアで、戦況を仁王立ちして見つめていたバドマン監督は、健闘を見せる八幡のプレーに唸った。
「まさかの伏兵って奴でしょうか…。でも大阪から金星を挙げた要因も、あいつの奮闘あってのものでしたからね」
ベンチから立ち上がった松本コーチも同調する。
「しかし相変わらず佐久間はうかつですよね。無理して行くとこじゃないのに…」
「まあ松本君、そう言うものではない。同じように才能を持ちながら、あれが災いして伸び悩む、ある意味彼らしいプレーだ。しかし、確かにもったいない警告だ」
言いながらバドマン監督は、ウォーミングアップするリザーブのメンバーを見る。その中の一人が目に留まった。
「ちょうどいい。竹内のポジションを下げて彼を使ってみるかね」
指揮官が指名したのは、八幡と同じくルーキーで、ここ最近はベンチを暖めつづけている矢神だった。
「彼からは今、なかなか出番を与えない私に対する怨嗟と、躍動する同級生への対抗心が発散されているじゃないか」
「…まあ、どっちかって言うと前者のほうが強そうですけどね」
「彼は気負いを血肉に変えることができる稀有な存在だ。この状況を打開してくれるさ」
「もう行きますか?まだ前半時間ありますけど」
「こういうことは早いに限る。いつ使うか、と言われれば『今でしょ』」
「…。はいはい矢神準備させますね」
予備校の人気講師のポーズをとりながら、バドマン監督はドヤ顔で決め台詞を言ったが、松本コーチは透かして矢神に準備するよう指示した。
第4審判に連れられてピッチサイドに矢神が現れると、記者席の浜田は思わず目を見開いた。
「ええ?もう矢神使うの?代わるのは…佐久間か。ずいぶん早く動いて来たわねバドマン監督。どうなるのかしら」
一方で佐久間はぶつくさ愚痴を呟きながら戻ってきた。
「ちぇっ。もう用済みかよ。おい矢神、あの八幡って奴はなかなかやるぜ。せいぜい気をつけな」
先輩からの助言を、矢神はそっけなく返した。
「大丈夫。俺が潰しますんで。じゃ」
ハイタッチもそこそこに駆け出した矢神を、佐久間は苦笑いを浮かべる。
「…ったくここのガキどもはしつけがなってねえや。まあ、あんな大口平気で叩く強気さは買いだがね」




