誰のおかげで今があるか
試合開始から、両チームのサポーターのみならず、ピッチ上の戦いのテンションもかなり高かった。
その号砲は、開始30秒で上がった。
「ヘイッ!サクさんっ!」
サイドの攻防でボールキープする佐久間に、剣崎がパスを要求。そのボールをピッチの中央、ゴールを背にして受けると、ペナルティエリアの外ながら、反転しながら強烈なミドルをぶっ放した。それをクロスバーにぶち当てたのだ。
これでスタジアムの熱気は一気に燃え上がったが、一方で和歌山イレブンはかえって瓦解した。
チョンや大森ら守備陣は愛媛の出方を伺おうと慎重なプレーだったのに対し、剣崎や佐久間といった攻撃的な選手はやたらとゴールに迫った。普段は冷静沈着な竹内ですら、果敢と言うより強引すぎるドリブル突破が目立った。
やや引き気味に守る最終ラインと、前がかりに攻め込む前線。結果、中盤が間延びしてしまい、愛媛に主導権を取られてしまった。
「やばいっ!!」
ホームのゴール裏席。こういう叫びがさっきから何度も出た。和歌山のサポーターは、開始直後は盛り上がったが、次第に心臓に悪い光景ばかりが目の前で見せられた。サポーターからも明らかに流れを失っていることが見て取れた。中盤で愛媛の選手に練習のようにパスを回され、枠に次々とシュートが飛んでくる。カウンターを仕掛けても頼みの剣崎や竹内が雑なプレーでチャンスを自分たちで潰していた。
そんな歯痒い展開での拠り所は、スタメン復帰の友成だった。
エース松重をはじめとした愛媛の猛攻に、キャッチフレーズどおり神懸かりなセービングを連発。枠に飛んできた8本ものシュートを、全て弾き出し、あるいはガッチリとキャッチして、サポーターを安心させた。
「このやろうっ!」
ここでも松重が一対一の場面を迎える。しかし、電光石火の飛び出しで友成がシュート前にボールを奪った。
「ナイス友成ぃっ!!」
「さすが世紀の守護神っ!!!」
「よおしぃっ!!景気づけだぁっ!友成のチャント行くぞっ!!」
和歌山サポーターのコールリーダー、ケンジがトラメガ片手に叫ぶ。そしてドラム担当のアユミが太古を打ち鳴らした。
「わーれ等の守護神友成っ!むー敵の守護神友成っ!てーんも取れるぞ友成っ!完ぜーん無欠の友成ぃっ!!」
そして友成はチームメートを一喝した。矛先は、攻め急ぐ剣崎たち…ではなく、守勢に回る守備陣たちだった。
「あんたらビビってんじゃねえぞっ!そう注意しなきゃならねえ連中でもねえだろっ!」
あまり長くボールを持ったままだと、遅延行為を取られるので、前線に蹴り飛ばしてからまた説教を続けた。
「うちの得点源の俊也とバカがゴール狙ってんだっ!!てめえらも腹くくって攻めろっ!こいつらに手間取ってたらJ1は戦えねえぞっ。それに…俺達の目標は『昇格』じゃねえ!『優勝』だろうがっ!!」
「てっ、てめえ…。ずいぶんうちを叩くじゃねえか」
友成の言動に、松重はさすがにつっこむ。敵を腐すのはスポーツマンシップに反しているからだ。だが、友成はシンプルに返した。
「事実を言ったまでですよ。それにJ1がそういう世界だってことは、レンタル移籍でたらい回しにされてるアンタがよく分かってるでしょ」
「…」
無論、友成も想像の域で怒鳴った節もある。それでも無礼を承知で言わずにはおれなかった。
友成の激に、チョンをはじめ、ディフェンスの選手たちは、目の覚めるような気持ちだった。
「…確かに友成の言うとおりかもしれんな。どうやら俺達は、必要以上に昇格を意識し過ぎていたようだな」
苦笑いを浮かべるチョンの隣で、内村は小ばかにするようにクククと笑う。
「確かに天野も冷静で安心感もあるが、うちにゃああやってケツひっぱたいてくる奴のほうが守護神はるのが合ってますねえ」
「ただ単に怖いもの知らずなだけだ。まあ、若いっていうのはいいもんだな」
「何をおっしゃる。体や考えは歳食っても、中に流れてる血は熱いまんまでしょ。いっちょ仕掛けますか」
「ああ」
その頃、前線では剣崎がぶつくさと文句をたれていた。見かねた竹内が尋ねた。
「剣崎どうした。いいじゃん、友成が期待かけてくれたんだから」
「…そだけどよ。なんでおめえには『俊也』っつって、俺は『バカ』なんだ?胸糞悪い」
「だったらゴールとれよ。そしたら普通に呼ぶかもよ」
「あんの野郎…。まあ、あいつがいくら頑張ったって、ヒーローになれんのはゴールをこじ開けた俺だかんな」
「…悪い笑顔だな。剣崎」
ともあれ、友成の激は、和歌山イレブンの意志統一に一役買った。
全員が「ゴールのためのプレー」を意識したことで、和歌山本来のアグレッシブさが随所に現れた。特に中盤の主導権は、チョンの鬼気迫るディフェンスと、内村の狡猾な発想から生まれるパスワークで完全に奪い返す。あとはフィニッシュだけ、というところまで試合の流れを取り返したのだ。
「ふむ…思ったよりも早く立ち直っちゃったねえチミたち」
愛媛の金丸監督は、顔をしかめて傍らのコーチ陣に愚痴った。
「向こうがばたついた時を、生かしきれませんでしたからね…」
「フン。まあもともとはノーガードで向かってくるスタイルだからね。戦い方がシンプルだから立ち直りも早いわけだ」
しかし、金丸監督も黙ってやられるつもりは毛頭ない。ニヤリと笑って立ち上がった。
「まあ、こうなるのは想定内。まだ時間はある。じっくりと攻めるとしよう」
試合はまだ前半。まだまだ動きそうだ。




