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 10月27日。勝てば昇格が決まる大一番とあって、県営紀三井寺陸上競技場はかつてない盛り上がりを見せていた。もともとアランチャ愛媛との「みかんダービー」でいつもより人入りは多いこともあった。

 首位独走の和歌山側はお祭りムードだったが、アウェーに乗り込んできた愛媛は悲壮感すらある。今日負けてしまえば、和歌山の歴史を振り返る際に、毎回自分達の負けた姿を繰り返し伝えられるハメになる。ダービーのライバルであり、Jリーグの先輩クラブとしては、なんとしても避けたい屈辱だった。



「…というわけで、今日の愛媛は非常に手強いと考えられる。君達に慢心がないことはよくわかっているが、普段あまりスタジアムにこない観客はそうではない。さっき入場口を見てきたが、良くも悪くも今日は観客の空気がスタジアム、ピッチ上を支配すると言っても過言ではない。今一度、冷静になって戦おう」

 試合前のロッカールーム。バドマン監督は、改めて選手たちを戒めた。選手たちももう一度冷静になっていった。

 人間というものはひどく現金なもので、ビッグネームが来たり、地元チームが勝っているうちは、競技をロクに理解していなくても観戦に足を運ぶ。今シーズン、地方クラブのほとんどが動員記録を更新したのは、ガリバ大阪のネームバリューによるところが大きい。今日の場合は後者で、しかも「史上初」というフレーズがより魅力的だったから券売の勢いもなかなかだった。

「まあなんにせよ、俺様がゼロに抑えて、J2の大エース様が偶然にも点をとればそれでケリつくんだろ?」

 ややあって、スタメン復帰の友成が、自信満々な表情で言う。触発されて剣崎も言い切る。

「偶然ってのはしゃくだけどよ、まあやることはそういうこった。今日は勝つ。それだけだ」


 そんな二人を、栗栖は肩を竦めながら笑う。

「やれやれ…頼もしいんだか、自惚れてんだか。J1でも変わるなよ、お二人さん」

「だな。俺達が今までやってきたことを今日もやってJ1に行っちゃいましょう」

 竹内も他のイレブンに伝えるように叫ぶ。自然とロッカールームでは円陣が出来ていた。その中で、キャプテンマークをつける剣崎は改めて一喝した。

「ぜってえ勝つぞっ!」

「おうっ!!」






「いよいよだねぇ…赤っ恥の証人か。はたまた今日も金星か。楽しみだねぇチミたち」

 一方のアウェー愛媛のロッカールームで、今シーズンから率いる金丸英和監督は、人を小ばかにするように語りかける。協会のジュニアユースやユースの現場で育成の手腕を発揮してきた金丸は、前任者ビルリッチの退任に伴い故郷のクラブからのオファーを二つ返事で快諾。かつて自分がコーチし、J1で伸び悩んでいた若手をレンタルで多数獲得させて戦っている。現在14位とピリッとしない愛媛だが、原因はメンバーを前年から3分の1以上を入れ替えた弊害で連携の構築に手間取ったからだ。ところが9月以降、戦術の浸透や怪我人の復帰があって空回りしていた歯車が突然噛み合いだし、大阪、京都、神戸といった上位陣から次々と金星を奪う。前節はプレーオフ出場への望みを繋ぎたい鹿児島の命脈を絶つなど侮れない存在感を放っていた。


「ここで和歌山を相手にできるのは光栄なんよ。だから今日結果残せば、必ずチミたちの成長に繋がる…が、負ければチミたちはサポーターに永遠に記憶される。クラブに屈辱を味わせたとしてね。映像としても初物だから記録も残るしね」

 嘲笑を浮かべながらバッドエンドを想像する指揮官の言葉に、選手たちは目の色が変わる。それを見た金丸は表情から笑みを消した。

「力の差は明らかだけど、タダで負けることのないように。そう簡単に昇格されちゃ、J2のレベルが疑われるからね」

 その眼光は鋭かった。



 スタジアムの雰囲気は次第に高まっていった。ダービーとはいえ小規模クラブ同士の対決ながら、試合開始前でゴール裏はもちろん、バックスタンドも八割近くが埋まっていた。大阪戦ではなしえなかった一万人越えは確実だ。

「あー感無量ですねえ。まさかここまで人が入ってくれるなんて…」

 メインスタンドで竹下社長は感慨深げにつぶやいた。心なしか目も潤んでいる。

「Jリーグへの昇格を決めた試合もここまでは入りませんでしたが…」

「社長。まだ試合は始まってませんよ。泣くのはあとにしてください」

 感傷にひたる竹下を、広報の三好がたしなめる。ただ、彼女もテンションを抑えられないのか、ずっと笑顔のままだ。


「勝って終わったら、思いっきり笑いましょ。社長」

「ですね。戦いはこれからですからね」







 そしていよいよキックオフ前のスタメン発表の時間。ウグイス嬢の淡々としたアウェー愛媛のメンバーの発表が終わると、静寂の後、名曲「ファイナルカウントダウン」が鳴りはじめ、和歌山サポーターが気合いの雄叫びを挙げる。

 そしてスタジアムDJが、テンション高めにアナウンスを始めた。

「さあぁアガーラサポーターのみんなあ!大変長らくお待たせしましたっ!!続きまして、我等が愛しのホームチームっアガーラ和歌山。本日のっスターティングラインナップっ!ご紹介しますっ!」


ゴッドセーブ連発!世紀の守護神っ!背番号、20。ゴールキーパーっ友成っ哲也!!」

「ジパングさすらう、昇格請負人っ!背番号、31。ディフェンダーっマルコスソウザっ!!」

「攻守に躍動する、小さな大黒柱っ!背番号、2。ディフェンダー、猪口っ太一っ!」

「成長止まない、紀州のヘラクレスっ!背番号、5。ディフェンダー、大森っ優作っ!」

「駆け上がれっ!紀州のリーサルウェポンっ!背番号、14。ディフェンダー、関原っ慶治っ!」

「イレブン鼓舞するピッチの闘将っ!背番号、17。ミッドフィルダー、チョぉンっスンっフぁァンっ!!」

「その男、天才につき…。背番号、3。ミッドフィルダー、内村っ宏一っ!」

ぶが如くっ、電光石火のアタッカーっ!背番号、11。ミッドフィルダー、佐久間っ翔っ!」

「正確無比にパスを放つ、レフティースナイパーっ!背番号、8。ミッドフィルダー、栗栖っ将人っ!」

「ピッチを吹き抜ける、一陣の風っ!背番号、16。フォワード、竹内っ俊也っ!」

「ゴールに飢えつづける、人類無双のストライカーっ!背番号、9。フォワード、剣崎っ龍一ぃっ!!!」



 スタジアムが一層燃え上がった。

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