エゴの源泉
「さて、我々は2−1というスコアで後半に挑むことになるが…この試合はどう出ると思うかね?」
ハーフタイム、ロッカールームにつくやバドマン監督はイレブンに聞いた。
「ピッチの空気はピッチの中にいる者にしかわからない」が持論の指揮官が、選手たちにそれを聞くのはすっかりお馴染みの光景だ。それに最初に解答するのは、たいてい若手だ。百戦錬磨のマルコスやチョン、バドマンを知る内村が答えることはない。
この日はゴールマウスに立つ天野が最初の解答者だった。
「僕らのリードはあくまで数字上でしかないですね。気落ちした中で寺島さんの大胆なゴール。雰囲気は『同点に追いついたっ!』ていう感じです。だから、後半最初のゴールは絶対取られちゃダメです」
続いて竹内が言う。
「うちは早い時間に先手取れたけど、2点目まで時間かかったし、なおかつ相手には攻め込まれた。なんとか相手がゴール前に来る前に追加点とりたいですね」
二人の答えに、指揮官は頷きながら苦笑いを浮かべた。
「確かに、客観的に考えれば、ムードは同点であろう…。だが、それははっきり言って考えすぎだ」
笑みを浮かべながら否定する指揮官に、答えた二人は声を上げて驚く。
「相手が神戸や大阪のような地力のあるクラブならともかく、今なお残留争いに巻き込まれている彼等では…いや、自ら身を置いた彼等では、一人気をはいたところで、そうそう空気は変わらない。勝負は剣崎の2点目でとうについているよ」
「すげえ自信っすね」
栗栖は自信満々の指揮官に突っ込んだ。
「いんやクリ、監督の言うとおりだぜ」
「剣崎までなんだよ。確信あんのか」
「ある。寺さんが思いを込めてあんなゴール決めたのによ、誰もかけよらなかったじゃねえか」
「あ〜…一理あるかな」
剣崎の力説に、猪口が賛同する。
するとじわじわと剣崎の節に頷くメンバーが増えていた。確かに振り返ると、寺島のゴールに沸いていたのは奈良のサポーターだけ。しかも選手はもちろん、ベンチも大して沸いていなかった。
奈良の戦意は戻っていない。それが指揮官の求めた解答だった。
「私が君達に求めるミッションはただ一つ。3点目を奪うことだ。一戦必勝の気概を失うことなく、最後の瞬間まで戦おう」
「おうっ!」
指揮官の読み、剣崎の勘は見事に当たった。奈良の選手達は、拍子抜けするほど変わっていなかった。いや、選手個々の変化はあったが、チーム全体で反撃の気運を共有できていなかった。結果、奈良の選手たちは連動性を欠いて守備陣形は穴だらけになっていた。
「ククク。剣崎。こんなザルディフェンスでフカしたら笑いもんだぜぇ」
ニヤニヤと癪にさわる笑みを浮かべながら内村はパスを放つ。それは甘いマークで実質フリーの剣崎の足元に収まった。
「ちっきしょー。寺さんがあんなしびれるゴール決めたってのに、バカみてえじゃねえか。こんちくしょうっ!」
言うや剣崎はドリブルを仕掛ける。そして誰もが驚くテクニックを見せつける。身体を寄せてきたディフェンダーをターンで交わし、振り向きざまにシュートを叩き込んだのだ。
プレー自体も高度なものだが、それをやってのけたのが剣崎であることが驚きを上乗せしていた。
「おいおい。ほんの一年前まで、リフティングすらまともになったばかりの奴が…。とことん化けやがって」
幼なじみの栗栖は、ただただ苦笑。そして戦慄を覚えた。
「あんな化け物とやり合うにゃ、俺ももっと成長しねえとね。はは」
「何よぉ〜何なのよぉ〜最高じゃないっ!!!」
発狂したかのような叫び声に、叶宮のまわりの観客は凍りついて視線を叶宮に向ける。当の本人はオペラグラスを叩き割って仁王立ちしていた。無論、剣崎のプレーに興奮したからである。抑え切れなくなったのである。
「J2も捨てたもんじゃないわね。目をこらせば十分世界狙える選手いるじゃなぁい」
そこでようやく冷静になって再び腰を落とした。
「今はまだ表彰台しか見えないけど…。必ずあたしは金メダルのシナリオを描いてみせるわ。…うふふふ」
ピッチ上では和歌山の選手たち、特に剣崎の躍動が目立った。何かのスイッチが入ったか、一挙手一投足がオーラを纏っているかのようにエネルギッシュだった。それが何に起因しているかと言えば、怒りだった。
(チームのために必死こいて点とったのに…腑抜けたプレーしやがって。寺さんが、ストライカーがバカみてえじゃねえかっ!!)
剣崎はとにかく不甲斐なさを嫌う。全力を尽くせるのに、まるでそうしないことを敵であろうと許さない。自分自身、得点感覚という一芸に全力を尽くしてきただけに、尚更そういう思いが強い。
「ストライカーをエゴの塊だって思うなあ勝手だけだがよ、チームを勝たせてえからゴールを狙うんだよっ!!」
雄叫びを上げながら、栗栖からのセンタリングをボレーで叩き込みハットトリックを達成。4−1で和歌山が快勝。
そしてこの結果。和歌山の勝ち点は93となり、3位神戸との差が13まで開いた。次節勝利を収めれば自動昇格の大願成就となる。いよいよ昇格が手に届くところまで来ていた。




