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ストライカーの意地と義務

「いやぁ〜ん竹内くんもなかなか魅せるじゃなぁい。繊細かつ大胆な一撃ねぇ」



 メインスタンドでオネエ口調の男が、オペラグラスを手に、竹内のゴールの余韻を堪能していた。

 この男、万博のメインスタンドの貴賓席で観戦していたリオ五輪代表監督、叶宮勝良かのみや・かつらである。今日は一人で自腹を切って観戦していた。

「やっぱり協会での選手選考ほっぽりだして正解だったわあ。こっちのほうが全然価値があるわあ」

 そのため彼の携帯は終始鳴りっぱなしだが、試合終了まで彼が手にとることはなかった。



 因みに叶宮監督は、オネエ口調であるがゲイではなく、元グラビアアイドルの夫であり、三男二女の父でもある。さらに叶宮監督がぞっこんの剣崎も、竹内のゴールに触発されていた。


「くっそー…最近俊也ばっかし点取ってんなあ。…俺も決めねえと立場ねえぜ」

 そう呟いて、ふと剣崎はぼやく。


「…なんかおれ、これ毎回呟いてんな。はは」

 苦笑いを浮かべながらも、剣崎は特に気にしない。そしてバドマンの言葉を思い出す。

「うちはうち。よそはよそ、だったな」



 試合はまだ前半半ば。早い時間に先手を取った和歌山だったが、立て続けにゴールを奪えなかったことと、奈良が怯まず猛攻を仕掛けてこともあり、試合再び膠着。片や空回り、片や大人びたサッカーは金と余暇を費やすほどの価値が見出だせず、スタジアムのあちこちでブーイングが湧き出てきた。


 そんなスタジアムに、剣崎は呟いた。


「へっ。安心しな。すぐに楽しませてやるよ」


 奈良の攻撃が不発続きの中で、猪口が敵のパスを敵陣内にてインターセプト。すぐさま鋭いカウンターを仕掛け、小西が強烈なシュート。ディフェンダーの背中に当たってコーナーキックとなる。

 その状況で、奈良の選手はエースの石倉を前線に残して残りの9人が自陣で対応。剣崎、大森の長身ターゲットにセンターバックがそれぞれつき、ニアの竹内にはボランチが張り付く。特に剣崎にはさらに一人選手をマークにつける徹底ぶりだ。

 しかし、剣崎には余裕があった。

(これで決めんのが、エースってもんだ)

 その視線は、キッカーの栗栖に向けられていた。

「はいはい。そんなに決めたきゃいい球上げてやるよっ」

 栗栖は呆れたような笑みを浮かべながら、剣崎に絶好球を打ち上げる。その時の剣崎は、待ち焦がれた餌を貰った肉食動物だった。

「さっすがクリっ!!」

 剣崎ははしゃぎながら跳び上がり、マークのディフェンダーも慌てて跳び上がる。だが剣崎はマークの二人よりも高く跳び、長く空中に留まった。後から上がり、落ちていく二人を尻目に、剣崎は思いっ切り頭をボールにたたきつけた。ほぼ垂直落下してきたボールは、地面にたたき付けられてから、間欠泉のように噴き上がってゴールに突き刺さった。膠着状況に焦れていたスタジアムに、再び熱を与えた。



 ただ、その中で一人冷めきった観客がいた。叶宮である。

(たかがセットプレー。用意された檜舞台で輝けるのはいいけど…。あなたが決めるべきゴールは、そんなちんけなものじゃない。あたしの心をときめかせるような、オープンプレーでの規格外を見せてほしいのよ)


 その時ふとスマホをてにとる。「不在着信53件」と表示されていた。履歴はすべてヘッドコーチの黒松からだ。だが、叶宮は折り返すこともなく、


「試合終わったら100超えてるかしら」


と言っただけで再びかばんの中に入れ、そのチャックを閉め直しただけだった。



 一方で、敵として迎え撃っていたかつてのエースは、内に秘めている闘志を燃やしつつあった。自分がかつて愛した和歌山というクラブだけでなく、これからの日本を背負うであろう若きストライカーがゴールを決めている。燃えないわけがない。

「みんな一回落ち着けっ!もうすぐ前半が終わる。一回頭冷やして、ゆっくり攻めていこう」


 寺島は2点のビハインドを背負ったイレブンを鼓舞するが、ほとんどの選手は気落ちした状態。別の言い方をすれば、戦意を失い冷めていた。

(こいつら…。だが、まだ俺が終わらせんっ!)

 どれだけ大差を付けられても、戦意を失わないのがストライカーとしての意地であり、義務だ。プロとして戦いはじめた頃からそう思っていたし、昨年剣崎らの成長を間近で感じて尚更その思いが強まった。



「俺だって、まだまだ老けたわけじゃない」

 再開後、寺島はボールを受けると、そのまま単独でドリブルを仕掛ける。その表情は危機迫るものがあり、対応してきた和歌山の選手はもちろん、途中ワンツーパスに応じた味方も気圧された。そして、この日センターバックで出場したチョンがボールを奪いにくると見るや、ためらわず剣崎ばりの強烈なミドルシュートを打つ。誰もを奮い立たせるシュートがゴールネットを揺らして前半終了を告げるホイッスルが響いた。


「…やるじゃないか。若返ったな」

 ロッカールームへ引き上げる際、チョンは寺島に声をかけた。

「なに。まだまだチョンさんと比べりゃ若造ですから。あれぐらいしないと、後半は余計不利になりますから」

「…楽しみにしてるぜ」


 かつての同志は、まだ試合中とあって言葉を交わすだけだった。それでもチョンは、寺島の背中を見て思った。

(あのプレーに奈良の選手達が何も感じないなら楽なんだが…。どう出てくるかだな)


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