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劣等感、というか恐怖感

 2月某日。剣崎は和歌山市内のホテルにいた。そこには幼なじみであり、同じ県内の女子サッカークラブ、南紀飲料セイレーンズのFW相川もいた。別に二人がお泊りするというわけではない。二人がここにきたのは、雑誌の企画で対談するためだ。

「ホテルでやるっつうから、なんかヘンなことすんのかと思ったぜ」

「んなわけないでしょ?サッカー雑誌の企画なのに」

「じゃあクラブハウスですりゃいいじゃんか」

「お互いそこへの便が悪いからでしょ」

「まあまあ二人ともその辺で。軽い感じのままでいいけど、しめるところはお願いしますよ」

 アガーラ和歌山オフィシャルライターの玉川重樹は、言い合いする二人を見て苦笑しながら声をかけた。この対談を企画したのは彼だ。





「それでは対談するを始めさせていただきます。剣崎選手、相川選手、今日はどうぞよろしくお願いします」

「うっす、おねがしやっす」

「よろしくお願いします」

「はじめにお二人には昨シーズンを振り返っていただきます。剣崎選手は得点王に輝くなど素晴らしい活躍がありましたが、一年振り返っていかがでしたか」

 玉川の一つめの質問に、剣崎はうーんとうなってとつとつと答えた。

「振り返ってつうか、もうあっという間でしたね。目の前の一試合一試合にひたすら必死だったすね。得点王もがむしゃらにボール蹴りまくってたら、いつの間にかなってたって感じで」

「あんまりそういう意識はなかったと?」

「いや意識はしてましたけど、他の選手がどうとかってのを全く考えてなかったっす。意識したからっつても、いちいち調整できるわけどもないし」

「なるほど。では次に相川選手。剣崎選手と違い、まず中学3年の時からドイツに渡って、首都ベルリンのノルトーストゼーというクラブでプレーして、昨年帰国したわけですが、セイレーンズを選んだ理由も含めて一年を振り返っていただけますか?」

 続いて玉川は、相川に質問をふる。相川は「そうですね」とつぶやいてから答えた。

「セイレーンズを選んだ理由は、やっぱり地元でプレーしたいっていうのがあったんで、チャレンジリーグ(なでしこの二部リーグ)だったことは気になりませんでした。監督はじめチームの雰囲気もいい意味で自由な感じもよかったです」

「プレーの方はリーグ戦17試合出場で11得点、カップ戦も一試合2ゴールを2回と、FWの仕事は果たしたと見てる側は感じましたが」

「レベルの差って見てる人は大きいと感じたかもしれないですけど、個人的には海外との差は感じませんでした。特にテクニックに関しては。ただパワーというかフィジカルの部分では向こうのほうがすごくて。ただその経験が活きたなって感じがしました。毎試合マークに2人ぐらいは必ずつきましたんで」

「それぐらいしないと止められないって意識が相手にあったんでしょうね」

「2部のリーグは高校生や大学生とも試合をするんですけど、・・・・こんなこと言っちゃっていいのかな。社会人チームで手ごわかったのは仙台ベーガぐらいで・・・。学生のほうが環境もいいので質に差があったりしました。女子サッカーもだいぶ盛り上がってますけど、社会人になってからの環境のレベルアップが必要だなって実感しましたね」


 玉川は質問を変えた。次に二人に聞いたのは今シーズンの目標。今度は相川が先に答えた。

「やっぱりなでしこリーグへの昇格ですね。一にも二にも。そのためにもっと勝ちに直結するゴールを決めたいですね。あとはカップ戦、リーグカップか天宮杯のどちらかでベスト8には入りたいですね」

「俺たちのアガーラもJ1昇格っすね。それも優勝して。そのために去年を戦ってたようなもんなんで。俺自身も連続の得点王。今度は意識してとりたいっすね」


「まあ、くしくもお二人の口から『昇格』という言葉が出ましたね。では次の質問。今プレーする上でお手本になる選手、もしくは目標になるチームメートはいますか。剣崎選手からどうぞ」

「そうっすね。同じFWとしてユースから一緒にやってる俊也(竹内)はマジ尊敬するっすね。テクニックもあるしドリブルやクロス、シュートにポストプレー。FWに求められる技術を全部高いレベルでやってる。去年俺がゴール決めれたのもあいつやクリ(栗栖)のおかげなんで。ま、俺にはあんま技術ないんでみんなすごくてうらやましいっすからね」

「相川選手はどうですか」

「チームでただ一人の同級生の佐伯紗耶香選手ですね。高卒で10番つけてるだけあって、柔らかいボールタッチやパスセンスがあって視野も広い。何より両足とも精度が変わらないのがうらやましいですね」

 その言葉に、剣崎が驚く。

「あれ?お前もどっちもいけたんじゃなかったっけ」

「違うよ。あたしはレフティーで右足下手なんだよ。もうちょっと精度あげなきゃ代表なんてまだまだよ」

「へー…でも、別にどっちの足で蹴ってもおんなじだと思うけどな」

「紗耶香とおんなじこと言うわね。でも普通は利き足と逆足で差は出るものよ」

「ふーん、あんま感じたことねえけどなあ」

「それがセンスなのよ」

「確かに、センスはなかなか説明がつきませんからねえ」


 対談はこのあとサイン入り色紙を描き、写真撮影をして終了した。

 帰り際、剣崎は相川に聞いた。

「なあ、さっき両足で蹴れるのってセンスだって言ったよなあ。そんなの練習しまくったら克服できると思ってたけど」

「いくら練習しても、まるっきり同じなんてのは普通ないわよ。あんたも誰にも負けないセンスの持ち主よ」

「そっか…」

「それにさ。いくらがむしゃらに蹴りまくってたとしても、プロの世界はそんな簡単にゴールなんて決められないわ。あんたはそれだけの才能があるってことよ。少なくともあたしなんかよりは」

「玲奈より?まさか」

「あるわよ。あたし、去年のゴールはリーグ2位なの。年上だけど大学生の人より点取ってないのよ」

「え?そうなのか。なでしこジャパンでもプレーしたのに…」

「代表だったかなんて関係ないわ。あたしもあんたと同じ、FWっていう評価の激しい世界を生き残るのに必死なんだから。あんたは去年そんな世界でトップ取ったんだよ。自信、持ちなさい」

 相川はそう告げると、一足先にバスに乗っていった。バスが去った後、剣崎は天を見上げた。


「自信、か…。まあそれが一番だな」



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