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大一番前

 9月最後の日曜日。J2第35節、初のJ1昇格がいよいよ射程圏となったアガーラ和歌山と、1年でのJ1Uターンに燃えるガリバー大阪の首位攻防戦が、万博記念競技場にてその時を迎えた。試合開始前からその熱気はすさまじく、ホームゴール裏とバックスタンド席がほぼ完売。アウェーゴール裏も500人近い和歌山サポーターが駆けつけた。色の量にはずいぶん差がついているが、スタンドを染める色は青、黒、緑の三色だけだった。


「なのに俺たちは白と黒のアウェー用ユニか。ちっと残念だな」

 ぶつぶつとつぶやきながら、剣崎はユニフォームに着替えた。

「別にいいじゃん。アウェーなんだしさ」

「だけどよクリ。どうせならサポーターとユニ揃えてえじゃん。しかも俺たちの白黒ってユーベじゃなくてパンダだもんよ」

「ハハ。まあ確かに、結構ユニークだよな。でも、シッポの黒が無いだけマシかもな」

「あれ、パンダってシッポ白くなかったっけ?」

「へ?」

 珍しく剣崎のほうに知識があり、一同大うけだった。そのおかげで、一人の緊張が解けた。竹内である。


「緊張するか?」

 チョンが竹内に声をかける。竹内は苦笑いを浮かべながら答えた。

「してないっていったら大うそですよね。まあ監督には何度も驚かされますけど、まさかこの大一番にぶっつけ本番ですよ」

「そうか。俺はありだと思ったけどな、お前のボランチ。掛け値なしに」

 チョンが言ったように、竹内は今日、本来のポジションであるフォワードではなく、人生で初めてのボランチである。猪口が累積で出場停止、久岡がコンディション不良でそれぞれ欠場、さらに江川はセンターバックで先発と、ボランチをこなす人材が不足していた。本来はチョンとよくコンビを組んでいたマルコスの起用かとも思われていた。いや、誰もがそう確信していた。だがバドマン監督は、直前の練習ですらさせていなかった竹内のボランチ起用を、バスから降りる際に突然告げたのであった。

「まあ、やるだけやってみますよ。ちょっと相手はとてつもないですけど・・・」


 この試合のスタメンを言うと、まず布陣はいつもどおりの4-4-2。キーパーが友成で、最終ラインは右サイドバック長山、センターバックが大森と江川で、左サイドバックは関原。チョンと竹内がダブルボランチを組み、サイドハーフは右に結木、左に栗栖。2トップは剣崎と、竹内コンバートの恩恵を受けた格好の鶴岡が久々のコンビを組む。中盤の4人は一応横並びにも思えるが、状況に応じて竹内がトップした、チョンがアンカーのダイヤモンド型に変化することもありうる。こう考えると、ある意味理想的なボランチ竹内である。


「久々に俺よりでけえ相棒っすね」

「まあな。俺もここんとこ調子いいしな。いっちょハットトリック狙ってみるかい」

「俺にさせてからなら、かまわねえっすよ」

「フン、ぬかせ」

 剣崎と鶴岡は肩を組む。そしてほかの選手と連結していく。試合前、和歌山の選手たちが円陣を組んだ。キャプテンマークを巻くのは剣崎である。

「そいじゃキャプテンよ。一言頼むぜ」

 鶴岡は冷やかすように剣崎に言う。

「別に特に言うことねえっすよ。俺たちがすること、目指すことはただひとつだ」

 にやりとした後、剣崎は表情から笑みを消して目を閉じた。ほかの選手も同じように目を閉じる。


 そして聞いた。ホームの大声援にかき消されまいと、アウェーゴール裏から声援を送る和歌山サポーターの声を。


 深呼吸し、剣崎は目を見開いて立った一言を叫んだ。


「勝つぞっ!!!!!」


「ぉおうっ!!!」





 時間を少し巻き戻して試合開始前。ところ変わって大阪側ロッカールーム。


 こっちはこっちでずいぶん空気がぴりぴりしていた。J1ではなかった日本横断の長距離遠征や格下クラブの守備的な戦術、代表戦があろうがとまらない日程と、なれない環境にてこずりながら徐々に本来の姿を取り戻し、ついに首位奪還を目前としているのである。本来ならAFCやJ1での優勝争いをしなければならないクラブ。雪辱を果たすためにも、優勝しての昇格は絶対条件だった。勝ち点は2。勝てば順位が入れ替わる。

「いういよだな」

「おう。和歌山に引導を渡して、俺たちが優勝するんだ」

 選手たちも気合が入っている。だからといって気負いすぎてもいない。カテゴリーは違えど、やはり勝つ上での心構えを知っている。そんな空気をぶち壊すかのように、鼻歌と一定のリズムではねるボールの音が聞こえてきた。あきれたように新藤が鼻歌の主の頭をなでる。

「おめえは緊張感があるのかねえのかわからんわ。音楽聞くんはかまんけど、鼻歌くらいはやめいや」

 イヤホンを耳から奪うと、櫻井があからさまにふてくされる。

「ちょっとお、せっかくサビの部分なのに取らないでくださいよ。ゴールを取るためのルーティーンなんですから」

「みんな気合入ってんのに、間抜けた鼻歌ら聞きとうないんや。ちょっとぐらい周りに気い使え。・・・何聞いてんのや」

 ふと新藤が取り上げたイヤホンに耳を当てる。聞こえてきたのは、ゲームのBGMだった。

「おまえほんまガキやな。何の曲やこれ」

「え?ゴエモン2知らないんすか?あの和の名曲がぎっしり詰まった。しかも新藤さんスーファミ世代でしょ」

「サッカーに忙してやる間らなかったわい。それにお前の年頃やったらDSとかPSPやろ」

「いやあ最近のゲームのBGMは『これくらい当然』の曲ばっかなんで」


「・・・で?迷惑賭けたんや。点とれるんやろな」

 新藤の質問に、櫻井はほくそえんだ。

「当然でしょ。こっちにはあんたがいて、向こうの守備はザル。ハットトリック出来なきゃおかしいでしょ」


 ちなみにこのやり取りの間、櫻井は右足でリフティングをしたままだった。


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