表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81/102

アピール

 引き分けに持ち込んだ神戸戦の翌日。欠場やベンチ外の選手たちは、四国体育大学との練習試合に臨んだ。

 瀬戸内大学リーグの強豪で、ここ数年はJリーガーを輩出するなど実力は確か。実際、今日も内定している選手がスタメンに入っている。年齢の近い和歌山にとっては格好の試金石だ。

 だが、Jリーガーとしての場数は比べるでもなく、年上相手に和歌山の選手たちは紀の川市の桃源郷運動公園陸上競技場のピッチで躍動した。



「よこせっ、クリ!」

 ゴール前にて剣崎は、左サイドの栗栖にパスを要求する。

「はいはい、んじゃ。取っておきをくれてやるよ」

 対峙してきた相手の右サイドバックを振り切ると、万全の体勢で左足を振り抜き、これ以上ないクロスを剣崎の頭上へ。

「ぃよっしゃあっ!!」

 それを相手ディフェンダーとの空中戦をあっさり制して、剣崎はヘディングでゴールネットを揺らす。メインスタンドで観戦していた、クラブが招待した地元の幼稚園児や小学生たちがはしゃいだ。


「ははっ!やっぱこどもの応援って力になるよな」

 笑みを浮かべながら、剣崎は栗栖とタッチを交わす。

「ああいうクラブの将来を見てくれる子らの前で、みっともねえプレーも出来ねえしな」

「そういうこった。もっと点とるぜ、クリ」

 そう言って、剣崎はまた前線に走っていった。


「もっと点とる、ね。目はもっと俺に取らせろって言ってたけどな。…ククク」





 累積で出場停止だった剣崎と大森、休養で欠場した栗栖、竹内、友成はレギュラーとして恥じぬプレーを披露。集まった子供たちを大いに沸かせた。一方で、自分をアピールするのに必死なベンチ外常連組も、ここぞとばかり暴れ回った。

 特に、大森とセンターバックのコンビを組んだ江川と、右サイドハーフで先発した結木の奮闘はレギュラーの五人よりも際立っていた。二人とも、子供の声援がどうでもよかったわけではない。ただ、それ以上に自分のプレーに必死だった。肉体改造が実ってシーズン前よりも若干体型がたくましくなった江川は、持ち味のマンマーク技術に加え、ファールを恐れないアグレッシブなディフェンスを光らせていた。手塚の復活、三上の台頭で存在感が薄れていた結木も、ドリブルとクロスの質を磨き、この試合2アシストと目に見える結果を残した。プロ予備軍とも言える大学生相手に5−0と快勝したのも、むしろこの二人の活躍が大きく、指揮官も「また二つ、原石が宝石になったね」と笑った。



「しかし、江川と結木のパフォーマンスは素晴らしかった。二人とも腐らずに、辛抱強く自分を磨き続けていたのだね」

 翌日の練習中、バドマン監督はピッチを見ながら昨日の試合を振り返っていた。今も目線は江川に注がれている。その江川がバドマン監督をさらに興奮させるプレーを見せる。なんと競り合っていた剣崎を弾き飛ばしたのだった。

 これにはバドマン監督のみならず、多くの選手が声を上げた。剣崎とまともに肉弾戦をこなせていたのは、大森や猪口ぐらいしかいなかったからだ。このプレーだけでも、江川の成長が驚くに値するものだという証にもなった。

「こんにゃろぅ。俺を弾き飛ばすたぁやるじゃねえか。てめえ随分と変わったじゃねえかよ」

 剣崎は苦笑いを浮かべながら、江川の手を借りて立ち上がる。江川は照れながらも、いつものように淡々と言い返す。

「突然変移だよ。俺だって今石チルドレンだからな」

「へっ。確かにそうだ。オヤジが見込んだ選手にハズレはねえや。俺みたいにな」




 練習後のシャワールーム。結木の隣に、沼井がやってきた。横浜ユースで同期だった二人は、よくこうしてシャワーではちあわせる。いつものように、沼井が結木を茶化した。

「最近調子いいじゃん。次の大阪戦、スタメンあるんじゃねえか」

 しかし、結木は強張った表情のまま、言い切った。

「…あんなんじゃ、ダメだよ」

「え?」

「うちには右サイドのできる人間がどれだけいると思う?生き残るためなら、お前みたいな茶化しのないパフォーマンスを維持しないと…」

「…なんだよ、そういう返しはなしだろ」

 沼井の声色は変わったが、結木は同じ口調で沼井を見ることなく続けた。

「…俺はいつクビになってもおかしくないんだ。佐久間さんや手塚さんを、用済みと思わせるような結果を残さないと…」

 そう言ってシャワーを止めると、頭にタオルを被って出ていった。その背中から、まがまがしいオーラすら感じられた。


「おいおい。あいつなんかに憑かれてねえか?…なんか余裕ねえなあ」


「選手たちは今年一番のパフォーマンスを披露しています。大一番を前に誰を使っていいのか頭が痛い。どなたか頭痛薬を持っていませんか?」

 練習後、バドマン監督は記者に囲まれて大阪戦にむけての取材を受け、相変わらずのジョークで場を和ませていた。

「先日の大学生との練習試合でも、前節欠場した選手たちが質の高いプレーを見せていましたが、大阪戦でスタメンに割って入る存在はいましたか」

「もちろん。疲労や故障に伴って欠場が相次ぐこの時期に、そうでなくては困ります。選手が変わった途端、ピッチの力が落ちてしまうようでは、首位の座からはすぐに転げ落ちてしまいますからね」

 記者からの質問に、自信を持って答えるバドマン監督。ここ最近、報道陣の数は目に見えて増えた。神戸、大阪の知名度と実力の恩恵でもあったが、どうも和歌山がヒール側になるような扱いが少なくなかった。

「今日の記者たちは中立的ですね」

 Jリーグ専門新聞、Jペーパーの和歌山番、浜田は遠巻きに見ながらつぶやく。傍らに立つクラブのオフィシャルライターの玉川も同意見だった。

「まあ、相手さんと比べたら知名度の差は歴然だし、噛ませ犬はあったほうが記事にしやすいしな」

「…噛ませ犬が相手を噛んじゃったときは、快感ですけどね」

「だな」


「まあ、スタメンはこれから決めるわけですが、皆さんを驚かせるような布陣で、大阪を打ち破ってみせますよ」

 バドマン監督は、そう会見を締めくくった。


ここ最近は現実が忙しいのと、自宅での携帯の電波環境が思わしくないので、遅筆になっています。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ