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A契約

 尾道との死闘の末、20戦無敗と首位に居座るアガーラ和歌山。剣崎と大森を欠くが、34節はホーム紀三井寺に3位神戸を迎え撃ち、そして35節には2位大阪との直接対決を控えている。現在その大阪との勝ち点差は4。アジア有数の地力を持つ大阪が今後も失速しないことを考えると、最悪でも首位の立場でアウェーに乗り込めるのは悪いことではない。この神戸戦では、エース抜きで戦う上での選手層の質が問われることになる。




 そんな中、ピッチ外では来シーズンの戦力補強に向けた調整が進んでいた。最重要課題は現有戦力の維持であるが、なかでも問題なのが契約である。

 というのも選手契約にはある程度のルールがあり、J1で戦う場合は年俸上限なしのいわゆるA契約の選手が最低15人いなければならない。ちなみにJ2は5人で、和歌山ではチョン、川久保、村主のベテラン3人とエース剣崎、守護神の友成がそれだ。この制限ぎりぎりの人数でやりくりしているのだが、来シーズンJ1で戦うとなるとあと10人も結ばなければならないのである。

 すでに予算を確保するべく、県内有力企業にはオファーを働き掛けていて、県下二大金融のもう一方、雑賀信用金庫と御坊市と日高郡一帯で太陽光、風力などクリーンエネルギー事業を展開する中紀エネルギーカンパニー(俗称CEC)と新たに新規スポンサー契約を締結。5千万円の収入増が確実になっている。既存スポンサーも、古株の南紀飲料、吉宗銀行、勝浦水産らがスポンサー料の増額を検討していて、仮に万事が良い方に傾けば、今季と比べて2億弱の増収となる。ただそれらが決定してからでは遅い。かといってクラブライセンスの問題もあって赤字前提で切り替える訳にもいかない。強化部は連日、喧々囂々(けんけんごうごう)だった。


「さてと。A契約選手に関しては昨日である程度目処がついた。今日のお題は引き抜き防止のための複数年契約についてだ」

 今石GMの進行で今日の編成会議が始まる。終わるころはだいたい日付が変わっている。今石の場合はこれプラス来シーズンの新戦力の選別もしているので、ここ一ヶ月はクラブハウスに泊まり込んでいる。

「現有戦力のなかでも、他クラブの補強案に挙がる選手は、竹内と大森、あとは関原もサイドバック人材難のクラブにとっては喉から手が出る逸材だ。この3人に昨日の条件を複数年で提示するつもりだ」

 今石の案に、スタッフの一人が聞いた。

「複数年となると、だいたい何年ぐらいですか」

「竹内、大森は3年。関原は2年だ」

 その内容に、竹下社長が表情を曇らせる。

「しかし、関原君に複数年契約を提示するなら、久岡君にも近い条件を提示するべきでは。試合数や貢献度に差はありますが、彼も大卒ルーキーとしてはよくやっているのでは…」

「まあ、社長の気持ちもわかりますが、久岡にはA契約提示がいっぱいいっぱいです。久岡には悪いが、やるなら剣崎や友成にそれができてからです。仮にJ1から降格しちまったら、今度は高額契約がアダになって戦力外にせざる得なくなることもある。予算規模は低くできますからね」

「…まあ、囲い込むために年俸上げても、それで解雇せざる得なくなったら元も子もないですからね。複数年を結んだのなら尚更ですね。でもなんか、今石さん。ずいぶん慎重ですね。監督の時みたいに強気に出るかと思ってましたけど」

 慎重な姿勢を見せる今石GMに、別の社員が苦笑した。今石自身もまた、そんな自分を笑う。しかし、本音も吐露した。


「金で悩むのって、あんま俺のガラじゃねえんだが…改めてうちって貧乏だって、この仕事で思い知ってるよ」




 ちなみにフロントのこのやり取りは選手たちには伝わっていない。正直それどころではないからだ。昇格という大きな目標が現実味を帯びつつあるなか、目の前の試合と背後に迫る大阪のプレッシャーで、特に若い選手は手一杯の状態である。それよりも今は神戸戦と大阪戦に集中あるのみだといった雰囲気だ。



 そして神戸とのホームゲームの日を迎えた。


 スタメン発表時、ある種お馴染みとなったスタンドのどよめき。それがこの日は一層強かった。

 出場停止の剣崎と大森に加え、前節試合終了後に病院送りとなった友成、さらにトレーナーのリンカの判断で竹内と栗栖もベンチ外となり、尾道戦からおよそ半数のメンバーチェンジが施された。


スタメン


GK1天野大輔

DF21長山集太

DF2猪口太一

DF23沼井琢磨

DF14関原慶治

MF27久岡孝介

MF17チョン・スンファン

MF11佐久間翔

MF35毛利新太郎

FW46王秀民

FW18鶴岡智之



 この試合で光ったのは、11ヶ月ぶりにピッチに立った、キーパーの天野だった。的確なコーチング、空中戦の強さで神戸が見せる再三の猛攻を冷静に対応。実に試合中18本のシュートを浴びたものの、2失点に止めて喝采を浴びた。

 一方で攻撃では鶴岡の奮闘が光った。すっかり「第三のフォワード」という地位が確率しつつある鶴岡だが、やはり高さと強さは抜きん出ている。彼のポストプレーの安定感は、剣崎、竹内にはない。王の先制点をアシストすると、試合終了間際のコーナーキックで貴重な同点弾を決めた。大幅なメンバー変更でも、ほぼベストメンバーの神戸と互角に渡り合ってみせ、今季最多の1万302人の来場者を楽しませる試合を見せた。


 しかし、選手たちに笑顔は見られなかった。

 試合終了後のオーロラビジョンに映し出された他会場の結果で、大阪勝利の知らせが入ったからだ。神戸側は遠のく自動昇格圏に落胆の声がもれたが、和歌山側は「負ければ順位が入れ替わる」というプレッシャーに襲われた。



「次の大阪戦で、我々の今年の命運が決まるでしょう」


 会見で、バドマン監督はそう締めくくった。


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