FW争いの行方
2月も半ば。いくら寒くても雪とは縁遠い和歌山。そのクラブハウスの監督室で、バドマンは資料とにらめっこをしていた。そこにドアをノックする音が聞こえた。入ってきたのは娘のリンカだった。
「パパ。コーヒー入ったよ」
「おおすまない。そこに置いといてくれ」
「ねえ、何見てるの」
「これかい?残念だが、娘のお前でも見せられない、私の極秘資料だ」
ニッコリと笑い、バドマンは資料を閉じる。
「しかし、このチーム、特にFWは本当に素晴らしい。誰ひとり特徴が被らず、組み合わせ次第で色が全く違うからねえ」
「ねえ、ぼちぼちスタメンは固まってきたの?」
「うーん…それは言えないなあ。近々新聞の取材である程度答えるから、それを楽しみにしてくれないか」
「え〜、教えてくれたっていいじゃない」
膨れっ面をする娘を、バドマン監督は頭を撫でてなだめた。
「ハハハ。私は自分から秘密をばらすが、他人から漏らす真似はしたくないからねえ」
その翌日、選手たちが各々自主練習に励む中、バドマン監督はクラブハウスのミーティング室でメディア対応をした。
「チームを率いてそろそろ一ヶ月になりますが、新戦力と昨シーズンからのメンバーとの融合はどれほど進んでいますか?」
最初に質問を投げかけたのは、オフィシャルライターの玉川だ。
「決して潤沢ではない予算で非常に素晴らしい選手が揃えられ、既存のいい刺激になっている。まだスタメンが固まった訳ではないが、青写真はある程度描けていますよ」
「今シーズン、FWの新戦力はユース出身の矢神だけ。監督は現状の5人で回すと言うお考えを伺いましたが…」
「5人それぞれの特徴が違うので、スタメンを決めるのが悩ましくもあり楽しくもあり。中盤、最終ラインはある程度メドを立てていますが、肝心の2トップは…神のみぞ知る。と言っておきましょうか」
続いてJペーパーの和歌山番の浜田が尋ねる。
「キャンプからチームを見ていて、FW以上に右サイドの人選に頭を悩ませているようにも感じますが、こちらについては」
「確かに小西をコンバートさせたり、新戦力を日替わりで起用したりと、手探りなのはむしろこのポジション。FWはくじ引きのような心境だが、右サイドは消去法で選んでる状態。各々自分の持ち味をもっとはっきり見せてほしいと思いますね」
「開幕戦は去年勝てなかった富山をホームに迎えますが、選手たちの雰囲気は」
「その質問はまだ時期尚早でしょう(笑)。ただ新しいスタジアムのこけらおとしで開幕できるのは喜ばしいこと、勝てば間違いなく勢いがつきますから。このチームは勢いがつくと手がつけられないことは皆さんご承知のはず。場違いなクラブが多くいますから、少しでも勢いは欲しいところですからね」
「先程、FWの選択に迷ってるとおっしゃいましたが、それは矢神のスタメンや剣崎のベンチ外もありえると言うことでしょうか」
「無論です。重要なのは今現在のコンディション、モチベーションであって、昨年までの実績は関係ありません。同じようにMVPを獲得したからと言って、竹内を右サイドハーフで使うことも考えていませんよ」
このバドマン監督の解答は、集まった記者たちを沈黙させた。言いたかったことを先に答えられて次の質問につまり、対してバドマン監督はしてやったりの表情を浮かべた。
「昨シーズンの実績でスタメンを組むのは、みすみす相手にチャンスを与えているようなもの。受験生に試験問題を事前に教えるのと同じです。リーグ戦とは言え、同じ相手と戦うのは2回きりなのですから、いかにヒントを与えないかが重要なのです。そして選手たちには、誰が出ても同じポテンシャルを発揮できるように、開幕までに選手間の連係を高めてもらえるよう、今後もトレーニングをさせる予定です」
「神のみぞ知る…か。最後まで気を抜くなってことか」
新聞に掲載されたバドマン監督のコメントを読んで、竹内は笑みを浮かべた。
「せっかくFWでやらせてもらってるんだ。しっかりとアピール続けないとな」
「ちっ。名指しは剣崎とガミと俊也かよ。俺は五人のうちのひとりかい」
一方で西谷は、自分の名前が出てこないことに不満を抱いていた。個人名が出たのは剣崎、矢神、竹内の三人だけだが、西谷は自分の名前が上がらなかったことが悔しかった。
「真っ先に名指しされるようにしてやる。いい意味でな」
鶴岡も記事をすぐに目を通した。内心、竹内のサイドハーフ起用を期待していたが、監督が直接否定したことでその可能性はなくなった。つまり二つの椅子は五人で引き続き争うことになった。
「強敵だらけだな…。まあ、俺も高さ以外に武器を作るとするかね」
「まずは監督の頭に俺をインプットできたか…」
FW最年少の矢神も、記事を見て自らを奮い立たせた。
「最近練習試合でも調子を維持できてる。開幕までに上のみんなを…抜いてやる!」
しかし、剣崎だけは新聞を読まなかった。というか感心が湧かなかった。何をしていたのかと言うと、いつものようにシュート練習に明け暮れていた。これまでよりも数を100本増やしていた。
「お前、全然変わんねえなあ。相変わらずシュート練習かい」
栗栖は汗だくの剣崎に声をかける。剣崎は笑いながら答えた。
「たりめえだろ。9番が点を取るのは当たり前だろ」
「まあ、なかなかしびれる争いだかんな。FWは」
栗栖の言葉を聞いて、剣崎は深呼吸したあとに、真剣な顔つきで言った。
「9番はそのクラブて一番頼れるFWじゃなきゃいけねえんだ。そんな俺がベンチ外じゃクラブに泥塗っちまうのとおなじだ。だから俺は誰よりも点をとってやるさ」
「…そりゃ頼もしいや。じゃあ俺も左サイドハーフの椅子、和也との争いにケリつけるとするかね」
「おう。俺達のホットラインで、クラブをJ1に連れていこうぜ」
盟友同士は背中越しに決意を語り合った。