残り30分強
荒川の交代がアナウンスされたとき、尾道サポーターはさすがにどよめき、代わりに入ったのが竹田とアナウンスされると、今度は悲鳴っぽい驚きの声が上がった。
「よりによって竹田かよー」
「芳松じゃないのか?」
「たのむから枠入れろよホント」
「出てきて悲鳴か。まるで信用されてねえな」
同じ大学の出身である久岡が、挨拶代わりに竹田を冷やかした。
「ま、エースの交代に見合う選手じゃねえのは間違いなさそうだな」
「うるせ。俺のスピード、磨きかかってっから驚くなよ?」
そう言い放って竹田は前線に上がっていった。
元チームメートには強がった竹田だったが、内心は滝のような冷や汗をかいていた。エース荒川との交代で出たことの責任感もあるが、それ以上にチャンスをなんとしてでもモノにしなければならないという、気負いがそうさせていた。
(いい加減プロ初ゴールあげねえと…。ルーキーってもゴールに絡めなきゃクビになってもおかしかねえんだ)
リーグ戦33試合のうち、出場は今日を含めて6試合。時間にして80分弱でスタメンは無し。そしてゴールはゼロである。プレー時間を考えれば致し方ないと言えなくもないが、シュートが一度も枠に飛んでいない。前節の熊本戦では途中出場でどフリーを二度も外してサポーターの失望がうなぎ登りだった。ここで何らかの結果を残さなければ、もう出番はない。そう思えた。
「ここで勝ち越しできりゃチャラだ。なんとしてでもゴールに絡んでやる」
対して和歌山も交代カードを切る。栗栖に代え、ベテランのマルコス・ソウザを投入した。
「お疲れさん、あとは任せろよ」
「…へーへー。まあ疲れるほどはできてないんすけどね」
「同点のアシストがあったんだ。及第の出来だろ」
「ま、それでよしとしますよ」
先輩から労いの言葉を受けて、栗栖はピッチを後にする。この交代は、尾道の今日の生命線を寸断するためのものだ。汗だくで帰るやすぐにベンチに座り込んだ栗栖を見て、松本コーチはつぶやいた。
「結構消耗してますね。それだけ小原が暴れ回ったってことになりますかね」
「だろうね。関原は桂城とともによく抑えていたが、それ以上に小原は良かった。栗栖が守備をサボる選手であれば、あと2点は奪われていただろう」
「しかし、荒川が下がったのはラッキーですね。なにせうちとの相性抜群でしたから」
松本コーチの安堵に、バドマン監督も同調した。
「おそらく、代えざるを得なかったのだろう。湿度が高いピッチコンディション、執拗な猪口のマンマーク、そして次節以降に控える直接対決。これらの要素を考えれば不思議ではない」
「でも竹田ですか。芳松が来ると思いましたけど」
「確かに、エースを下げるのだから決定力のある選手を入れるのが普通だ。しかし、2トップの一角に入るなら、残された選手との相性も大事だ。DVDで確認したが、芳松は荒川とのコンビでこそ生きる。ここまでの5得点は、いずれも荒川が絡んでいる。一方で野口と組んだ場合はちぐはぐさが目立っていた」
「なるほど…。それに竹田のスピードは突出してますからね。今の猪口でついていけるかどうか」
「その辺は、マッチアップを見て判断しよう。別に猪口は疲れているようには見えないからね」
後半はまだ15分をすぎだところだ。試合は動く気配濃厚である。それを動かしたのは、御野のスルーパスだった。
「大和(竹田)さんならイケるっ!走れっ!」
前線で時を待っていた竹田は、千載一遇のチャンスに反応した。
「御野の奴やるじゃねえか!よっしゃあ、ぶち抜いてやんよ!」
チーターのような瞬発力で、竹田は一気にゴール前へ。友成と一対一になる。
(やばいっ、やらせるかっ!)
この決定機を阻止しようと、猪口はスライディングを仕掛ける。しかし、背後からかました一発は竹田の足に絡み、ペナルティーエリアで倒す失態となった。
「ったく、うちのセンターバックは慈悲深いんだな。揃ってPK与えるなんてよ」
グローブを締め直しながら、友成は皮肉をつぶやいた。
「無理に慌てる場面でもねえだろバーロー。それとも俺様が信用できなかったのか?」
「ご、ごめん…」
「ま、謝る必要ねえよ。必死こいた結果が裏目に出たにすぎねえよ」
そして友成はにやりと笑みを浮かべて歩き、つぶやいた。
「それにこれを止めりゃ、流れ呼べるしな」
ボールをセットしたのは桂城。本来のPKキッカーは荒川だが、すでに交代しているので、最もキック力に秀でた桂城に託された。
エンドが変わり、後半尾道サポーターは、ゴールの瞬間を目の前で見れる。誰もが固唾を飲んで見守る。両手を組んで祈りを捧げる女性もいる。
(そういう祈りを…ぶち壊すのが快感なんだよな)
桂城がボールを蹴った方向に友成は飛び、がっちりとボールを抱き抱える。後ろから響き渡る悲鳴が、なんとも心地好かった。一方の桂城は頭を抱えて絶叫し、ひざまづいて天を仰いだ。
「いい加減、点取れよてめえらっ!」
すぐさま友成はゴールキックでボールを前線に蹴り出した。
それを拾ったチョンが、左サイドのマルコス・ソウザにつなぐ。
「さて、老骨に鞭打って、もう一働きと行こうか」
そう言ってドリブルでしかけ、尾道の右サイドバック・好調小原と対峙する。
「やろっ、やらすかよ」
向かってきた小原に、マルコスは華麗なシザースを見せる。しかし、小原はつられずボールを奪いにかかる。だがそれは小原の視線がボールに集中していることを意味していた。
「つられないのはいいが、それじゃあ『木を見て森を見ず』さ」
そう言ってマルコスはヒールで後ろにパスを出す。関原が駆け上がっていて、そのまま小原を振り切り攻め上がった。関原がゴール前を見たのを感じた竹内が、橋本を一気に振り抜いた。
「いい動きだぜ、竹内っ!」
関原から良質なクロスが飛んできた。
「いけぇっ!」
竹内はそれをダイレクトボレーで押し込む。ボールは懸命に伸びた宇佐野の左手に触れることなく、そのままネットに突き刺さった。




