ベンチワーク
ハーフタイムが終わり、いよいよ試合は残り45分と少し。スカパー中継の放送席も臨戦体勢をとった。
「さて、間もなく後半が始まりますが高橋さん。改めまして前半の印象はいかがでしたか」
「いやあ興奮しましたね。お互いのキーパー、特に友成選手が特にキレてますよね。ただ追いつかれはしましたが、試合の流れ自体は悪くありませんから、尾道は気負うことなく戦ってほしいですねえ」
解説者の高橋は、前半の選手の頑張りを讃えつつ、後半に挑むかつての仲間達にエールを送る。アナウンサーはついで後半の展望を聞いてきた。
「尾道は前半終了間際にクレーベルに代わって茅野を投入した以外はそのまま。和歌山はハーフタイム後も交代はありません。高橋さん、後半はどんな戦いになると思いますか」
「基本的な戦いは前半と変わらないでしょうが、尾道の場合はパサーのクレーベルからドリブラーの茅野君に代わりましたから、中央から切り崩す場合は荒川さんが少し下がり目のポジションをとるんじゃないでしょうか。今日は桂城だけでなく小原も右サイドで効いているので、軸はこの二人になるでしょうねえ」
「和歌山対策としてはどう考えでしょうか」
「どのタイミングで守備のカードを切るかでしょうね。モンテーロも橋本君も前半からかなりマンマークで消耗してますから、次カードを切るとしたらそこのところを動くでしょうね。ただ同点、あるいはビハインドで進んだ場合は、疲れた選手に代えてスピードとスタミナのあるフォワードの二人を入れるんじゃないですかね」
高橋がある程度話し終えたところで、ピッチリポートが入った。
「浅井さん、よろしいでしょうか」
「はい宮島さん。お願いします」
「それではハーフタイムでの両監督のコメントです。まずは尾道・水沢監督は『主導権を握れている。後半も積極的に攻め上がろう。ディフェンスはバイタルエリアのスペースをケアしよう。相手を恐れず最後まで走り切ろう』とのことです。一方の和歌山・バドマン監督は『残りの45分、全力で攻め切ろう。打てると判断すれば距離を意識せずにどんどんシュートを打って揺さぶろう』。以上です」
放送席が視聴者に向けて情報を発信している最中、和歌山ボールで後半が始まった。
開始早々、尾道のセンターバックコンビは、目の前の標的の変化を感じ取った。
『前半より、ぎらついているな。かなりハッパをかけられたか、剣崎は』
「竹内って、もっと冷静なイメージあったけど、なんかこの後半一味違いそうだな」
「ああいわれて黙っちまったままなら、俺に9番つける資格なんざねえ。勝ち越し点、ぜってーぶち込んでやるっ」
剣崎が意気込みを口にしている傍らで、竹内もまた気合を入れていた。
(これは俺がストライカーとして生きていけるかどうか、それを試されてる気がする。だったらやるだけだ。俺だって生粋のストライカーだってこと、証明してやる)
試合は和歌山が主導権を取り戻しつつあった。監督のゲキに奮起した2トップが、味方からボールを受けるたびに積極的にシュートを放っていった。いくらマークにつかれようが、体勢が不利であろうが、構いなしにシュートを打つ。それがいずれも枠に飛ぶのだからすごい。
「くっそ、今日は俺が忙しい日だぜ」
セービングでボールをはじき出しながら宇佐野はぼやく。剣崎たちのシュートだけならまだしも、時折栗栖や佐久間も打ってくるのだからなかなか面倒くさい。
(やべえな。剣崎も竹内も、どんどんいい体勢でシュート打てるようになってきてる。モンテーロもハシさんもぼちぼちきてんのかな・・・。何とか勝ち越し点、取ってくれよ前線・・・)
宇佐野の願いはしかし、前線の選手になかなか届かない。やはりクレーベルを茅野に代えたことが、少なからず影響しているようだ。得意のドリブルでチョンを振り切れるシーンは何度かあったが味方のフォローが遅く、結局ボールを失ってしまう。小原や亀井がロングボールを放り込んだりするが、野口はなかなか大森に競り勝てず、荒川も猪口のマークに手こずり続けている。
「はは、やるもんだな小僧。この俺に仕事をさせないってよ」
「前半も言いましたよ。高さは後付できませんから、こういうテクニックを磨いたって」
野口はともかく、荒川が猪口のマークに手こずっているのは、猪口の技術の高さ以外の要因がある。
(くそっ!テーピングやり直してもらったってのに・・・。どうもイメージどおりにいかねえ)
ハーフタイム中、神田フィジカルコーチが危惧したように、荒川の脚が限界に来ている証拠だった。
案の定、ベンチでは神田コーチが水沢監督に進言していた。しかし、佐藤コーチが反論していた。
「今秀吉を下げるわけにはいかん。試合は膠着しているし、それを打破できんのは和歌山戦で相性のいい秀吉しかいない」
「荒川の存在感が大きいのは認めます。しかし、我々は残された直接対決に全力を注ぐべきです。この試合の勝ち点は3しかない。しかし直接対決での勝利は6の重みがある。無理させず、次に向けたほうがこのチームのためです」
「しかしこの試合も因縁があるんだ。それを・・・」
「このチームは昇格したいんでしょう?だったらJ1に上がってからでも払拭できるでしょう。今は優先順位が違います」
一歩も引かない両者。指揮官が仲裁するように神田コーチに聞く。
「・・・。今の秀吉のコンディションは、どんな状態だ」
「万全を10として2か3。しかもテーピングと痛み止めに頼ってそれです。向こうの2番とああいう競り合いを続けていたら、たぶん次の千葉戦かその次の京都戦で長期離脱の羽目になります」
「想像以上にひどいな」
これは監督も予想しないようで、思わず声を上げる。先ほどまで食いついていた佐藤コーチも、さすがに声を出せない。
「・・・。この交代で、秀吉のコンディションはどれぐらい戻せる」
「スタメンは無理です。しかし、切り札としてフルに稼動できるように調整させます」
指揮官の腹は決まった。
「佐藤コーチ。竹田、アップを急がせろ」
「・・・監督」
「竹田は練習でも動きがよかったし、野口との連携もいい。今投入すれば効果は期待できる。それに、向こうのボランチを意識していて、今日の試合になんとしても出たいって気概があった」
「確かにそうですが・・・」
「いつまでも秀吉に頼って入られない。今の秀吉に頼ったままでは、J1に通用しない。かけてみよう」
「・・・わかりました。水沢監督が決断したなら、私はそれを選手に伝えるだけです」
尾道はここで二枚目の交代カードを切る。第4審判が9番のボードを掲げたとき、秀吉が苦笑いを浮かべたのは言うまでも無い。




