DVDデッキ五台
佐久間からのクロスに、ファーサイドの剣崎がまず反応し、モンテーロと激しく競り合った。しかし、ここはモンテーロが勝ってヘディングでクリアされた。
「クリア半端だっ!セカント早くっ!」
宇佐野のコーチングに反応した橋本がクリアを試みるが、マークしていた竹内のほうが早くボールを拾い、一旦後ろに下げる。佐久間が走り込んで来ていたからだ。
「そらよっ!」
佐久間の強烈なシュートは、しかし宇佐野の守備範囲で右手一本で弾き出す。そこに今度は栗栖が二の矢を放ってきた。
「なろぉっ!」
逆をつかれた宇佐野だったが、懸命に左手を伸ばす。辛うじて指先が触れてコースが変わり、ボールは枠の外へ。コーナーキックを与えることになったが、とりあえず事なきを得た。
守護神が見せたファインセーブに、サポーターは歓声をあげ、宇佐野もどうだと言わんばかりに雄叫びをあげてガッツポーズを見せる。
(どうだこんにゃろ!簡単にゴールは割らせねえぞ…ん?)
どや顔で栗栖を睨みつけた宇佐野だったが、違和感を覚えた。止められた栗栖は悔しがるどころか、安堵の表情で笑みすら浮かべていたからだ。
(…どういうことだ)
実を言えば、和歌山はこのミドルシュートは「入れば儲けもの」の類で、栗栖も佐久間も狙いはゴールではなく、宇佐野に弾かせてコーナーキックを得ることだった。このコーナーキックが、和歌山の狙いの一つだった。
その意図を伝えるために、時系列を試合前のロッカールームに遡る。
「J2を戦う上で我々には絶対の強みがある。何かわかるかね」
バドマン監督の問い掛けに、剣崎が自信満々に答えた。
「言うまでもないっすよ、得点力でしょ。得点王の俺様を筆頭に俊也に真也、鶴さんに王さん。点の取れるフォワードがズラッといることっすよ」
「うむ。その通りだ。しかし、それだけでは満点は与えられないな」
バドマン監督の評価に、剣崎は少しすねる。続いて猪口が答える。
「高さ…かなあ。あとはセットプレーですか?」
「そこまでいけば、ほぼ正解だ。我々はコーナーキックでの得点力はリーグでは絶対の武器となっているのだよ。そして、今日の尾道戦においても有利に働くのだ」
指揮官はペンを取ると、ホワイトボードに自分の意図を描く。
「我々がコーナーキックを得た場合、今日の尾道のセンターバックの一人、モンテーロは剣崎で手一杯だろう。橋本では抑えきれないからね」
「でも監督。だったら大森には橋本さんがつくでしょ。それに野口が守備に来るんじゃ…」
竹内の指摘を、バドマン監督は一笑に付す。
「その心配はない。野口が先発に固定されてからの試合、そのコーナーキックのシーンだけを凝視したが、パワープレー対策や攻撃の時以外はカウンターに備えて一人敵陣に残っている。それに、センターバック以外はゾーンで守るのが尾道のディフェンスだが、クレーベルはその意識が低い。彼が加入してからのコーナーキックの失点は、彼のカバーミスがほとんどだからね。クロッサーが控えているのは、逆に言えばスタメンの守備力に不安を抱えているからさ」
そしてバドマン監督は言い切った。
「前半でビハインドとなった場合は、キーパーの宇佐野が弾けるシュートを打て。浅い時間にコーナーキックを得られれば、九分九厘追いつける」
ボールをセットした栗栖は、ゴール前の味方を見る。剣崎のマークには予想通りモンテーロ、一方で橋本は竹内をマーク、大森は亀井とクレーベルに挟まれてはいたが実質フリーだ。
(監督が九分九厘っつったんだ。決めなきゃ笑い者だぜっ)
栗栖が振り抜いた左足から、コントロールされたボールが打ち上がる。標的は大森だった。慌てて亀井がマークしようとするが呆気なく弾き飛ばされ、万全の体勢で大森はヘディングシュートを打った。好セーブを見せていた宇佐野も、これは止められなかった。
「うっしゃあ、同点に追いついたぜ!こっからボコリに行くぜっ!」
剣崎が自分を含めた味方全員を鼓舞するように叫び、呼応するように和歌山イレブンが息を吹き返してきた。
そんな和歌山の動きに対し、基本的に慎重な水沢監督は攻め手に出た。
「佐藤コーチ、茅野にアップを急ぐように指示してくれ」
「えっ?茅野、もう使うんですか」
「ああ。クレーベルを下げる」
水沢監督の決断に、佐藤コーチは驚きの声をあげた。水沢監督は交代の意図を告げる。
「今のコーナーキック、間違いなくクレーベルの課題に付け込んだ動きだった。おそらくうちの弱点をバドマン監督は知っている」
「し、しかしまだ前半ですよ。茅野を使うのは早すぎます。それに、クレーベルの動きも悪くありませんし…」
食いつく佐藤コーチに、水沢監督はぽつりと告げた。
「…バドマン監督は来日してからDVDデッキを五台壊したそうだ。試合の映像を見るためにな」
「五台…。たった半年で」
「それだけ試合を見尽くしているんだ。うちの弱点もほとんど筒抜けだ。まだ二ヶ月もいないクレーベルの弱点をついてきたぐらいだからな」
さすがに佐藤コーチも、それ以上の反論をやめた。
「…わかりました。ペースを上げるよう言ってきます」
「ああ。交代が認められ次第、すぐに行く。急がせてくれ」
前半40分、尾道ボールのスローインとなった際に交代が認められた。下げられたクレーベルは不満を喚いて通訳に付き添われてロッカールームに消えた。
「動いてきましたね、水沢監督。前半でカードを切るなんて、なかなか大胆ですね」
「いや、松本君それは違う。水沢監督はいつもどおり石橋を叩く采配を振るったよ」
バドマン監督の否定を、松本コーチは理解できず、聞くとバドマン監督は答えた。
「我々はむこうの最も突きやすいスキをついて追いついた。だからそのスキを塞いだ。同じように突かれないために」
「しかし、茅野をもう使ってきましたよ」
「それも当然の措置だ。山田を投入すれば攻撃を司るのが桂城だけになってしまう。まだ試合はどう転ぶかわからないしね」
試合はその後互いにチャンスを迎える。尾道は代わったばかりの茅野がドリブルで中央を突破し、左サイドの御野にパス。御野は長山を振り切ってクロスを送ると、これを野口がヘディングシュート。しかし、ボールは枠を捉えずゴールキックになる。
アディショナルタイムなしと表示されての前半ラストプレー、友成のゴールキックが糸を引いたような弾丸ライナーで飛び、裏へ抜け出した竹内の足元に収まる。竹内は橋本と競り合いながらボールをキープし剣崎へ。剣崎は瞬発力を活かしてモンテーロを振り切りシュートを放つがこれも枠の外。
ここで前半が終わった。




