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倍の背番号

「タクト。今日お前、随分入れ込んでんな」

「あ、…わかりますか」

「俺をそんじょそこらの年寄りと一緒にすんな。若造の目の色なんてすぐにわかるさ」

 キックオフ直前、センターサークルにボールをセットした荒川は、相棒の野口を茶化す。野口の気合いの入れようを感じていたからだ。その理由が相手の背番号9であることもわかっている。

「あいつより背番号の数字は倍ですけど、試合でも倍の活躍をしてみせますよ」

「てことは、俺の倍でもあるわけか」

「…。まあ、そういうことですよ」

(成長したな…。このあおりに、堂々と答えやがって。やっぱ俺より点とってるだけあるな)

 自分の10点に対し、成長著しい生え抜きストライカーの野口はここまで15得点。今やJ2を代表するフォワードとなった彼からは、チームを引っ張ろうとする自覚も感じられた。




 一方で対峙する和歌山の2トップも、野口の成長を今の時点で感じられた。

「剣崎。野口のやつ、すげえ成長だな。雰囲気がまるで変わってるぞ」

「はっ、どうってことねえよ俊也。今俺は得点王まっしぐらだ。違いを見せ付けてやりゃあいいだけだ」

「…まあ、あいつだけが成長してる訳じゃないからな」

 ニヤリと笑みを浮かべる竹内。彼もまた、ストライカーとしての火が心に付いていた。

「そういうこった。今日もやってやんぜ」



 主審のホイッスルが高らかに響き、荒川は野口にボールを渡す。受けた野口はいったん自陣にボールを下げ、ブラジル人ミッドフィルダーのクレーベルがそれを預かった。


『さあて、それじゃ今日も遊ぼっか』

 まだ幼さの残る顔付きから、子供のようにつぶやいて周りを見渡すクレーベル。そこにチョンが猛烈にプレスをかけてきた。

『うわぁこわいこわい。韓国人って血の気多いって聞いてたけどそのまんまじゃん』

(このガキ…。監督の言ってたように、確かにスキがない。これは少し骨が折れそうだ。さて、どう封じるか)

『イデ!ちょっと頼むぜっ』

 チョンがあれこれ思案しているさなか、クレーベルは左サイドのイデにパスを出す。受けたイデはそのまま左サイドをドリブルで突破する。

「図に乗んなよ、あんまり俺を甘く見るなよ」

 対峙する佐久間はそう叫びながら威嚇したが、悲しいかな、守備に課題を残す選手が抑えられるような相手ではない。あまりにもあっさりかわされると、バックスタンドから嘲笑が漏れた。

「…俺ここんとこマジで影薄いな…」

 走り去るイデを見ながら、佐久間は思わず本音を漏らした。

 イデは中央の野口にパスを送り、野口もそれをすぐに右サイドの桂城に繋ぐ。桂城は関原の執拗なマークにあいながらもボールをキープ。時間を稼ぎ、小原が駆け付けるのをまった。

「ヘイっ!」

「遅ーよ、頼むぜ」

 小原の要求に応じ、桂城はパスを送る。受けた小原は鋭いクロスをゴール前に上げた。中では荒川が待ち構えていたが、荒川が飛び込むよりも早く友成がジャンプ一番でこれをキャッチした。

 ボールが悪かった訳ではない。荒川は猪口に邪魔をされて飛び込めなかったのだ。


「おまえ、脱いだらすごそうだな。去年までうちにいたキヨシ(有川貴義、現横浜)がつぶされたってのがよくわかるよ」

 荒川はゴールキックで飛んでいったボールを見上げながら、猪口に声をかけた。リーグ随一の小兵は、得意げに語った。

「それができなきゃ、サッカー選手として生きていけませんよ。身体をごつく出来ても、身長はもうほとんど伸びませんからね。それに練習では剣崎を相手にしてるんですよ。他のチームのフォワードなんてどうってことないですから」

「好青年みたいな面してよく言うぜ」

「それくらい我が強くないと、プロとして戦えないですよ。海外で戦って来た荒川さんなら釈迦に説法でしょ」

「違いねえ」


 試合はホームの大声援(といっても6千前後は微妙・・・)に後押しされて、尾道のペースで進む。効いていたのはやはりクレーベルである。夏の移籍市場で7月末に加入したばかりのゲームメーカーは、情報不足も会って相手のマークがゆるく、ただでさえ桂城という厄介な存在がいたところにこれである。面白いように前線にボールがつながり、そのたびに和歌山のセンターバックと尾道のストライカーが肉弾戦を見せる。特に野口と大森のマッチアップは何度も歓声が上がった。そんな最中の前半23分だった。


「うわっ!」


 大森と激しく競り合う中、野口はペナルティエリアで倒された。主審が笛を吹きながら駆けつけ、PKを指示する。カードの可能性に肝を冷やしたが、不可抗力と判断されて注意だけで終わり、大森は胸をなでおろした。しかし、尾道にとってのどから手が出るほどほしい先制点のチャンスだ。当然荒川が蹴る。


「さてと。俺が今までサッカーやってて、一番いやなキーパーとのご対面か」

 ぼやきながら、荒川は友成と対峙した。キーパーとしてはかなり小柄の部類に入る友成。いつもよりゴールのスペースは開いているはずなのに、どういうわけかかえって決まる気がしない。それが友成が守護神たるゆえんである。

(オーラで勝負できるキーパーなんざそうはいねえ。だが、決め手こそエースだ。周りはタクトの成長で「世代交代」なんて簡単にぬかすが・・・。俺はまだまだバリバリだぜ)


 しかし、本人の決意と裏腹に、勝利の女神が余計なことをしてくれた。この試合、まるで吹かなかった風が、荒川が助走をつけた瞬間だけ吹き付けた。そして一粒の塵をゴールを見据える荒川の目に入れた。

(うっ!)

 蹴った方向に友成が反応していた。それでも荒川には決める自信があった。しかし、塵が目に入ったことで一瞬気がそれ、十分にボールをミートできなかった。友成の手が届く範囲までコースがそれたのだ。

「つめろっ!!」

「クリアしろっ!!」

 攻める側と守る側の叫びが交錯する中、守る和歌山の関原が大きく蹴りだし事なきを得た。


 このPK失敗が、今日の尾道に付きまとうことになる。

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