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劇薬投入

「しまったっ!」

 あっさりと抜かれた三上は声を上げたが、瞬く間に御船はアタッキングサードに侵入。ゴール前に立つ味方FWにクロスの狙いを定める。

(ファーの常葉さんには15番(園川)、ニアのニコルスキーには5番(大森)か…。ここはシンプルに近くに行くか。競り勝ってくれよっ、ニコル)

 御船が上げたクロスは、長身のブルガリア人ストライカー、ニコルスキーに向かって飛んだ。ニコルスキーと大森、反応の早さもがたいもほぼ互角。見応え十分だった。

「ぬおっ」

「クアッ」

 競り合いながら懸命にボールをたたき落とすニコルスキー。が、落ちたボールには誰も反応できず、友成にキャッチされた。この日、トップ下で先発した大卒ルーキーの石原は、ニコルスキーのサポートに来ていたがこぼれ球に詰め寄る心構えができていなかったようだ。


「あーぁ、何やってんだよ石原ぁ」

「すぐ詰めてりゃいいのに…ぼーっとしやがって」

 先制のチャンスがフイになり、アウェーゴール裏席を陣取る東京サポーターから愚痴がこぼれる。

「…石原もそうだけど、初田とか久木坂とかいろいろシャドーまわしてるけど、なんかみんな頼んねえんだよなあ」

「まだ小宮のほうがマシなんじゃねえ?ニコルスキーと御船との連携もいいしよ」

「でもあいつ今ダメダメじゃねえか。かえって試合壊しかねねえぜ」

「…でもよ、たったワンプレーで点取るってなったら、まだ可能性なくねえかなあ…」





 そんなサポーターの思い、当の小宮は嬉しさよりも不満に思っていた。

(普段はボロクソ叩くくせに、何かあったら俺を頼りやがる。俺は神社の神様かよ。勝手に祭り上げて勝手に叩いて勝手に頼る。ウンザリするぜ)

 小宮の気持ちは、完全に切れている状態だった。ユース時代から神格化され、五輪代表で結果を残せず、果ては昇格できなかった途端、責任を一身に押し付けられる。普段の言動が起因しているが、常に色眼鏡をかけたまま自分を評価を下す周りにすっかりモチベーションをなくしていた。


(今あいつらは、どんな景色見てんだろうなあ)


 どんな欠点があっても、一選手として評価され、今この瞬間を自分自身のプレーに集中している剣崎たちが、小宮には羨ましかった。





 試合は30分を過ぎたが、ありがちなもどかしさがピッチに蔓延しつつあった。ボクシングで言えば「3−0の判定勝ち」と言える展開。だが、サッカーの場合はボール保持率がいくら高かろうがシュートゼロに終わろうが、しょせんスコアレスドローであることに変わりはない。バドマン監督は、強烈な特効薬の注入を決めた。

「松本君。内村を用意してくれ。40分を過ぎたら行く」

「へ?前半でですか?」

「三上と交代させて、そのままサイドバックでプレーさせる。はっきり言って、御船に対して三上では役不足だ」

「…また随分と強力な劇薬ですね。監督って、危険物取扱の免許持ってましたっけ?」

「いや。無免許だ。しかし、すでに怪物を取り扱っているのだから問題なかろう」

「確かにそうっすね」

 指揮官との対話を、松本コーチはすっかり楽しめるようになった。



「およびですかい、監督」

 松本コーチに呼び出されて、内村はすでにビブスを脱ぎ、ユニフォーム姿だった。

「うむ。サイドバックに入ってもらおう。御船を止めてくれ」

「ほへ。冗談でしょ。俺は両膝にダイナマイト抱えてるんすよ?」

「問題ない。蒸し暑いピッチの上では、導火線に点火できまい」

「それだけですか?」

「私の、口からの要求はね。後は言わずもがなだ」

「…へいへい。風穴ぐらいなら開けてきますよ」



 前半41分、東京の選手がピッチからボールを出して試合が止まる。和歌山の交代が認められ、三上が肩を落として戻ってきた。

「おつかれさん。まあ、これも勉強よ」

 内村は笑みを浮かべて三上を励ました。三上は続いてバドマン監督からも労いを受ける。

「なぜ交代されたかは理解できているね。しかし、君の攻撃センスは素晴らしかった。今日の苦味を忘れず、引き続き精進したまえ」

「ウス。すいませんでした」

 三上はそのままベンチに腰を降ろした。隣の矢神が声をかけた。やや、辛辣に。

「いくら攻撃がノッてたからって、裏のケアほったらかしはねえだろ。それじゃ佐久間さんの劣化版だぜ?」

「へこんでるとこにその言葉は結構グサッとくるねぇ〜」

「まあ、またあの人のプレー見れるんだ。しかもピッチレベルで。滅多にお目にかかれないプレーヤーだ。しっかり見とこうぜ」

「内さんのプレーか。参考にできるかな…。俺別に訳わかんなくなるつもりないんだけどなぁ」

 矢神の促された三上だったが、内村の凄み以上に変人ぶりの印象が強く、いま一つノリは悪かった。


 一方、ピッチの選手達は敵味方問わず緊張感が走った。敵は当然内村のファンタジスタぶりを知っているからであるが、味方もまた、容赦ないキラーパスを見逃すまいと神経を集中させる。少しだるさが出ていたピッチの空気が、再び張り詰めた。

「いいねえ。またしまってきたじゃないの。そいじゃこの空気をゴールに繋げますかねえ」

 友成からのパスを受け、ピッチを見渡した内村はそうつぶやいた後、いきなり逆サイドの栗栖を走らせるロングパスを放った。

 それが合図だった。


「来ると思ったぜ。しかもかなり強烈なのをよっ」

 間一髪のタイミングでボールをキープした栗栖。虚をつかれた東京の最終ラインは、一気にアタッキングサードに侵入を許したが、右サイドバックの後藤田の寄せは速かった。

(狙ってる暇ねえな。どっちかが何とかしてくれっ!)

 栗栖はそんなメッセージを込めたクロスを、ゴール前に打ち上げた。


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