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悩みの種の処方箋

 1月15日。全クラブで最も早いキャンプを打ち上げた翌日、アガーラ和歌山は和歌山市内で新体制発表会見を行った。

 会見にはバドマン監督と今石GM、そして関原、久岡、矢神ら新加入選手が出席し、新シーズンへの抱負を語った。今石GMは締めくくりに「昇格に向けて可能な限りベストな戦力を揃えられた。シーズン途中の補強が不必要ですむように、全員力を出しきって昨年のメンバーを脅かしてほしい」と期待を込めた。

 そして、数日間のオフを経て、再びキャンプを始めた。

 二次キャンプは再びクラブハウス近辺で実施。メニューは、連日メンバーをシャッフルしながらの紅白戦ばかり。二勤一休のペースで選手たちは精力的にアピールした。

 とりわけ競争が激しいのはFW争いだった。

 エース剣崎がゴールを重ねる一方、西谷が果敢なドリブルで再三バイタルエリアをえぐり、矢神も類い稀な得点感覚を発揮。一次キャンプの紅白戦以降は2トップの一角で起用されている竹内は、高い位置での守備から一人でカウンターを決める技術の高さを拾う。日本人Jリーガー最高峰FWの鶴岡も絶対的な高さでセットプレーのチャンスを確実に活かしている。

「五者五様…といったところね。少なくともFWは質量ともJ2でナンバーワンかもね」

 メモをとりながら、Jリーグ専門新聞「Jペーパー」の和歌山番・浜田友美はつぶやいた。自分の担当するクラブに、明快な売りがあるのは胸踊るものがある。

「得点戦隊トレルンジャー…なんてね。ちょっとダサいかなあ」

 ふと思いついたネーミングを考察しているなかで、番記者として気になることがあった。

「右サイド…大丈夫なのかしら」


 浜田の疑問は、バドマン監督の悩みの種だった。佐久間、長山、結木に加え、怪我が癒えた小西やルーキー三上、新外国人のランデルとあらゆる組み合わせを連日試しているが、いま一つ決定打に欠けていた。

 特にバドマン監督は右サイドバックの人選に頭を悩ませていた。守備がやや疎かになりがちな佐久間を一列前のポジションに付けたいのだが、代わりに当てにしていた長山は攻撃面に課題が多く、ランデルは時折致命的なミスを犯すなど安定感に欠けた。

「今のところは三上が有力だが…まだまだ消去法で選んでいる段階だ」

 練習後の首脳陣だけのミーティングで、バドマン監督はため息をつきながらぼやいた。

「三上のサイドバックも面白いが…勢いがそのままプラスになりやすい攻撃ポジションとは違い、守備的なポジションはある程度の経験とフィジカルが必要だと私は考えている。去年のチームを見ていたコーチの皆さんは、なにかいいアドバイスはないかね」

 コーチに対して意見を求めたが、松本と宮脇では考え方が違った。

「私は三上の起用はアリだと思っています。確かにまだ体は華奢だし経験も浅いけど、それを言ってしまったら去年の剣崎たちもそうですよ。うちのユース上がりは、二流ヘタな大学生よりはメンタルも体力もありますし、うまくいけば化学反応あるんじゃないですか」と、去年の例を上げて三上を推す松本コーチ。

 対して宮脇コーチは「俺は去年通り竹内をサイドハーフ、佐久間がサイドバックでいいと思いますよ。うちのカラーは攻撃力だし、去年佐久間がサイドバックになってから格段に破壊力はましたし…。別に竹内を無理にFW争いさせる必要もないんじゃないっすか」と、バドマン監督にチクリとしながら現状維持の案を出す。

 ただ、宮脇の意見に対して、秋川充GKコーチが真っ向から反対した。

「でも守る側からすれば、佐久間のサイドバックは不安ですよ。うちは佐久間のところから何度も崩されてるし…。昇格を目指すなら、そういう穴は塞ぐべきでしょう」

「じゃあお前は誰よ」

「僕は案外小西がはまるんじゃないかって思いますよ。運動量と視野の広さ、守備意識、そしてクロスの質。イケるんじゃないでしょうか。今年はとにかくポジション取りに特に貪欲ですから」

 秋川コーチの案には松本も賛同した。

「なるほどな。あいつは頭いいし飲み込みも早い。試してみる価値はあるんじゃないですか、監督」

「ふむ。面白いかもしれん。では今後、彼も試してみよう。いずれにせよ、2月までにはある程度メドはつけたい。長いシーズンを同じメンバーで戦えることはそうそうないが、開幕ダッシュにはメンバーの固定は欠かせないからね」




 翌日、大学生との練習試合において、右サイドバック小西は早速試された。

「背番号10でサイドバックか…。まあ、ベンチ温めてるよりははるかにマシだな」

 正直、小西の中には不本意という思いはなくはない。本音を言えば中央の攻撃的なポジションでプレーしたいのだが、大学を経てプロ入りした以上、2年目のシーズンは何がなんでもレギュラーになりたいという焦りの方が強かった。本職の選手たちが団子状態の今、その椅子を掠め取らんと闘志を燃やしていた。

「何としてもこのチャンス、モノにしないとな」


 そして小西は首脳陣の起用に対して、無失点と2アシストといういきなりの満点解答を出したのである。

 特に光ったのがアシストの内容で、1つ目は右サイドをゴールラインぎりぎりまで攻め上がり、マークについて来た相手DFを切り返しで振り切って剣崎へのピンポイントクロス。2つ目は突破した右サイドから中央のバイタルエリアにドリブルで切り込み、相手DFを二人引き付けてからフリーとなった西谷へお膳立てした。また視野の広さを活かしたポジショニングで相手のパスコースを消す守備も合格点で、秋川コーチの案は右サイドバック争いに一つの処方箋となったのだった。


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