浪花の竜と紀州の龍
大阪府吹田市のガリバ大阪クラブハウス。そこに最近新しい名物が出来た。
ボールを頭でリフティングしながら歩く選手がいるのだ。彼が岐阜戦で4ゴールデビューを飾った逆輸入ストライカー、櫻井竜斗である。
「いやあ皆さんよろしく。この機会に覚えてくださいな」
そういいながらにこやかにサポーターのサイン攻めに応じる。この時ボールは彼の背中で跳ねていた。後ろを見ることなく踵でリフティングを続けている。つまり片足立ちである。
「まるで曲芸師だな。くそっ」
その様子を苦虫をかみつぶしながら見ている選手がいた。
宇治木尚人。今季ドイツから復帰した、クラブの至宝とうたわれたドリブラーだ。クラブの夏の補強の目玉として帰ってきて、初陣の岐阜戦でゴールを決めたものの、早々と櫻井にお株を奪われすねていた。
「そうすねんなって。お前もよくやっとるよ」
「新藤さん…。でもやっぱしゃくですよ。まるで遊び感覚でプレーしてるから」
「ああ。守備の意識はかなり薄いな。しかし、それでいてきっちりとゴール決めてるし、ボールキープも上手い。岐阜には悪いが、J2レベルじゃ奴からボールとるのは無理や」
「なんかやっかいっすね。基礎がまるでなってないけど」
「全てのスポーツはまず遊びから入るもんや。下手に基本叩き込むよりかは肌におうたんやろ」
新藤の言うように、櫻井が本格的にサッカーを始めたのは中学に入ってから。それも試合の時だけ部活に現れる幽霊部員であった。彼はとにかく人から教わることが大嫌いで、何事も独学で取り組むのが好きだった。リフティングは勿論、ボールを扱うテクニックは十中八九テレビの見様見真似で習得。実際出場した試合では勝敗度外視のパフォーマンスを披露し、地域ではちょっとした有名人で、個人技だけならジュニアユースレベルをも凌いだ。
その才能に食いついたのが、現役引退間もなかった和歌山の今石現GMだった。ユースの試験を受けさせ、十分合格点のパフォーマンスを披露したのだか「本場でやってみたい」と中学卒業後に単身ブラジルに渡りストリートサッカーに興じた。これが彼のサッカー「選手」としての才能を引き伸ばしたのだった。
「しかし、やっぱまれにいるんすね。天才ってやつは」
宇治木が遠い目をしながらつぶやいた。視線の先にはサイン攻めの輪が解け、再び頭でリフティングを始めた櫻井がいた。
「櫻井って久々に聞いたけど、まさかまた会うことになるとはな」
「しかもブラジルのⅠ部選手権でストライカーとしとの株を上げての凱旋帰国だ。相当だよね」
ところ変わって和歌山県紀の川市のアガーラ和歌山のクラブハウス。食堂で友成、猪口らユース出身者が櫻井を話題に挙げていた。
「岐阜戦の映像、GMに見せてもらったけど、個人技に磨きかかってて別次元だったな。相手してるのもプロなのに、まるで素人みたいに棒立ちだったからな」
他人を滅多に褒めない友成が、櫻井への感嘆を口にする。なぜならユースの入団テストにおいて、2ゴールを決められたという苦い記憶があるからだ。
「あいつがうちに来たとしたらどうなってたんだろうな。まったく俺達の世代は、とんでもない化け物があちこちにいるね」
苦笑いを浮かべながら、猪口は冷えた麦茶を飲み干した。
「誰だっけ?そいつ。覚えてねえよ」
一方、剣崎は相変わらず的外れな反応を見せた。
「…他人に無関心っていうのも考えもんだな。つーかああいうやつはそう簡単に忘れるようなやつじゃないと思うがね」
練習に付き合っていた栗栖も、いつものように呆れていた。一方、櫻井を知らない矢神が尋ねる。
「クリさんから見て、その…櫻井さんってどんな選手なんすか?」
「どんな、か。うーん…遊び人っていうのが一番しっくりくんな」
「遊び人…すか?」
意味がわからず矢神は聞き返す。
「まあ、友成と同じようにサッカーちゃんと始めたのは中学かららしいけど、とにかく上手かったが…参考にはならない上手さだったな」
「別次元って意味で、ですか」
「いや、なんつうか『自分』がなかったな。テレビでスター選手が時々見せる曲芸あんじゃん。アレのマスターが得意っつってたな。だから見せるプレーのほとんどが『どっかで見たことある』って感じ」
「でもそれが逆輸入ストライカーなんて言われてんでしょ?向こうでなんかあったんすかね」
「関係ねえよ、んなこたぁ」
そこに剣崎が横槍を入れる。
「逆輸入だがなんだか知らねえが、国産の俺のほうがすげえってことを教えてやるまでよっ」
そう言いながら、剣崎はシュートを叩き込んだ。
剣崎龍一と櫻井竜斗。形は違うが二人とも想像上の動物が名前に入っていて、背番号9を背負うストライカー。互いのことは分かっていないが、第28節はこの二人で持ち切りとなる。
片や剣崎は、紀三井寺陸上競技場に札幌を迎えた一戦に臨み、1点ビハインドの展開で立て続けにゴールを決めて逆転勝利の立役者となる。片や櫻井も万博記念競技場にて京都を迎撃。まるで赤子の手を捻るように京都の守備陣をずたずたにし、二戦連続のハットトリックを達成。後半途中で退いたが、こちらも勝利の立役者となっていた。
対決を前に、両者はきっちりと結果を残したのだった。




