汚名返上
「はぁ〜…」
ロッカールームに戻るなり、王は肺活量いっぱいのため息をはいた。
「あんたロッカーの湿度上げる気かよ。下手こくのはプレーだけにしてくれ」
その前を友成は遠慮なく毒を吐く。ヒアリングは完璧な王は当然理解もできるために、垂れ下がった頭はさらに下がった。
見かねた大森が、さすがにツッコミを入れる。
「お前なぁ。王さんナーバスになってんのに、傷口に塩塗り込むまねするなよ」
だが、友成は意に帰さず言い切る。
「まだ代わるかどうかもわかんねえのに、終わったみたいな顔してたから言ってやったまでさ。取り返すチャンスは監督が交代させない限りいくらでもあるしな」
それに乗っかるように、剣崎が王の背中を叩きながら励ました。
「そうっすよ王さん、まだあと45分は残ってからよ。俺達FWなんだから点取れりゃチャラなんすからっ」
あまりに強く叩かれたので王は少し咳き込んだが、気分は幾分楽になった。
そこにバドマン監督が入ってきた。やたらハイテンションで近づき、王をねぎらった。
「いやぁ王君、君は素晴らしいプレーヤーだ。失点は残念だったが、それでも余りある活躍をしているのだから、無問題だ。後半も全力プレーを期待しているよぉ」
「ハ、ハァ…ドウモ」
「…うかないテンションだねぇ。もしかして、まだ失点を気にしてるのかい?」
「…イヤ、マア、ヤッチャイマシタカラ…」
「とんでもないっ!君が最終ラインに圧力をかけつづけたおかげで、彼らの基本パターンである後方からのパスワークを封じた。結果、彼らはこの試合シュート自体ままなってないじゃないか」
(そういえば…そうか)
「安心したまえ王君。得点を含め思い通りプレー出来ていないのは向こうだ。開始早々に必ずチャンスがくる。そこを仕留めればいい。FWはゴールを決めればオッケーのポジションだからな」
久々のバドマン節全開。指揮官が話を終えた頃、王から後悔の表情が消えていた。
バドマン監督の言葉通り、松本の選手たちは先手を取れたにもかかわらず、後半のゲームの入り方に苦労した。瓜町監督もハーフタイムでその点を指摘したのだが、どうも選手たちは飲み込み切れていない。
そこに、前半と変わらず王がプレスをかけつづけた。ミスを取り返そうと、気迫は前半以上だった。
「クソっ。こいつどんだけ馬力あんだよ」
松本のディフェンスリーダー、飯野はさすがに舌を巻いた。そして次第に松本の選手たちから、剣崎の存在が消えていった。
「剣崎を忘れるなぁっ!」
いち早くそれに気づいた瓜町監督が、テクニカルエリアで選手に向かって叫んだ。が、時すでに遅し。松本の選手の視線が自分に集まったと感じた瞬間、王はフリーになっていた剣崎にパスを出した。
「あらよっとぉっ!」
エースはきっちりと仕事を果たした。
「ナイス剣崎、ワッ」
「王さんナイスっ!」
「グッジョブ王さん!」
ゴールを決めた剣崎に声をかけようとした王だが、逆に剣崎や栗栖が祝福ののしかかり。小西や猪口も駆け付け、もみくちゃにされた。歓喜の輪が解けて立ち上がると、バドマン監督が親指を立てた右手を高々と挙げた。
この王のプレーをきっかけに勢いを取り戻した和歌山は、その後は松本を圧倒。王に代わって途中出場した矢神のゴールで勝ち越し、小西に代わって出場した三上がアディショナルタイムにプロ初ゴールを挙げ、3−1で快勝。敵将・瓜町監督もがっくりと頭を垂れ、「先制点以外にミスに付け込めなかった。格の違いを見せつけられた」と完敗を認めたのだった。
移籍選手の登録ウインドーが開けたこの日、和歌山は王の活躍で勝利を収めたが、足元のガリバ大阪はそれ以上の試合を隣の岐阜県で見せていた。
試合は5-1の圧勝。レンタル期限の延長ができずに対談したランドール、家永のFW2人に代わって入団した選手、特に背番号9をつけたブラジルからの逆輸入ストライカーは名刺代わりの4得点で衝撃を与えていた。
「櫻井竜斗、まさかあいつの名前を聞くとはな」
翌日、試合のビデオを見ていた今石GMはつぶやいた。一緒に見ていた竹下社長も驚いている。
「5年前、でしたっけ。彼もうちに入団する予定だったんでしょ?ユースですけど」
「ええ。入団テスト受けてね。とても中学からサッカー始めたとは思えないほどセンス抜群で」
「なぜ、彼は入団しなかったんですか?」
「合格はしたんですよ。でもあいつ、『同じ貧乏なら本場でしょ』っていってブラジルに行きやがった」
「そういうことが・・・。でも通用したってことはそれなりに力があったわけですね」
「ほぼど素人が1部選手権3年間で49点取ってね。・・・次の万博は荒れるかもな」




