空回り
後半戦始まってからの3試合で実に17得点と暴れ回る和歌山。しかもこの間は無失点で得失点差においても17のハンデを稼いだ。リーグ優勝での昇格というミッションにむけて、順風満帆の航行を続けているように見えた。
ただ、好事魔多しとはよくいったものだ。
二戦連続のホームゲームとなった群馬戦でハプニングに見舞われた。エース剣崎の2ゴールを守り抜いた完封勝ちを収めたものの、釣り合わない代償を払わされたのだった。
「ちくしょう、あいつらのディフェンスめちゃくちゃだろ?なんでうちばっかり担架使うんだよ」
サポーターにあいさつしてロッカーに引き上げる道中、剣崎は傍らの三好広報に吐き捨てた。
「まあ気持ちは分かるけど…、あなたがイライラしたところでどうしようもないわ」
「でも三好さん、ヌマのほうはまだしも俊也へのタックルは悪質だろ?なんでレッド出ねえんだよ。あのレフェリー節穴なんじゃねえの?」
「そういうこと言わない!ただでさえ試合後の整列でカードもらっちゃったんだから、聞こえたらどうすんのよ。言っとくけど、そこら辺の物に八つ当たりして壊しちゃダメよ」
「…っくしょうが」
普段はほとんど審判に文句をつけない剣崎が、ここまで非難の声を上げるのも無理はなかった。
この試合、和歌山は3つの交代枠のうち、2つは負傷交代だった。前半半ばのセットプレーにおいて、沼井が相手FWと接触した際に鼻を強打。出血が止まらずピッチを去った。そして後半のアディショナルタイム、ドリブル突破でキーパーとの一対一を迎えた竹内に対して、背後から悪質なスライディングを受けふくらはぎを負傷、担架で担がれて退場した。このほか、栗栖や関原、さらに剣崎自身も負傷こそ免れたがかなり痛い目にあわされた。それでいてレフェリーがカードを提示したのは僅か二回。声を荒げるのも無理はなかった。
「けっ、まあ次の試合で勝って憂さ晴らすか。とりあえず腹の虫はおさめとくぜ」
「そうしてちょうだい」
「幸い竹内は打撲ですみました。ただ沼井のほうは一ヶ月くらいと見といてください」
翌日、バドマン監督は、村尾フィジカルコーチから、負傷した選手たちの診断結果を聞いていた。
「まあ、沼井の怪我は鼻だけですんでるんで、フェイスガードをつければ再来週の試合は出れますよ」
「ふむ。…だが私はあまりそれをさせたくはない。可能な限り万全を喫してもらいたいからね。フェイスガードをつけてまで出場することを称賛するサポーターは少なくないが、休むに越したことはない」
持論を展開したバドマン監督は、すぐに自分のノートとにらめっこ。次節のスタメンに頭を巡らせた。
「何せ、8月あたりには少々厄介なカードも多いからね。7月もきっちり勝ちきりたいものだ」
そして迎えた松本戦。スタメンとベンチ入りメンバーはこれ。
スタメン
GK20友成哲也
DF31マルコス・ソウザ
DF5大森優作
DF17チョン・スンファン
DF14関原慶治
MF27久岡孝介
MF2猪口太一
MF10小西直樹
MF8栗栖将人
FW9剣崎龍一
FW46王秀民
ベンチ入り
GK40吉岡聡志
DF34米良琢磨
MF32三上宗一
MF35毛利新太郎
FW16竹内俊也
FW18鶴岡智之
FW36矢神真也
「うーむ、移籍ウインドー解禁早々に王をスタメンか。2トップは鶴岡と思っていたが」
敵将・瓜町監督は意表をついてきた起用に少々驚いた。
「竹内も打撲って聞いてましたが、ベンチには入りましたね。出てきますか」
「いや、バドマン監督は故障者に対しては過保護だ。軽症に違いないが、ベンチ入りは我々に意識させるためのフェイクさ。しかし・・・」
コーチの懸念を一笑に付した瓜町監督は、眼鏡の奥の眼光を光らせながらつぶやいた。
「あの2トップ、馬力があるから少々手こずりそうだな」
指揮官が危惧したように、松本の最終ラインはフィジカルにぬきんでた和歌山の2トップの対応に苦戦した。
「クリ、俺にパス出せっ!!」
「ヘイッ、小西っ!!」
二列目のサイドハーフがパスセンスとキープ力に長けていたことも効いていたが、とにかく剣崎と王は積極的に裏に飛び出し栗栖や小西にパスを要求した。特に王の存在は驚異で、高い位置からの守備ということでも厄介となった。松本の最終ラインは猛禽の如く襲い掛かる王に、攻撃のリズム作りもままならず、ロングボールを前線に放り込むパターンが増えた。
「大森っ」
「ハイッ!」
こうなってくると、和歌山のゴール前は空中戦がメインになってくるが、そこに立ちはだかったのが大森だ。チョンのコーチングに応じ、前方ないしサイドからのハイボールを、松本のセンターFW塩崎と競り合いながら弾き返す。
「イノっ!セカンド拾えっ!マルさんは10番潰せっ!」
こぼれ球に迫る松本FW船川に対して友成も激しく指示を飛ばし、猪口やマルコスが素早い対応を見せる。
「やるもんだ。あそこまでガツガツくると、正直最終ラインじゃ攻撃が成り立たんな・・・」
瓜町監督は、最終ラインにとって一番の脅威となっている王にうなっていた。だが、にやりと笑いもした。
「ただ、張り切りすぎだな。果たしてそれだけ動きまくって後半まで持つのかい?前半を0-0で行ければ何とかなるかな」
瓜町監督の予想は、そのままバドマン監督の危惧でもあった。
「ちょっと王のやつ、張り切りすぎですね。この試合で壊れるつもりかよ」
補足するように、宮脇コーチが呆れたようにつぶやく。
「まあ、デビュー戦で力むのは仕方ないさ。彼にとっては印象のスタートラインが違うのだからね。とりあえず鶴岡と矢神に準備をさせてくれ。後半も王で行くが、動きが悪ければ代える」
(くそ・・・。久々の実戦でちょっと飛ばしすぎた。体がもう重い)
案の定、王の身体は悲鳴を上げていた。そもそも和歌山に移籍したのは6月末だが、公式戦出場までは一ヶ月弱のブランクがあり、元のクラブでも出番を失っていたのだ。充実しているメンタルに身体が追いついていなかった。
そしてこれが致命傷となる。
前半終了間際、スコアレスの気配が漂ってきたところで松本のコーナーキックとなる。
キッカーの船川から放たれたボールが塩崎目掛けて飛んでくる。だが、友成がジャンプ一番でこれをパンチング。クリアボールは王の所に飛んできた。
(これをクリアして前半終わり・・・)のはずだったが、サッカーの女神は嫌なことをした。
「えっ?」
ボールの一個分下で、王の足は空を切った。乳酸の溜まった足がわずかに上がらなかった。したたかな瓜町監督の下でプレーする松本の選手はこれを見流さない。
「いただきっ!」
すばやく反応したサイドバックの田林がこれを掠め取ると中央の木山に横パス。木山は陣形の整わないうちに鋭いミドルを放つ。さすがの友成も逆を突かれては止めようが無かった。
松本の選手が歓喜に沸く中、王は打ちひしがれていた。その姿を見て、バドマン監督は宮脇コーチに告げた。
「二人のアップをやめさせたまえ」
何かを察した宮脇コーチは、何も言わずに指示に従った。




