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赤兎馬、再来日

沼田さんの尾道とコラボしたことが、こういう形にもなります。

「あれ?なんか見慣れない奴いるなあ」

「日本人…じゃないわよね」

「でもなんかみたことあるよなぁ」



 6月も終わり頃のある日、練習場で見学にきたサポーターは、無地のビブスを着てトレーニングに交じっている選手を見て口々に呟く。ただ、喉から出そうで出てこない答えに、渋い表情を誰もが浮かべている。



 そのしっくりこない選手は、紅白戦でビブス組のFWとしてプレー。力強いドリブルでゴール前に侵入。友成との一対一は勝てなかったが、独力でゴールをこじ開けられる力を見せつけた。



「ふむ。力を持て余しているとは聞いていたが、なるほど。コンディションは悪くないようだな」

 バドマン監督は顎をさすりながら、無地ビブスの選手を評価した。




 その時、見学者の一人が、ついに正解にたどり着いた。


「あ、思い出した。あいつ尾道にいた中国人じゃんか」



 和歌山のフロントが元尾道FW王秀民にコンタクトをとったのは二ヶ月前のことだった。

 昨年夏に故郷の中国スーパーリーグのクラブに入団したものの、放漫経営の煽りを受けて給料未払いのトラブルに巻き込まれた。新シーズンは指揮官の構想から早々に外れたこともあり、Jクラブへの移籍を模索していた。決して貧困に喘いではいないが、実家に仕送りできない現状を早く打破したかったのが一番の理由である。


 そんな彼にオファーをかけたのは古巣尾道に加え、決定力不足に喘ぐ岐阜、昇格へのギアを上げようと目論む和歌山の3クラブ。古巣には愛着があり、救世主として請われるのも気分がいい。そんな中で和歌山の今石GMはこんな言葉をかけた。

「レギュラーは保障できないし、オファーを送ってるクラブの中では一番冷遇かも知れない。ただ、うちのFW連中と勝負してみねえか?お前の持ち味ならいつでもレギュラーを奪える。自分の技術に自信があるなら来てくれ」


 闘争心を煽るような言葉に、元来熱い気質のストライカーは燃えた。和歌山FW陣の凄みは、昨年の対戦で実感はしていた。だが、自分のように独力で突破するドリブルの馬力は誰にもない。

 彼は安泰ではなく挑戦を選んだ。


「ウオォッ!」

 そして今、獲得を前提としたテストを受けている。

 この日はJ1のセレーノ大阪との練習試合。竹内と2トップを組んだ王は、積極的にゴール前に侵入。1得点という結果を残した。



「紅白戦では常にゴール前で決定機を作り、先日の練習試合では控え組中心とは言え得点も決めた。…数字上は文句の出ないところだが」

 鳥取戦前、バドマン監督と今石GMは最後の確認をしていた。獲得を前提とはしているが、正直現場は王の実力にクエスチョンをつけていた。

「パワフルさだけでなく、シザースを交えるなどテクニックもある。それに守備もサボらないし、スタミナも合格だ。だが、視野が狭いし自信故ドリブルに固持しているのが気になるな」

 バドマン監督の評価は、今石GMと全く同じだった。

「でしょうね。まあ、サッカー後進国のストライカーってそんなもんでしょ。つーか、いくら控え相手でも余剰のレギュラーをぶち抜いてゴールしたんだ。見所は十分ある。片言で日本語も話せるしコミュニケーションも問題ない。それが一番の魅力だ」

「確かに。ランデルはそれが結局アキレス腱となってしまったからね」

「それに、今の奴は出番よりも勝負に飢えてる。昇格争いを経た暁にゃ、化ける可能性だってありますぜ」




 その翌日、8−0で圧勝した鳥取戦を、今石GMは王を伴って観戦した。入団後ライバルになるであろう剣崎はもちろん、同じくハットトリックの栗栖や、脇を固める選手たちを見て、王は終始興奮気味。ただ試合が終わり、熱が冷めるにつれてこんな感想をつぶやいた。

「ココノサッカー、スゴイッスネ。容赦ナイッテ言ウカ…トニカク取レル得点ハ全部トリマスネ」

「驚いたか?まあ、先週と今日はたまたまさ。ただ、取れる点は取るってのがうちのスタイルさ。意欲を持ってりゃ、誰にだってゴールのチャンスはある」

「誰ニデモ、デスカ」

「なんせ全員のゴールへの意識が高いからな。どうだい、お前もこの中に入らねえかい」

「…」

「まあ、改めて言っておく。レギュラーの保障はねえ。しかし、お前が一皮むける環境であることは保障する。かかってこい」





 それから3日後、王は和歌山入団を決めた。その際、尾道の林GMに連絡を入れた。


「そうですか…。残念です。また会える日が敵としてとは、少し寂しいですね」

「…スイマセン。スグニ連絡イタダイタノニ」

「いえいえ。あなたは選手として当然の決断をしただけ、謝る必要はありませんよ。…尾道戦、楽しみにまってますよ」

「…ハイ、頑張リマス…」

 林GMの言葉に、王は涙が止まらず、電話口で何度も頭を下げた。



 そして、入団会見の場で言い切った。

「目の前の相手を打ち破って、必ず和歌山を昇格させる!」


二つ返事してくれた沼田さんに感謝です。

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