今季最高齢
16勝3敗2分。昇格戦線のダークホースと目された今年のアガーラ和歌山だが、結果は首位ターンというこれ以上ない前半戦となった。
ただ快進撃の感慨に浸る間もなく、J2は後半戦に入る。中断期間のないJ2には、前後半の概念はないのかもしれない。
仕切り直しの第22節はおよそ一月ぶりのホームゲームで、千葉を迎え撃つ。
「そろそろ剣崎と友成を休める時にあると思うが、みんなの意見を聞いておきたい」
首脳陣ミーティングで、バドマン監督はコーチたちに尋ねた。というのも、村尾フィジカルコーチが指揮官に警鐘を鳴らしたからだ。
「剣崎も万全とは言えませんが、正直友成はいわゆるランナーズハイみたいな状態なので、どこかで歯止めかけないと…」
「私としては軸である二人を外したくはないが、選手は身体が資本だ。取り返しのつかないケガに繋がっても困る。私としてはどちらかを外すに止めたいのだが…。松本君、宮脇君、秋川君。君達の意見を聞きたい」
村尾コーチは「どちらかと言えば友成を外すべきだ」とすでに進言しているが、これにGKコーチの秋川は反発する。
「確かに友成はケガの危険性が高いかもしれませんが、キーパーをそう簡単に代えていいとは思えません。プロ野球でもキャッチャーがころころと代わるチームは弱いでしょ?」
ただ宮脇が、秋川の意見を非難する。
「四番打者の方が代えがきかねえだろ。それに今シーズンの守備陣の安定は、最終ラインがあってこそだろ。剣崎抜きの得点力の方が俺は心配だ」
この二人の中間が松本の意見だ。
「いや、いっそ二人とも外せばいいでしょ。そもそも、うちは剣崎と友成のツーマンチームでもないし、ケガや累積でそうなることもありえるんだし」
「なるほど…松本君の意見はもっともだ。確かに、ケガはともかく累積での出場停止は今後もありえるからね。試してみる価値はある。…うん、それを採用だ」
唸ったあと、バドマン監督はぽつりとつぶやいた。
「千葉サポーターを怒らせるかも知れないがね」
という訳での第22節のスタメンが次の通りである。
GK40吉岡聡志
DF21長山集太
DF23沼井琢磨
DF6川久保隆平
DF13村主文博
MF17チョン・スンファン
MF31マルコス・ソウザ
MF11佐久間翔
MF10小西直樹
FW18鶴岡智之
FW35毛利新太郎
ズラッとならんだベテラン勢。平均年齢は今季最高齢である。ベンチ入りメンバーも主力と言えるのは剣崎、猪口ぐらいで、関原、友成らはベンチ外だった。当然、100人超の黄色い集団からは大ブーイングである。
「年寄りばっかりじゃねえかっ!」
「飛車角落ちだと?ざけんなゴルァ!」
「まあ、ここまで極端にすればそうなりますわな」
半ば呆れたように松本コーチがつぶやく。対してバドマン監督はどこか満足げだった。
「はっはっは。まあ、ベテラン達がどれほどできるのか楽しもうじゃないか」
「大丈夫かねえ、今日の俺達。チームを支える若造が誰もいねえや」
「なんとかなるだろ。いや、なんとかすんだよ。期待に応えなきゃ、俺たちゃ今後もあいつらのおまけだよ」
「だな」
初めてコンビを組んだ同い年2トップは、ひそかに誓った。
「なんか新鮮っつうか、久々だぜ。ベンチから試合見んのは」
頭の上で腕組みしながら、剣崎はベンチにもたれかかっていた。対して、隣に座る後輩は何も答えない。どうやらむくれているようだ。
「真也、いつまでもすねんな。気持ち切らすなって。いつ出番あるかわかんねえんだからよ」
「なんでそう割り切れるんすか。疲れてるって周りが判断して勝手に外されたんすよ。悔しくないんすか」
「まあ、悔しいっちゃ悔しいか。けど言ったところで仕方ねえよ」
「すごい切り替えの早さっすね」
「そうでなきゃ下手くそのままエース張れねえぜ」
(なんつうか…、この人器でけえなあ。だからエースストライカーなんかな)
矢神は、剣崎の凄みを感じたような気がした。
この布陣、千葉のサポーターは屈辱から怒りが込み上げて応援も殺気に近いエネルギーを発していたが、一方で選手たちは戸惑いっぱなしだった。
ミーティングでは破壊力抜群のサッカーに対して対策を講じてきたが、蓋を開けてみるとまるで違うサッカーをしてきた。とにかく老獪なのだ。
「さてさて、試合は90分あるんだ。じっくり楽しもうじゃないか」
中盤でボールキープするマルコスは、プレスにかかる千葉の選手を嘲笑うようにパスを散らす。たまに奪っても、相棒のチョンがすぐに奪い返す。
「佐久間、俺達が剣崎や友成のおまけじゃないってこと、見せてこい」
言うや、右サイドにパスを出す。いいタイミングで入ってきた。
「おうさ。年寄りにゃ年寄りよりなりのサッカーがあんのさっ!」
簡単にマークを振り切ると、ゴール前にクロスを入れる。
「俺の高さも、十分化け物でしょっと!」
誰も届かない高さから、あっさりと鶴岡がヘディングシュートを叩き込んだ。
「くそっ。なんか完全に肩透かしだ。どうしたらリズム出来るんだ?」
千葉のキャプテン、瀬藤雄太は、なんとか流れを変えようと試みるが、それが叶わずぼやいた。特に中盤は外国人ボランチコンビに主導権を奪われ、バイタルエリアでプレーすることもままならない。
「長山、サイド来るぞ!打たせんなよ」
「お任せっと」
「川久保、9番マーク。跳ばすなよ」
「おう」
移籍後初、加えて公式戦3年ぶりの出場となった吉岡のコーチングも光った。
その吉岡の奮闘をスタンドから凝視する二人組がいた。スタメン落ちした友成と、長期離脱中の天野だった。
「…やるもんだな。さすが百戦錬磨の“第2GK”。準備万端だからできるわけだな」
友成は単純に吉岡の技術に感心していた。負けるつもりはさらさらないが、自分に危機感をもたらす存在は感激する。しかも彼は身長という絶対的なハンデを抱えるゆえにわずかな慢心は致命傷だ。隣にいる天野や後輩の本田、そして吉岡。改めて自分の周りには強力なライバルだらげだと実感した。
「真吾のやつ、吉岡さんのプレーをどう見てっかな。おまえとはまた違ったプレーは、すっげえ勉強になるぜ」
つぶやく天野に、友成は聞いた。
「いつごろ戻るんだ?早く戻らねえと席ないぜ」
「夏明けぐらいか。急かすなよ」
「楽じゃねえぜ?相当なマイナスリスタートだぜ」
「望むところさ。お前に勝つ道が楽じゃつまんねえよ」
「…フン」
目をあわさなかったが、二人はふっと笑った。




