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アディショナルタイムまでの出来事

「…はぁ」

 ベンチに下がった前原は、一口水を飲むと足元にボトルをおいてため息をついた。

「どうしたんすか、前原さん」

 隣に座っていた小泉が聞いた。

「いや、なんつうか。和歌山っておかしな連中ばっかだよなぁと思ってよ」

 聞いて、小泉も「そうっすね」と同調した。

「センターバックからしておかしかったすもんね。つーかキーパーがあれ鬼畜すぎでしょ」

「まあな。あんな奴初めてだ。イタリアでも記憶ないわ。ああいうのって、『常識にとらわれない』ってのかな。センターの二人はともかく、あの身長じゃ普通キーパー失格だろ」

「いや、それだけじゃないっすよ。聞けば友成って、中学の途中までは野球やってたらしいんすよ。キーパーしてるのも『手が使えるから』ってわけで…」

 小泉の情報に前原は絶句。そして肩を落としてつぶやいた。

「次元の違いって、本当にあるんだな…」





 後半も30分が経過し、試合はいよいよ終盤に入ってきた。サポーターは最後の馬力を振り絞ってチャントの音程を上げる。鹿児島の選手たちも勝ち点3を欲してゴールに迫る。

 そこに友成は立ちはだかり続けた。ここまでの被シュート数は15本。そのうち実に13本が枠に飛んでいたのだが、ことごとく友成に弾き出されていた。

「くそったれっ!どんなシュートなら入んだよ」

 このうち7本のシュートを打った城島だが、全て友成に止められていた。本来ならハットトリックでもおかしくない手応え。さすがに頭を抱え、やりようのない怒りを叫ぶだけだった。

 しかも直前のシュートは、猪口に当たってコースが変化したにもかかわらずガッチリとキャッチされしまったのだった。

「てめえホントに人間か?」

 一時は殺意を漲らせていた城島だったが、さすがに戦意を失い友成に対してぼやく。友成もまた、苦笑いを浮かべた。

「さあね。人間にはちがいないけど、まあ天才だからじゃね?」

「…ちっ」

 あっけらかんとした友成の解答に、城島は何も言えなかったし、言う気もしなかった。





 エース城島の戦意喪失は、残り10分弱の試合の趨勢を決したと言っても過言ではない。攻撃に重きを置いた鹿児島の交代策は、終盤にきて守備力の低下という副作用を招いた。


「よし頃合いだろう。用意してくれ」

「分かりました。矢神ですね」

 残り5分頃にバドマン監督は最後のカードを切る。松本コーチも選手の用意ができていることを告げる。

 しかし、バドマン監督は首を縦ではなく横に振った。

「いや、用意するのは沼井だよ。鶴岡に代えて投入し、大森を剣崎との2トップにする」

「えぇっ!?」

 指揮官の青写真に、松本コーチは思わず声を上げて驚いた。松本コーチの叫びに反応した沼井と矢神も顔を見合わせて驚いている。

「ふふふ。少々驚かせてしまったか。しかし、向こうの守備は速さよりも高さに苦労している。対して我々の攻撃において鶴岡がガス欠となってしまった。それに大森の足の技術は前線でも十分使えるからね」

「しかし、向こうには190センチの長峰が出ているんですよ。高さを削って大丈夫なんですか?」

「心配ない。彼は『高いだけ』だ。足元もいま一つで収め所になっていない。沼井君なら十分だ」

 最後にバドマン監督は、白い歯をこぼして言い切った。

「責任は私が全て負う。安心して戦ってきたまえ」




 指揮官の意表を突いた一手は、ピッチのイレブンも少なからず驚いたが、大きな混乱はなかった。

「うわぁ緊張するなあ」

「別にあがる必要ねえぜ大森。俺にボール回してくれりゃいいぜ」

 緊張気味の表情で前線にポジションを代えてきた大森を剣崎が励ます。

「お前のテクニックなら大丈夫さ。負けりゃ監督のせいにすればいいのさ」

 竹内の言葉に、大森も肩の荷が降りた心地だ。「思い切って行こうぜ、優作」

 桐嶋も叫んで大森に檄を飛ばした。これだけ励まされては、やらないわけにはいかない。

「よーし、俺が決勝点とるか」

 大森はすっかりその気になっていた。

 活気づく前線だったが、対照的に内村は一人冴えない表情を浮かべていた。両膝に手をつき、さする。

「やっぱフルは無茶かね。もうちょい辛抱してくれな」

「内さん、膝…」

 その様子を見ていた栗栖が気遣おうとするが、内村は一笑に付す。

「なーに、また夏休みもらえばいいだけさ。今は久岡やお前がいるんだ。俺一人いなくなったってどうってことねえさ。さ、鹿児島にとどめ刺そうかい」

 あくまでも何事もないように語る内村。その振る舞いが、栗栖には痛ましかった。




 試合はいよいよアディショナルタイムが気になる時間帯になってきた。が、選手も首脳陣もサポーターも、あってないようなものと考えていた。ここ至るまで、ほとんどプレーが止まることがなかったからだ。案の定、第4審判が掲示した時間はわずか2分だった。

「ちょっと強引だけど、行ってみよっか。カズ」

 中央でボールをキープしていた栗栖は、前半の終盤に見せたようなパスを出す。これが今度も通る。足の止まった相手ディフェンダーを振り切った桐嶋は、今度はゴール前に切れ込んできた。


「7番来るぞ!梶原があたれっ。李と江住はFW見てろっ」

 桐嶋がバイタルエリアに侵入してきたことに対して、鹿児島のGK阿部が仲間に指示を飛ばす。桐嶋は前後から相手に挟撃されることになる。しかし、ここで見事なパスを見せる。虚を突いてチップキックでボールを浮かせたのだ。

 これには対応にきた相手選手はもちろん、大森と剣崎をマークしていたDFもあっけにとられて動きが止まった。その中で剣崎だけがそのボールに反応していた。同時に、剣崎はボールを見るや直感した。

(ボールの勢いがねえ。ヘディングでコース変えてもキーパーが反応できちまう。だったら、これでいくぜっ)

 剣崎は頭で考えついた結論にしたがい、一度ボールを胸トラップで浮かした。今度はこれにキーパーが意表をつかれた。

(な、打たないのか)

 そう戸惑った次の瞬間、剣崎が宙に舞った。



「うぉりぃやぁっ!!」


 雄叫びを上げてバイシクルシュートを放った剣崎。左足から飛んだボールは、突き破らんばかりにゴールネットを揺らす。キーパーはただ立ち尽くすしかできなかった。


また伸びてしまった。ぐだぐだやわ。

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