動かす
ハーフタイム中、鹿児島サイドのロッカーで激しい物音がした。
引き上げてきた時から顔を紅潮させていた城島が、ロッカーのごみ箱を蹴り飛ばし、「なんなんだよあのガキゃっ!!」と怒号を上げたのだ。原因は言わずもがなである。
「お、おいジョーよ、なんばしょっとね。備品壊しなや」
「点取れねえからって、そう荒れなさんな」
唖然としながら久保原や小泉がなだめるが、城島の怒りは収まらない。
「くそが。あの野郎…」
「そうやって荒れるだけじゃ、犬が吠えとんのと同じじゃぞ」
一部始終を見ながら大久保監督は城島の肩を叩く。そこでやっと冷静になった。
「さてさて。見かけはわしらのペースだが、まんまとして向こうの力技にしてやられてしもうた。それは分かるな」
選手たちを見渡しながら、大久保監督は前半を振り返った。
「まあ、少なからずわしらに油断があったのは間違いなかろう。小さいのと細いのとのセンターバックコンビに対し『上を攻めればいい』と高をくくってしもうた。やりようによっては地上からでも攻めれたからの」
おもむろにペンをとり、ホワイトボードに戦術を描きはじめた大久保監督。まるで生徒に授業をする先生だった。
「いいか。後半は腹をくくって、それこそ命懸けで戦ってこい。それぐらいできんで首位を食うことはできんで」
一方、和歌山も後半からの策を選手に伝えていた。
そんな中、佐久間は完全にすねていた。
「サク。まあそうすねなさんな。お前さんが走りまくったおかげで作戦がうまくいったんだから」
「けぇっ。散々走らされて、ゴールに絡めず前半でポイ。すねたくもなるぜ、ったく」
内村の励ましにも聞く耳持たずの佐久間。そのままバスタオルと着替えを手にシャワー室に消えていった。その間、バドマン監督は猪口、江川、佐久間に代わって入る大森、そして友成を加えて入念に作戦を伝えていた。
「3バックね。監督も結構無茶するんやね」
関原と交代で入る毛利が、ストレッチをしながらつぶやく。和歌山は後半の頭からいきなり交代のカードを2枚も切り、3−5−2という相手と同じ布陣で臨む。猪口、江川、大森が3バックとなり、ボランチは栗栖と内村。毛利は右サイドに入り、竹内がトップ下にスライドする。バドマン監督は後半に向けて動けるだけ動いてきたのだった。
「このシステムでは、サイドプレーヤーの動きがより重要になる。桐嶋、そして竹内。君たちには前半以上の運動量を強いることになるが、残りの45分間は可能な限り走り尽くしてもらいたい」
バドマン監督の要求に、二人は苦笑いを浮かべながらもうなずいた。
「まあ、前半はそんなに走ってないんで。それにせっかく実家に帰ってきたんでアピールしておきますよ」
「俺も前半のヘディング、決めときたかったんで。後半走ってチャンス作り直しますよ」
そして気合を高めていたのは、エース剣崎も同じだった。
「このまま終わっちまったら、俺はただの笑いもんだ。派手にぶちかましてやるぜ」
ハーフタイムが終わり、いよいよ後半のキックオフ。案の定というか、鹿児島の選手たちは和歌山の布陣に戸惑った。
「なんだこりゃ。まさか俺たちと同じ3-5-2?」
「ミラーゲームをやろうってのか?味なまねしやがる」
そんな味方に城島はやや切れ気味に叫ぶ。
「いちいち戸惑ってんじゃねえっ!突貫工事のミラーゲームなんざ、違いを見せ付けて叩き割りゃいいんだ!俺のゴールで台無しにしてやるぜっ!!」
ハーフタイム中は冷静だった城島だったが、ホイッスルと同時にすぐさま沸点まで血が上った。
ピッチに立つ誰よりも気迫がみなぎっていたが、それがむしろ足かせになっていった。
「久保原、よこせっ!!」
半ば強引にゴール前に走りこんでパスを要求するが、新しく入ってきた大森が彼の前に立ちはだかった。さっきと違って制空権も取り返し始めた和歌山。ただでさえ190センチ以上の長身で身体能力も抜群。試合の空中戦の優劣は完全に膠着した。
(くそっ!なんとしてもゴールをこじ開けねえと・・・)
時間がたつにつれて気迫は気負いとなり、焦りとなって自然体でいることを拒みだした。積極的にミドルシュートを打っていくが、どれもあさっての方向に飛んでいく。相棒のフラビオは猪口に苦戦したまま。前半と比べてパスは入ってくるようになったが、一向にゴールの気配は高まらなかった。
「いいねえ。いい具合に周りが見えなくなってる。それじゃあそろそろ点とろうか」
にやりと笑った内村は、右サイドの毛利に鋭いパスを放つ。それに竹内がフォローに入り、互いにダイアゴナルラン(斜めに切り込む動き)からのワンツーで、対峙してきた江住を交わした。
「頼むぜっ、剣崎っ!」
そう叫んで竹内は鋭いクロスをゴール前に放り込む。剣崎は鹿児島のセンターバックの李と激しく競り合った。
「こんのやろぅっ!」
剣崎は強引に頭をボールにたたきつける。このシュートはクロスバーに弾き返されたが、それに桐嶋が詰める。
「いけぇっ!」
今度は鋭いミドルが鹿児島ゴールを襲う。しかし、鹿児島の守護神阿部は冷静にキャッチ。したたかに毛利があわよくばと迫ったが、俯せになって事なきを得た。
「いかんな。グダグダとしとるうちに一気呵成にこられる。こりゃこっちも大胆に行かんとの」
そう言って大久保監督はプレーが止まるたびに選手を送る。まず猪口に完敗したフラビオに代えて、チーム一の長身FW長峰、続いて内村に輝きを消されていた司令塔前原に代えてレフティーのMF辻村、さらに疲労の見えた小泉に代えてドリブラーのMF田所を投入。わずか10分のうちに交代カードを使い切って流れを引き戻そうとした。
「大久保監督、大分選手を代えてきましたね」
一方の和歌山ベンチ。松本コーチが大久保監督の策に唸り、バドマン監督に進言する。
「試合も膠着してきましたね。ウチもまだ一枚交代できますけど、どうしますか」
「いや、我々はまだ構わない。今投入しても恐らく流れに乗れない。点が入ってからでいい」
「点が入ってからで?…先制できますか」
不安げな松本コーチだったが、バドマン監督は一笑に付した。
「案ずるより産むが易し。チャンスの数はともかく、質では我々が勝っている。今は選手を信じる時間だ」




