嫌なFWはどっちか
「だぁーくそっ!なんで久々の出番でこんだけ走らなきゃいけねえんだよっ」
試合中、右サイドバックで奮闘する佐久間は愚痴を叫んだ。サイドからのクロスでゴールへの活路を開こうとする鹿児島の攻撃を抑えるべく、開始からやたらと走りまくっていた。本来ならこういう役割は長山がにないそうなものだが、「今日は攻撃的に行く」というバドマン監督の考えで佐久間がスタメンとなった。
「ちくしょうが。いちいちクロス上げてんじゃねえよっ!」
普段はあまり走らないタイプの選手だ。走らされる苛立ちを敵にぶつけていた。
(サクさん荒れてんなあ…。まあ分からんでもないがね)
同じように、左サイドバックの関原も、上下動の繰り返しに不満げな表情。ただ佐久間にも不満があった。
(あんたは多分途中で代われるんだろうけどよ、90分走りっぱなしの気持ちも分かってほしいね)
この試合、佐久間と関原はとにかく走った。敵のサイド攻撃の威力を下げるために、執拗に相手のサイドプレーヤーに圧力をかけた。鹿児島がなかなかゴールを割れなかったのは、友成の奮闘が大きかったこともあるが、この二人が良質なクロスを上げさせていなかったことも関係していた。
ただ、鹿児島も攻め方を変えず、あくまでも前線の二人を生かしたパワープレーで攻めつづけていた。ただ、選手たちの戦い方に大久保監督はむしろ不満だった。普段ならば、もっと臨機応変な攻撃ができていたからである。なぜそうしないのか、そこに和歌山のディフェンスの妙があった。
「百聞は一見にしかずとはよう言ったものじゃ。意外と隙のない守備力を持っとる。2番と3番がポジションを入れ替えてから、高さからしか攻めれんようになりよったわい」
バドマン監督は試合開始15分ごろから、猪口と内村のポジションを入れ替えた。ただでさえ高さに劣る最終ラインは実質的に制空権を放棄する格好になったが、ピッチ上でショートパスを繋いだり、ドリブルで突破を仕掛けたりといった地上戦は完全に防いだ。
『くそっ。このチビ、俺の周りをうろつくなっ』
このポジションチェンジで、鹿児島のもう一人のFWフラビオは完全に輝きを失う。セーターにくっついた引っ付き虫のように徹底したマークを見せ、空中戦も満足なジャンプ一つできずほとんどシュートを打てないでいた。ならばとエース城島が奮闘するも、こちらも江川のマークに苦しんだ。
「なんだよてめぇ。そんなガリガリのくせに、よく俺のフィジカルコンタクトについてこれるな」
「いわゆる細マッチョというやつで。ハイ」
ただ、この布陣で一番被害を被っていたのは、司令塔の前原だった。前原は内村に、胃に穴を開けられそうなくらい、いらつかせるマークをした。
「くっそ、チョロチョロとしやがって」
「あら?俺がうっとうしい?ただあんたの視界にいるだけよ?」
「…なんだかなぁ、必ずパスコースにいるんだよなぁ」
猪口たちとは逆に、内村は前原からかなり距離をとり、松原のパスコースに常に立ち続けた。パサーというのはマーカーに50センチポジショニングを変えられるだけでパスコースが消えるのだ。この内村の守備によって、鹿児島のサッカーは次第に単調になり、唯一の隙である空中戦に活路を見出ださざるを得なくなったのである。
「鹿児島の素晴らしいところは、戦い方を臨機応変に変えられること。まあ、それ自体はどこもやっているのだが、彼らはピッチに立つ11人が同じ意識でプレーできているから、攻め方を変えてもズレないんだ」
「確かに、サッカーは基本途中変更は利きませんからね。バスケやバレーみたいにタイムアウトがないから」
ベンチで作戦の意図をつぶやくバドマン監督に、松本コーチも同調する。
「戦い方を変えられたら厄介だからね。少々強引だが、まずは敵のサッカーから柔軟性をとりたかったのだよ」
「リズムはなんとか戻しましたからね。そろそろゴールを脅かしたいですね」
松本コーチの言葉を知ってか知らずか、和歌山にようやくチャンスが訪れる。
内村のポジショニングに手を焼いていた前原の横パスを、栗栖がインターセプトしたのだ。内村がすぐさまパスを要求する。
「まだろくすっぽシュート打ててないからな。ぼちぼち行こうじゃないの」
栗栖からのパスを受けると、内村はそのまま右足を振り抜く。放たれたボールはそのまま前線で待つ鶴岡の下へ。
「っよしっ!」
ディフェンダーを背負いながらそれを胸トラップで収めると、走り込んできた、どフリーの剣崎にパスする。
「よっしゃ任せろ!どうりゃあっ!!」
ここぞとばかりに右足を振り抜いた剣崎。が、肝心のボールは至近距離にもかかわらず、ゴールを捉えることなくスタンドに飛んでいき、懸命にチャントを熱唱する鹿児島サポーターの顔面を打ち抜いた。
「げっ…」
「はぁ〜?そりゃねえだろっ」
引きつった笑みを浮かべた剣崎に、鶴岡は声を荒げながら駆け寄る。
「何やってんだよ、今の決めないでいつ決めんだよ〜」
「だっははは。悪いっす。次決めっから、うん」
「いやいやいや、そこは『今でしょ』だろ。つーかマジ勘弁しろよ。俺だって今年まだゴール少ないから狙いたかったのによ」
自軍のゴール前のやり取りを見て、鹿児島のエース城島は鼻で笑った。
「はっ。あれをふかすのかよ。せっかく懸命のセービングを続けてんのに、やってらんねえよなあおい」
そう言って、嘲笑を浮かべながら振り返って友成に語りかける。
ただ友成は、露骨に見下して返した。
「去年までアマチュアだった奴が何ぬかしてんだか」
「…あぁ?」
「確かにあんなチャンスふかす奴もひでぇけど、こんだけシュート打っといて全部キーパーに止められるツキのねえFWの方が俺はやってらんないね」
「…てめえ。先輩に対しての口の聞き方、ちゃんと習ってねえのか」
笑みを浮かべながら友成に歩み寄る城島。目は笑っておらず、額には血管が浮かび上がっている。臆せず友成も返した。
「先輩ねぇ…。だったらあんたが気をつけな。あんたはルーキーで俺は二年目だしな」
この一触即発のやり取りが主審の目に止まり、仲裁が入って事なきをえた。
和歌山は終盤にもチャンスを作った。
「行けっ、和也!」
栗栖が鋭いパスを左サイドに放って桐嶋を走らせる。球足の速いボールだったが、チーム随一の快速の持ち主はギリギリ追いつく。それをすぐさまゴール前にクロスを上げる。剣崎や鶴岡はマークにあって触れなかったが、落下点に竹内が走り込んでいた。
「いっけぇっ!」
頭から飛び込んだ竹内のヘディングシュートは、惜しくもボール一球分枠の外。傍らに置かれていたボトルを弾くに留まった。
僅かな嘆きと大多数の安堵のため息が蔓延する中、主審がホイッスルを吹き鳴らした。
城島と友成は5歳差です。このやり取りを楽しんで書いているあたり、私はこいつをダークヒーローとしたいようです(笑)




