桜島はまだ穏やか
ハヤトーレ鹿児島は、昨シーズンのJFLで優勝。J2の最下位だった横須賀FCと入れ替わってJリーグに参入した。
創立はまだ年号が昭和だった1986年と歴史がある。鹿児島サッカー界の中核と言える薩摩実業高校の監督だった故宮岡達雄氏が「薩実を巣立った子供達がサッカーを続ける環境を」と、主に高校卒業後でサッカーを辞めたOBの受け皿として「薩実OBクラブ」として始まった。Jリーグが開幕したころから、チームを母体としたプロクラブ立ち上げの話が起こり、紆余曲折をへて5年前にJFL昇格。年々順位を上げて昨シーズン大輪の花を咲かせた。「遅すぎた」と言う声も聞かれた通り、その実力は確かでここまでの20試合は10勝6敗4分と健闘。千葉や尾道から白星を上げるなど侮れない戦いぶりを見せている。
「一昨日のミーティングで映像を見せたように、実に規律の整った組織的なサッカーをしている。これを崩すのは少々骨が折れそうだ」
試合前のミーティング、自軍のロッカールームでバドマン監督は最後のミーティングをしていた。
「戦い方は常に基本に忠実。ありきたりな印象もあるが隙もない。今日の諸君には、少々骨を折ってもらうことになるだろう」
バドマン監督の言葉に、内村が吹き出した。
「いやいやいや。骨折ってもらうとか言って。別にそんな必要ないでしょ。わざわざ訳のわからない連中をスタメンにしておいて。なあ、友成よ」
「…否定しませんけど、あんまり剣崎とは一緒くたにされたくはないっすね」
憮然としながらも、友成もバドマンに対して「んなこた分かってる」という顔をしている。
スタメン
GK20友成哲也
DF11佐久間翔
DF4江川樹
DF3内村宏一
DF14関原慶治
MF8栗栖将人
MF2猪口太一
MF16竹内俊也
MF7桐嶋和也
FW9剣崎龍一
FW18鶴岡智之
リザーブ
GK40吉岡聡志
DF5大森優作
DF23沼井琢磨
MF35毛利新太郎
FW36矢神真也
スタメンの面子を改めてみると、攻撃的と言うよりも攻撃に特化、もっと言えば守備放棄とも言えそうな布陣だった。確かにこれでは、まともな戦いをしないということがどう考えてもわかるだろう。
「監督。ようは、友成がシュートを全部止めて、俺がハットトリックすりゃあいいってこったろ?だったら、ベンチにでーんと座ってゆっくりしといてくれよ。俺達は『やる』男たちだぜ」
自信満々の剣崎の笑みに、バドマン監督も笑い返した。
「では諸君。今日は悪になろう。この鴨池陸上競技場のサポーターを黙らせたまえ」
スタジアムの客入りははっきりしていた。ホームの鹿児島サポーターは、メインスタンドやバックスタンド、ゴール裏席に至るまで大勢詰めかけ、チームからである赤紫色に染めている。対して和歌山サポーターはアウェーゴール裏席に50人いるかいないか。ガラガラの長椅子を横断幕で埋め尽くしていた。
「何人ぐらいいるんだ?一万いるのか?」
ピッチに整列した時、剣崎はスタンドを見渡してつぶやく。隣に立つ桐嶋は、ため息をついて答えた。
「八千いくかどうかだってさ。首位が相手だってのに、神戸や大阪より少ないんだと」
「…後悔させてやっか」
「その意気だぜ、エース様よ」
キックオフのホイッスルがスタジアムに響く。試合前からチャントを唄っていた鹿児島サポーターのテンションがさらに上がり、ハヤトーレの選手たちを後押しした。
ハヤトーレ鹿児島スタメン
GK1阿部幸一
DF4江住昭典
DF2イ・ソンナム
DF6梶原匠
MF10小泉純
MF20戸田秀樹
MF31前原孝行
MF8久保原淳司
MF13鈴岡光俊
FW9城島健次郎
FW28フラビオ
基本布陣は3−5−2。3バックとダブルボランチが自陣のバイタルエリアを完全にケアし、イタリア帰りの薩実OB前原が司令塔となってパスを散らす。スピードに長ける城島と高くて強いフラビオの2トップが得点源として他クラブの脅威となっている。
序盤、鹿児島は力技で攻めてきた。2トップは互いに190センチ近く(城島188、フラビオ187)もある。前原を起点に両サイドからクロスを打ち上げ、二人の高さを使ってきた。今日の和歌山の最終ラインには180センチの選手が一人もいないので、妥当な攻撃と言える。
「ちっ。確かに、教科書通りだっなっ!」
開始早々、城島がヘディングシュートを打ってくる。だが、普段から高さ勝負に持ち前のバネと反射神経でカバーしてきた友成は、これを平然と防ぐ。
「やるなちっさいの。そいじゃあ、これならどうだっ!」
再三のヘディングを止められた城島は、今度は左足のボレーを打つ。ただ友成は、これも冷静にキャッチした。
「低けりゃ問題ないんだよ」
ボールを抱えながら、友成は不敵な笑みを浮かべた。
「ほっほ。なかなかやりおるわい。あれだけ小柄でリーグNo.1GKの呼び声高いのも頷けるの」
Jクラブ最高齢監督、ハヤトーレ鹿児島の大久保隆盛監督は、友成のプレーに感嘆とした。
「しかし城島は、その程度では折れはせんよ。どこまでわしらの攻撃に、あの脆弱な最終ラインでどこまで耐えられるかの」
一方で和歌山の反撃は、もう一つ決め手に欠いた。鹿児島と同じように、両サイドの桐嶋、竹内が駆け上がってゴール前にクロスを放り込む。相手が3バックである分サイドにスペースはあったが、剣崎や鶴岡の周りには鹿児島のDFがうろつき、クロスを入れさせなかった。
「くっそう、なんかしっくりいかねえなあ。トシもカズもいいボールくれんのによ…」
「ぼやくな剣崎、チャンスは必ず来る。俺達が気持ちを折らなきゃな」
「鶴さん。まあそうなんすけどね。にしても、こいつらうっとうしいぜ」
忌ま忌ましげに、剣崎は鹿児島の守備陣を睨む。
(…ちったあ敬語使えよ)
剣崎の態度に、センターバックの江住はいらついた。