そんなこんなで
前半はスコアレスに終わった御三家ダービー。後半も、雨脚こそ弱まったものの互いに苦戦を強いられた。前半の戦いでピッチの土がほじくられたせいでぬかるみがひどくなり、ボールが転がらないことに加えてドリブルもままならず、ピッチ上はロングボールが行ったり来たりする、より単調なものになった。
「見ての通り、リズムが落ち着いてしまっている。すまないが、我々が混乱しないように狂わせて欲しい」
後半10分、和歌山が最初に選手交代のカードを切る。バドマン監督は、送り出す内村に耳打ちする。対して内村は鼻で笑って返した。
「リズムをめちゃくちゃにしたいから俺をつかうんでしょ?そりゃ二律背反って奴ですよ。病み上がりには高いハードルだ」
「だが君はそれをやすやすと超えるだろう。だから使うのさ」
指揮官もまた笑った。
「…まあ、どうとでもしますよ」
内村はそう言って久岡とタッチを交わして、およそ半年ぶりにピッチに立った。スタジアムDJがそれをコールすると、サポーターが前祝いにチャントを響かせた。
このカード、指揮官の思い通りに試合のリズムがめちゃくちゃになった。優雅なクラシックの名曲が流れる中、突然奏で始められた沖縄民謡とでも言おうか。瞬く間にピッチの王様は内村になった。
そして味方も内村の奔放さに振り回されまいと、前半以上に走り回った。
「そぅれ剣崎走れぃ」
剣崎を名指してロングボールを蹴り飛ばす内村。剣崎はぬかるんだピッチを転ばないように走る。
「だからもうちょい楽なボールくれよっ!走りにくいったらありゃしねぇっ」
愚痴りながら落下点へ駆ける剣崎。それを見て水戸のGK半田は判断に迷う。構えるべきか、それとも飛び出して弾き出すべきか。が、次の瞬間、予想外なことが起きる。
落下点に間に合わないと判断した剣崎は、ダイレクトシュートを試み右足を伸ばす。しかし、あとボール一球分届かない。ところがボールは「ベチャッ」と音を立て、ペナルティーエリア内で止まってしまったのだ。虚を突かれた半田は慌ててボールをひらいに行き、剣崎もまた蹴り直そうと体勢を立て直す。だが、その二人よりも早く、鶴岡が詰めて左足を振り抜き、ゴールネットに突き刺した。
「ナーイス鶴、よくつめたぞ」
遠くから自分に向かって親指を立てた内村を見て、鶴岡はつぶやいた。
「内村さんがピッチにいるだけで引き締まるよな。訳わかんないタイミングでパス出るから味方も気が抜けないよ」
「ケッ、俺が泥だらけになっただけじゃねか」
剣崎はそう愚痴った。
これで完全にペースを取り戻した和歌山は、その後も内村を起点にゴールに迫る。水戸の守備陣も対抗してきたが、予測不能のキラーパスを前後左右に散らす内村に完全に翻弄され、剣崎と栗栖に追加点を許す。
内村の復帰戦は3−0で和歌山が快勝。内村はいきなり3アシストで天才は健在であると印象づけた。
内村の猛威は、続く徳島、愛媛でのアウェー連戦で四国を蹂躙する。徳島戦では水戸戦と同じようにスコアレスの展開で途中出場。自分が得たフリーキックで無回転ボールを叩き込み決勝点。愛媛戦ではスタメン復帰を果たし、後半途中に退くまでに2点を演出。ドローに終わったものの、「和歌山にやっかいな奴が戻った」と後半戦に向けて各クラブにメッセージを発した。
毛利の復帰、西谷の移籍、そして内村の復帰。サポーターには馴染みの面子が復帰する中、前半戦最終戦の鹿児島戦を前に一人の選手の退団がリリースされた。
「半年という短い期間だったが、とても充実した時間だった。結果を残せなくて申し訳ない。そんな私に常に声をかけてくれたサポーターには感謝しかなく一生忘れられない。昇格という大きな目標に走り続けるアガーラ和歌山の幸運を祈ります」
今シーズンから加入したMFロイ・ランデルはこんなコメントを残して帰国した。現役ニュージーランド代表の力量は時折垣間見えたものの、生存競争の激しい右サイドのレギュラー争いで決め手を見せられず、わずか2試合、出場時間3分という成績だった。
そんなこんなで迎えるシーズンの折り返し。和歌山の選手たちは、バスに揺られて敵地鹿児島に向かっていた。
「まさかシーズン中に鹿児島に帰れるなんてなぁ」
遠征メンバーに選ばれた桐嶋は、バスが鹿児島に入ったあたりでそうつぶやいた。
「そういって浸る年頃じゃないだろ。親とか来るんか?」
栗栖の質問に、桐嶋は笑って返した。
「いんや、誰も来ねえみたいだ。親からこうメールで帰ってきた。『見に行くけど、ハヤトーレを応援する』ってさ。薄情な話だろ。まあ、ハヤトーレ自体、薩摩実業のOBチームが母体だかんな。サッカー部の関係筋はみんな行くんだと」
そこに剣崎が割って入ってきた。
「じゃあおめえ、せっかく実家帰んのに周り敵だらけってわけだ。ゴールの一つでも決めねえとな」
「お前単純だよな。何かあったら『ゴール決めろ』だよな」
「いいじゃねえか。わかりやすいだろ?」
「まあな。確かに、ゴールくらいは決めよっかな。せっかくの凱旋なんだしな」
会話が賑やかになってきた選手を見て、トレーナーのリンカは父であるバドマン監督にぼやいた。
「まるで高校生ね。あのはしゃぎよう」
「若いうちはあれで構わないさ。彼らの感心するところは、オンオフの切り替えがはっきりとしているところさ。試合になればいつもどおりのプレーをしてくれるだろう」
「でも、和歌山からここまでバス移動なんてどうかしてるわ。選手のコンディションめちゃくちゃになるじゃない」
「それは言っても仕方ないことだよ」
傍らでぼやく娘に、バドマン監督は苦笑した。