天才の復帰
J2が開幕して早3ヶ月。16試合を終えて、アガーラ和歌山は開幕10連勝をはじめ快進撃を続け、13勝3敗の勝ち点39を稼ぎ首位を堅持していた。もっとも、勝ち点4差で2位神戸、同6差で大阪と復帰の筆頭格がついてきているので安泰とは言い難い。日本特有の梅雨がこようが11月中旬までノンストップのリーグ戦は、ここから勝負所と言えた。
そんな最中、あの天才がこの6月から全体練習に合流してきた。
「うおっ、きた」
この日のミニゲーム、ゴール前に寸分狂いなく通ってきたパスに、関原は面食らいながらシュートを打った。
「なんてパスだよ。まるで俺がここに来るってのを図ったみたいにきたぜ」
「まるでパスに待ち伏せされてたみたいっすよね」
ディフェンスに来た沼井も唖然とした。
パスを出したのは内村だった。膝に爆弾を抱えていた内村は、昨年末に一度は回避しながら今石GMやバドマン監督の説得を受けて手術を受け、年が明けてからの5ヶ月間、慎重にリハビリを重ねて今日の復帰に至ったのである。
「ふむ。さすがだ。少し前倒し気味と聞いていたが、あれだけパスを通すのなら問題ないな」
バドマン監督も満足げだった。
されど、ハイペースで日程をこなすJ2。選手たちも疲労の色が少なくない。6月最初のリーグ戦、第17節の山形戦は長距離移動の影響もあって低調な出来に終始。見所に乏しい凡戦は、相手の決定力不足に助けられてスコアレスドロー。「他力本願の勝ち点1ですね」とバドマン監督もおかんむりだった。
「宏やん、次の試合出れんのか?」
翌日の練習後、剣崎はストレッチをしながら内村に聞く。
「そりゃあ監督次第さ。ま、出たら出たでお前にゃ極上のパスを出してやるからさ」
内村の言葉に栗栖が苦笑する。
「極上ね…内さんのパスは受け手が最大限努力しないと通らないんだよね」
「クリちゃん、弱音吐いちゃダメよ。敵を欺くためにパスミスっぽいキラーパス出してんだから」
「そうだぜクリ。宏やんのボールをもらったらだいたいスペースが出来てっからよ」
雑談の輪に竹内も入ってきた。
「内さんと同じピッチに立つってことは、それだけ集中しなきゃダメってことさ。チームを引き締めるのには効果的ですよね」
「おいおい俊ちゃん、俺みたいなボンクラで引き締まるようじゃよくないんでしょ」
「ボンクラって、よく言いますよ」
「まあ何にせよ、次勝つってこったよな」
剣崎が会話を締めくくったが、栗栖のツッコミで笑いが起きた。
「なんかそれ言ったら身も蓋も無いよな」
6月8日。雨がそぼ降る紀三井寺陸上競技場にて、和歌山は水戸を迎えての徳川御三家ダービーに臨む。ホームゴール裏には松平健扮する徳川吉宗の、アウェーゴール裏には里見浩太郎扮する水戸黄門の顔がプリントされた巨大フラッグが飾られていた。このダービーの名物であった。特に水戸サポーターはなかなかこっていて、助さんや格さん、うっかり八兵衛、風車の矢七、さらにかげろうお銀とコスプレざんまいだった。
そうサポーターたちが楽しんでいる一方で、水戸の円谷監督は、和歌山のベンチに内村がいることにソワソワとしていた。
「…なんでうちとの試合でベンチ入るかな。ただでさえ訳の分からん連中なのに…」
「まあまあ監督、あんまり意識しすぎても」
苛立つ指揮官をコーチがなだめる。
「まあ、せっかくのダービーだ。なんとか先手を取れればいいがな」
ダービーというものは、互いの状態はあまり関係ないとは言われるが、今シーズンの水戸は快進撃を続ける和歌山と比べると見劣りしていた。
J1での転戦を経て10年ぶりに復帰したDF富屋大作、元日本代表FW鈴本隆明、J2最大出場記録保持者のミスターホーネッツGK半田幸一と百戦錬磨のベテランは揃うものの、J2の貧乏クラブにありがちなヘッドハンティングにより次代を担う若手が育たなかったり移籍したりで思うような戦力強化が進まずにいた。
スタメン
ホーム:アガーラ和歌山
GK20友成哲也
DF35毛利新太郎
DF6川久保隆平
DF5大森優作
DF14関原慶治
MF2猪口太一
MF27久岡孝介
MF16竹内俊也
MF8栗栖将人
FW9剣崎龍一
FW18鶴岡智之
アウェー:水戸ホーネッツ
GK1半田幸一
DF4尾野本健
DF32富屋大作
DF6マギロン
DF22ハン・ジェヨン
MF28大沢翼
MF14西尾謙一
MF8小久保純
MF10橋元昇司
FW19山岡宏之
FW30鈴本隆明
前日から降り続く雨の影響でピッチは水浸しの状態。所々に水溜まりもあり、ドリブルやグラウダーパス(地面を転がるパス)は使い物にならないコンディションの中、試合はロングボールの蹴り合いとも言えた。
こうなった場合、190センチオーバーの選手が揃う和歌山が有利…と思われた。実際、守備では川久保、大森が立ちはだかって水戸のロングボールをことごとく弾き返した。
ただ、攻撃では鶴岡は機能しなかった。これは鶴岡の出来ではなく、彼を生かすキッカーの問題だった。特にバドマン監督が信念を曲げて右サイドに起用した竹内が、プランを崩していた。
(今度こそっ!)
この日、竹内は指揮官の狙い通りに右サイドから再三チャンスを作っていたし、タイミングのいいクロスも打っていた。しかし…
「あっ!」
だが水を含んだピッチの影響か、毎回上手く蹴れずにボールは狙いよりも低く飛び、鶴岡の絶対的な高さが活かせないでいた。逆サイドの栗栖も同様で、チームでも有数のキッカーはかえって足を引っ張る結果になっていた。
はたして指揮官の打開策はいかに。