焦り、苛立ち、空回り
最近剣崎が目立たないなあ…
いつの時代もどんな環境でも、同級生に差をつけられることほど面白くないものはない。ましてスポーツ界ならばその色合いはさらに強い。
和歌山で言えば桐嶋の今の心中はそれだった。高校からコンビを組み、常に競い合ってきたライバルは、海外からオファーを受けるまで成長。片や今の自分はというと、大卒ルーキーの関原や成長著しい栗栖に完全にポジションを奪われた格好。去年はここまでの15試合すべてに出場していたが、今季はまだ4試合。そのうち1試合が今日の鳥取戦での今季2度目の先発だ。
「負けてらんねえ。俺だって…」
気合い十分で、桐嶋は試合に臨んだ。が…
「カズッ!」
ゴール前に飛びこまんとしている剣崎が、左サイドでボールキープする桐嶋にクロスを要求。
「でぇいっ、げっ!」
桐嶋は切り替えしてクロスを打つが、それがあさっての方向に飛んでいく。決して便の良くない鳥取まで駆け付けた和歌山サポーター20人のため息を誘った。
「カズ落ち着けよ。とりあえず俺目掛けてくれりゃなんとかすっから」
「あ、ああ…。悪い、剣崎」
この日、和歌山は左サイドから何度かチャンスを作り、桐嶋も豊富な運動量とスピードを見せてはいた。
ただ、ソレ以上にやらかすミスが大きく、クロスの精度はだんだん悪くなり、トラップミスはいずれも相手のカウンターの起点となっていた。
それでも試合は和歌山が力の差を見せつけて、2−0と完勝。移籍後初先発の手塚が剣崎とゴールをアシストし、竹内のサポートを受けて追加点、ヒーローインタビューも受けた。またマルコス・ソウザ、関原が要所での守備で光った。こうした移籍組の活躍も桐嶋を焦らせ、気負わせる。得てしてそれは空回りすることが多く、フル出場こそしたもののそれ以外に評価できない出来に終わった。
桐嶋は今、スランプに陥っていた。
鳥取戦後の練習日。コプレフ氏との会談を終えた西谷は、地元メディアの囲み取材を受けていた。やはり「海外移籍」というニュースバリューは大きく、マスコミの熱はそれなりに高かった。
「鳥取戦を欠場して向こうの代理人と会談したとのことですが、どのような話に?」
「条件とか環境とかいろいろ聞きました。話を聞いた分には、ちょっといいかなと思いましたね。でも一番良かったのは、向こう側の誠意を実感できたことですね。本気で自分を獲得したいって意気込みを感じました」
「具体的にどんな条件が?話せる範囲で結構ですので」
「初めての海外ってことで、生活面のバックアップは保証してくれてます。金銭云々はちょっと…。あとは背番号9を用意してくれてました。これはFWとして嬉しかったですね」
「では、移籍の可能性は高い、そう考えても?」
「いやいや。まだそう思われても困りますよ。魅力的な条件を見せてくれたけど、初めてのことなんでもっとじっくり考えたいっすね」
取材はバドマン監督や今石GMにも及ぶ。ただ二人は共通して「抜けられると困るが、若いうちの挑戦は応援したい」とコメント。移籍についてはおおよそ肯定的と言え、あとは西谷次第だった。
また、それに隠れるような形で期限付き移籍による新戦力の加入もリリースされた。昨シーズン後半にセレーノ大阪から加入し、年始に復帰した毛利新太郎であった。
「また来ちゃいましたね。自分はどこでもできる便利屋なんで、監督に好き勝手使っていただければと思ってます。はい」
「やべえなあ…。俺ますます存在感なくなるわ」
「何しょげてんだぁ?カズッ」
「うわ」
桐嶋が背中を丸くして歩いていると、背後から剣崎がのしかかってきた。
「元気出せって。スランプなんかほっときゃ治るって」
「お前、元気だな…。つーか降りろ。マジ重いっつの」
「カズ。そう落ち込むなって。アツがもし移籍したならチャンスなんだぜ?スタメンの枠が一個空くじゃん」
「それを補うためにまた毛利さん獲ったんだろ?おまけに俺のポジション、クリや関さんが絶好調だし…。絶不調の俺じゃ太刀打ち出来ないって」
クラブハウスの通路で、桐嶋が愚痴り、剣崎が励ますというやり取りが続いている。
「俺にはお前みたいな勝負強さも、俊也やクリみたいなテクも、アツみたいなパワフルさも…」
「お前さっきからないもの自慢ばっかじゃん。そんなにつらいだったらなんか決めたらいいじゃんか」
「簡単に見つかりゃさぁ…」
「そういってぶれてんのがダメなんじゃねえか?」
剣崎の一言に、桐嶋は足を止めた。それを知らずに剣崎は語りつづける。
「ないもん言ってもしょうがねえだろ。おめえは足速えし。反応してからの一歩目はグンバツじゃん。だったらよ…っておい、なに立ちっぱなんだよ」
「…なんだよ、お前ってそんなかっこいいこと言えんのかよ」
桐嶋は吹っ切れたように笑った。
第16節。岐阜とのアウェーゲームにおいて、桐嶋はそれまでのブレーキが嘘のように躍動した。左サイドハーフで先発すると、開始早々に高い位置で相手のバックパスをインターセプトすると、そのままペナルティーアーク近辺に駆け上がり強烈なミドルシュートを叩き込む。次いで前半アディショナルタイムには逆サイドの結木に正確なサイドチェンジ。相手を揺さぶり、竹内のゴールの起点になった。
後半途中、桐嶋は西谷との交代で退く。出迎えた西谷に、桐嶋は手を差し出して言った。
「俺もそのうちお前に追いついてやっからな」
西谷も笑みを浮かべ、
「追いつけるもんならな。…待ってるぜ、相棒」
結果は3−0で快勝。とどめの3点目を決めた西谷は二日後、正式に移籍の意志を示し、ロシアに渡っていった。
西谷の移籍。シリーズ開始当初は作者も予想してませんでした。自分が思いついた思い入れのある選手が、こうして手元を離れるのはなにか寂しいものがあります。




